ビオトピア・エーデ ‐2
「だろう? なに、君と僕が組めば、端からこの程度の敵なんの問題も無いのさ」
ムカデリオンの死骸に唖然としていると、不意に後ろから女の声がした。振り向くと、軍用のドローンボードに乗った女ハンターが一人、粒子ビーム砲を担いで鉄塔からゆっくり降下してきた。白いドレスをはためかせて、凜とした顔は涼しげな笑みを浮かべていた。彼女こそ粒子砲の名手、ライトホープに他ならない。
ゴーグルを額に戻して、彼女の無事な姿を両目に映し入れた。
場違いなゴシック白ドレスはライトホープのトレードマークだ。一切の汚れ、破損はなく、それが彼女の可憐な立ち回りの証明である。
風になびく長い銀髪は腰まで長く、白い肌に小さな顔、一見してハンターのような荒くれ職にはとても見えない容貌だ。だが、指ぬきのグローブは所々そそけており、足元に見えるブーツはボロボロ、そのアイテムらは昔日の激戦を無言で主張し、意外にもゴスロリドレスに契合しているので不思議だ。
「うん? どうした? ノロ氏。そんなにジロジロと僕を見つめて。もしかして惚れたかい? うぇっへっへっへ」
「あ、いや。何でもないっす」
「うへへへ、惚れてもいいんだぞ? まぁこの僕は超絶の美女、いや女神だからねぇ。君のような若い男が心を奪われるのも仕方のないものさ」
「あぁ、はい」
「うっへっへっへっへ」
「……」
そんな彼女に、やはり見とれていた。そう、まるで儚い切望を視線に込めて。
これが……、本物だったら、きっと心底惚れていたのだろう。たとえ喋る言葉がどこか変で気持ち悪かったとしても構いやしない。実はアラフォーとかアラフィフでした、なんてオチでも負けない気がする。彼女は美しい。
だが、今ここに複雑な感情を乗り越えて、狩りのパートナーという関係に徹すると決めた今、もはやその美貌に惑わされることはない。
真実を語ろう。
彼女、ライトホープは、…………おっさんだ。
それについては一つの確信を持っている。無論確かめる手段はないが、男の勘とでも表現しようか。
その前に、まずは根本的な話なのだが……。その美しい姿はどんなに願っても幻想だ。
大体バーチャルなのだから、美女美少女の姿なんて当然。こっちだって超絶のイケメンなのだから。……そう、ゲームの中ではイケメンだ。
『全く、それにしても君の動きは本当に凄まじいものだな』
ライトホープはチャットで会話を続けた。
艶やかな髪をそっと耳にかけ、彼女は囁くように語りかける。切れ長の細い目に長い睫毛、薄らと頬を赤くする顔が近づいた。仄かに甘い上品な香りが、……しそうな気がする。
『ちょっと近いですよ、ライトホープさん』
『いいじゃないか、ゲームの中だろう。それとも、少しドキッとしたかい? うぇへへへ』
『いや、そうじゃなくてですね……』
『うぇへへへへ、全く素直じゃないねぇノロ氏は。うへへへ』
この言動、実際の女ではあり得ない。少なくともこんな女に会ったことはない。
故に確信をもって言えるのだ。これはおっさん。これはおっさん、これはおっさん……。
まるで自身に暗示を掛けるように、画面に接近する美女から意識を逸らした。これはおっさん、見とれるなんてとんでもないのだ……。
そうしていると、その向こう。画面の端に不穏な影が揺らめいた。あれは何? 尻尾?
嫌な予感は裏切らない……。このクエストは、まだ終わってないのだ。
『危ない!』
次の瞬間だった。ムカデリオンの尾部が、槍のような棘をこちらに向けて突っ込んできた。
咄嗟に目の前のライトホープの体を引き寄せて抱えると、素早く横に飛んで回避する。
『わわっ、なんだ!』
『随反射でまだ動くんですよ! 伏せて!』
地面に横倒したライトホープを後に、もう一度サーベルの電源を入れる。構え、二撃目に備えた。成る程、これが高難度クエストの落とし穴かと納得しつつ、ムカデリオンの尻尾を睨む。攻略法は完全破壊あるのみだ。腰の〈GΟT弾〉は残り一発。
『守りますよ、ライトホープさん。これ借ります』
『き、君ぃ……』
ライトホープの乗っていたドローンボードに飛び乗り、前傾に構えて急加速。同時に突撃する尾部先端の棘とニアミスした。一旦そこで滞空すると、再び棘と向かい合う。
『俺の本気、見せますよ』
体勢を整えた尻尾と同時に突進した。
もちろん、ぶつかり合って倒すつもりでは無い。尻尾と激突の寸前にドローンボードから飛び降り、その落下途中に、ボードを狙って片方のサーベルを投擲した。
一瞬向かい合っていた隙にドローンボードに〈GΟT弾〉を貼っておいた。飛び去るドローンボードを破壊すると〈GΟT弾〉は誘爆。そして、狙ったタイミングでムカデリオン尾部がボードに突っ込み、大規模な爆発が呑み込んだ。
白い閃光が空中で炸裂し、空一面に衝撃が走る。残ったムカデリオンの尾部は粉々に砕かれ、煙を纏いながらパラパラと降り注いだのだった。
――〈クエスト達成〉
この世界は架空だ。だが、ここが自分のいるべき居場所なんだと、強くそう思う。
『大丈夫ですか? ライトホープさん』
腰を抜かして倒れていたいた彼女(?)に手を差し伸べた。
『あ、ありがとう。助かったよ、ノロ氏。やはり君は凄いな』
手を取る彼女(?)を引き起こすと、二人、握手を交わすように向かい合っていた。
『君の手は温かいね』
『何言ってるんですか、バーチャルですよ』
『いいや、僕にはわかるさ。生きた人間の手だよ。うへへへ。君が相棒で良かった』
そんな温度が在るはずはない。だが、そんなこの人の笑顔はバーチャルだとしてもきっと本物なのだろう。
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