フリーアサシン ‐2

 

『フリーアサシン ~殺人代行マッチングアプリ~』    


 なんだこれ。

 そういえば間違えて怪しいアプリをダウンロードしたことを思い出した。

 暇だったのだ。

 それで何の気なしに起動した。会員登録だとか、特に怪しげなワードは現れない。興味半分に操作を進め、適当なアドレスでアカウント設定のみ行うと、ユーザー登録は簡単に終わった。


『依頼する/デリーター登録/使い方ガイド/利用規約』


 トップ画の表示はこれだけ。よくあるゲームと似たような仕様だ。ログイン時に画面につらつらと流れた説明書きによれば、登録された殺し屋に殺人を依頼できるアプリらしい。要はファンタジー世界にあるような冒険者組合の掲示板にクエストの依頼書を張っておくような要領で、殺人の依頼要項を張り出す。そして請け負ってくれる殺人代行者(デリーター)がいれば契約が成り立ち、あとは専用のチャットで殺しの詳細な打ち合わせを行うという流れらしい。

 ……。

「……。あほか。馬鹿馬鹿しい」

 いたずらのアプリにしても質が悪い。エイプリルフールでもあるまいし、こんな物誰も幸せにしないだろう。大体、本当に殺人を依頼するにしても普通に犯罪だ。バレないと思うか? それに報酬はどうなってる。それと、デリーターと言う殺し屋は一体どこの誰がやってるんだと言う話だ。突っ込みどころが多すぎる。ジョークにしても退屈な、品の無いフェイクアプリだ。

「これで殺人ねぇ……」

 ……。

 ただ暇だったのだ。

 十分理解している、これはフェイクだと。しかし、もしこれが本当だったら……、と妄想していると、指の動きはサクサクと踊るように軽快で、いつの間にか空白の殺人依頼要項を埋めていた。とても楽しい。

「っ、はははは。これじゃ殺人じゃなくて殺戮だなぁっあははははは」

 

『対象=ヒトと地球の未来を考える会 構成員および管理者(匿名表示設定オフ)』

『報酬=$1000,000(自動計算オフ)』

『期間=7月3日(日時指定)』

『地域=日本国、新国会議事堂前(場所指定)』


 きっと本来は特定個人を対象にした依頼要項なのだろうが、どうせフェイク。悪ふざけで入力した。本当に殺せるのならやってみろとの挑戦状だ。いやいや、できるのなら是非やって頂きたい。冗談などではなく、できるものなら見てみたい。

「さて、依頼貼り出し完了っと。あっはははは、これで終わりだぁあ! 滅びろ! 腐れ偽善者どもめ! あはははははは、ははははははっ」


 ……。

「…………、あぁ。あほくさ」

 無論わかっているが、冷静になると馬鹿馬鹿しい。毒にも薬にもならない、ただ虚しいだけのヘイトの吐き出し場所だった。 

 本気で殺人なんて望んでいるわけがない、ただ痛い目に合わせたい、腹の中に溜まった黒い物をどうにかしてぶつけたかった。もしこれで本当に虐殺が起こるのならば神でも悪魔でも信じよう。

 あの連中だけは許さない。

 大学生時代、何も知らずに〈ヒトと地球の未来を考える会〉に参加した。蓋を開ければその実態は極めて宗教色の強い集団だった、いやあれは一種の宗教なのだろう。ヒトと地球のため少ないバイト代から協力金を納め、未来のための日曜会議は必ず参加、掲げた目標に向けて一致団結し、結束、そして思想の同一化を求められ、拒めば集団的な攻撃を受ける。

 全人類の平和と平等のための戦いは大変厳しく、それに伴う試練もまた困難を極める。故に乗り越えなければならない苦難であると会長は言った。全くその通りだ。まさに彼らそのものが教えを示している。

 何も最初から諦めていたわけでは無い。ただ、こんな社会不適合者はどこにいっても上手くいくはずがなく、ほんの少しのズレが摩擦し、人との距離が大きく開いた。主張も苦手、共感や同情なんてもっと苦手。何を言ってよくて、何を言ったら駄目だったのだろう。

 いつの間にかレールから外れ、そして今はこの暗い部屋にたった一人だ。

 逆恨みだなんてこともわかってる。彼ら〈ヒトと地球の未来を考える会〉がカルト宗教的盲信集団なんてのも、本来あるまじき酷い言い草なのだ。彼らは特別な組織ではない。もし自分が普通に大学を卒業して、普通に会社に就職していたとして結果ニートになったの変わらないだろう。どんな組織に属しようが。最後は闇に囚われて社会から消える定めだ。

 

 そろそろこの変なアプリにも飽きてきた。なんたって、この世には天使も悪魔もいないのだから。もしいるのなら、まずこの粗末な命を何とかしてくれという話だ。

 スマートフォンをベッドに投げた。

 パソコンの電源を入れる力はまだない。

 ふらふらとベッドに墜落、写真立てを手に取って持ち上げた。

「なぁくろすけ、このままじゃ駄目だよな」

 どんなに辛く苦しいときも、彼だけは傍にいてくれた。小さくて、甘えん坊で、とても優しく、そして今はもういない。最後の友達、黒猫のくろすけ。

「ライトホープは友達ってわけじゃないけど、それでも……」

 ひとり写真に語りかけ、そしてまたベッドを立ち上がる。

「ちゃんと謝ろう。ライトホープに」

 パソコンの前へ。

 電源、いや、その前に一旦コーラを飲んで心を整えよう。そうすべきだ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る