自由暗殺人 ノロクロ

@akiho-namikawa

うつせ身

ビオトピア・エーデ ‐1


 バックパックの口を開いて逆さに返した。水筒がひとつ、乾いた金属音を鳴らして転げ落ちる。ボコボコのアルミ水筒は空っぽだ。


 兵士の残骸を漁っていた。いま命を繋ぎ、敵を倒さなければいけない。戦場に散った英霊も、その為ならば喜んで装備を貸すことだろう。だが、弾が無い。この状況において水より何より弾が欲しい。やはり英霊など当てにならない。


 崩壊寸前の中層ビルに身を隠していた。床は小刻みに震え、天井から砂埃が注ぐ。


 敵が近い。


 状況は切迫していた。喧騒極まる胸の臓器が全身を打ち、指先まで確かな脈動を感じる。焦り、緊張、心象に迫る死のカタチ。それでも思考まで呑まれまいと深く大気を吸い込んだ。


 さて。もう一つの亡骸を漁って、それでも弾薬がなければ、もはや興奮に身を任せる他、道はないだろう。


 バックパックを背負った白骨の英霊から離れて、もう一体の戦士のところまで這うように向かった。こっちの英霊は、むしろ水筒など持ってないだろう。


 その死骸、表皮・外装を失った金属骨格は、未だ錆び一つ浮いていない。横たわる四本の腕と恐竜のような尻尾は死んで尚も禍々しい。それでも足先から背骨、胸郭、頭蓋は紛うことなき人間を模した形状だ。いや、これも確かにヒトなのだ。


 それで荷物をもたないこれが、一体どこに弾薬を隠し持っているというのか。


 どうやら、興奮のままに突撃する他に手段はなさそうである……。




 潜伏したビルの剥き出しコンクリートは激しい弾痕で穴だらけ。これは旧時代の大戦でつけられた傷だろう。こんな無機質な場所でも昔は人の営みがあり、……そして、互いに撃ち合って滅びたのだ。これは街の死体なのだろう。少しの揺れでも倒壊しそうだ。


 そして今日、我々の敵は我々の同胞ではない。銃を撃つこともなければ大量の爆薬で街を焼くこともしない。もっと残忍で、かつ合理的、とても動物的だが、実に不自然な存在。それは旧大戦の遺物、俗に生物兵器と呼ばれる化け物だ。


 外は、荒ぶる砂塵に霞む視界ゼロの戦闘地帯だ。それでも額のゴーグルを下ろして、建物の隙間から敵影を探した。


 化け物の姿ははっきりしない。しかしそこにいるのは確実だろう。今まで何百ものハンターが、この砂嵐に飛び込んだきり消息を絶っている。


 携帯無線機を顔に近づけて、囁くようにマイクに喋った。


「ライトホープさん、こっちは弾切れですよ。どうします?」


 すると間もなくして雑音に紛れた音声が発された。


 ――うっへっへ。君に弾が必要なのかい? 安心したまえよ、遠距離支援射撃は僕の専売特許さぁ。君は細かいことを気にせず突っ込みたまえ。うぇっへっへっへっ。


「俺に死ねって言ってますよね」


 ――うっへっへっへ。君は死なないさ。この僕が死なせやしないし、そもそも君はこの程度で死ぬような玉じゃないねえ。


「買い被りですよ、それで本当に死んだら、どうしてくれるんですか」


 ――そうだねぇ、うむ。女神たる僕が君の魂を望むように転生させてあげよう。異世界で勇者で、酒池肉林な生活を送るなんてどうかな。


「興味ないですね、転生するなら普通に学生やりたいですよ。っていうか、いつから女神に転生したんですか、ライトホープさんは」


 ――おや、僕は最初から女神様じゃないか。これは、君の認識について深く論議すべき案件かな。しかしまぁ現状はご覧の窮地、とりあえず目下の敵を颯っと屠ろうかね、相棒。それでは次の攻撃で……。


「ですね、決するとしますか」


 ここまで来れば腹を括るしかあるまい。


 我々は兵士ではなくハンターだ。端から失うものなどはなく、死か財か、その至高たる選択肢を拾ってこその露命だ。


「十秒後に突っ込みます」


 ――承知した。背中は任せたまえよ相棒!


 微かに震える両手で腰の電子サーベルを二本抜き取った。グリップは手の中に自然に収まり、手元の電源スイッチを入れると刃は高速で振動、高熱を伴って燈色に光を放った。これで突撃の準備は万端である。


「行きます。……3、2、1、今」


 二本のサーベルを逆手に構え、勢いをつけて砂塵の中へと飛び入った。


 砂に隠れる敵は目前直下だろう。見えなくとも肌で感じる巨大な唸りがそこにある。


 建物中層より、化け物がいるであろうその巨体に向かって降下する。それとタイミングを同じくして遠方より粒子ビーム弾が叩き込まれた。華やかな粒子砲の光線は見事にこちらの体を避け、化け物の体にのみ炸裂。敵の甲殻は弾け、砂嵐を吹き飛ばして視界が一部開けた。目標は狙い通り目の前。両手のサーベルを振りかぶる。


「ぅらあああああ!」


 突き立てられた二本の刃は、甲殻の抉れた部分を正確に貫き確かなダメージを与えた。化け物はその痛みに身悶え、自らを覆う砂嵐を長大な胴で振り払った。


 ようやく姿を現した敵、巨大生物兵器は全長五十メートルは見込まれる化け物、節足タイプの強襲種、ムカデリオンだった。


 暴れる胴体にしがみつき、更に刃を立てて頭部を目指した。しかし怒りに燃えるムカデは敵がどこだろうと反撃に余念はない。振り返るとムカデリオン尾部に生える鋭い棘がこっちを狙って構えている。かわせば胴体から振り落とされ、再び取り付くのは至難の業だ。


「ライトホープさん! 援護!」


 ――任せろ。


 と言う返事が在るや否や、粒子ビーム弾が尾部を撃ち抜き棘が弾かれる。これほど正確な支援射撃ができるのは、この世界でライトホープの他にはいないだろう。


 そして射撃に怯んだ一瞬の隙に、胴体を蹴って跳び上がる。着地の場所はムカデリオン頭部。長い触覚を掴んで取り付いた。高熱超振のサーベルで切りつけ、複眼を潰し、頭部の殻に連撃を加えた。天高く悲痛な唸りを上げるムカデリオンは長い体をこれでもかとばかり振り回した。


 これで決める。


 腰に提げた吸着タイプの爆弾〈GOT弾〉をムカデの頭に貼り付けた。あとは爆弾のタイマーをセットして完了……。


 しかし、その勝利には、あと一歩届かなかった。タイマーのセットに一瞬両手を離した瞬間、大振りのヘッドバンキングとタイミングが重なり、頭から振り落とされてしまった。


「くっそ」


 地面に落下、転がる。なんとか受け身をとってダメージを避けたが、ムカデリオンにとどめを刺し損ねた。だが、悔やんでいる間もなく、無線はすぐにも入ってきた。


 ――ノロ氏、僕が撃つ。


「頭の〈GΟT弾〉を? 無理ですよ、的が小さすぎる」


 ――だから君が誘導したまえよ、こっちへ。もっと近づけば当たるとも。


「いや、それじゃライトホープさんが危ない!」


 ――大丈夫さ、一発で決める。それとも、この僕の腕を信用できないかい? 相棒よ。


「え、いや……」


 ――そんなはずはないだろ? 君は僕の射撃精度を信頼しているからこそ、粒子ビームの雨の中で近接攻撃を仕掛けれるんだ。


「……」


 ――こっちに引きつけておくれ、ノロ氏。


「……、全く、無茶な人ですよ。わかりました」


 ――君ほどじゃあないともさ。


 通信を終え、身構えるムカデリオンと正対した。あの人の言っているとおりだ。お互いを信頼しているからこそ、どんな強敵だろうと二人で狩ってみせたのだ。


「こっちだムカデ野郎!」


 ムカデリオンに背を向け一気に走り出す。目指すは前方の送電鉄塔、そこにライトホープが粒子ビーム砲を構え待ち受けている。


「さあ来い! お前の墓場はこっちだ!」


 無論、追いかけてくるムカデリオンの方が圧倒的な速度だ。数秒も立たないうちに追いつかれて食われるだろう。だが、その頭が捕食のために一直線に伸びる瞬間こそが絶好の射撃チャンスなのだ。


「だぁああああああああ!」


 叫びを振りまいて全力で駆け抜けた。迫るムカデリオンはすでに後方三メートル。


「ライトホープさぁああああああああん!」


 この距離までくれば、もはや無線がなくとも大声で伝わるだろう。


 ――うへへへっ、もらったぁ!


 強烈なビーム弾が頭上に飛んだ。


 瞬間、頭を抱えて前に飛び転がる。粒子ビーム命中と同時に激しい光が空一帯に炸裂した。


 ムカデリオンの頭部はバラバラに弾け飛び、そしてその巨体が再び動くことはなかった。残されたのはゆっくりと風に流される砂煙のみ。その向こう側に荒廃した街の景色が揺らめいた。



「ほんとに倒した……。やった……」






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