第20話 ヒロインは軽率でなければいけない


シャンデリアが煌びやかなダンスホール。色とりどりのドレスを纏った令嬢たちが、シリル王子の登場を今か今かと待ちわびている。


悪役令嬢不在の新入生歓迎会。

私はヒロインとして、しっかりダサいドレスを着てやってきた。そして、ソフィーユの代わりにモブ令嬢たちによって嫌味を言われ、袖を破かれてしまってドレスはボロボロだ。


このモブ令嬢たちは、リオルドがけしかけてくれた子だろう。ご丁寧に、シリル王子が通る廊下でイジメてくれたので、私は王子様の侍従によって新しいドレスに着替えるよう指示された。


そして、今、鏡の前には美しいドレスを纏ったヒロイン・マデリーンがいる。私は私の姿を見て、ちょっとはヒロインらしくなってきたじゃないと思った。


着替えが済んだら、王子様付きの侍女が手早く私の髪をセットしてくれる。

手の込んだ編み込みを一瞬で仕上げた彼女は、丁寧に化粧までしてくれた。輝きを増したヒロインは、王子様にふさわしい姿になってさらに恋は加速する。


「ありがとうございました」


そう言って侍女にお礼を言うと、彼女は深々とお辞儀をする。


「こちらこそ、シリル王子の最愛の方を飾らせていただけて光栄です」


よくできた侍女だ!

私に敵意はまったくなく、むしろ好意的な人らしい。


「最愛の方だなんて……」


頬を染める私を見て、侍女はふふっと柔らかな笑みを浮かべた。王子がお待ちです、と言われて別室へと通されると、そこには目が眩むほどかっこいい正統派イケメンのシリル様がいた。


「マデリーン!」


椅子に座らず、立ったまま待っていてくれた王子様は、私を見てほっと安堵の息をついた。

私はシリル様に歩み寄り、優雅なカーテシーをして見せる。


「このような素敵なドレスを貸していただき、ありがとうございます」


なんでこんなドレスがあったかは聞かない。聞いてはいけない。だって、物語の都合上「そういうもの」だとスルーしないといけない部分だから。


にっこり笑ってシリル様を見つめると、彼はわかりやすく耳まで赤くして目を伏せた。


「きれいすぎる。これじゃあ皆の前に出せそうにない」


あら、かわいい。クールな王子様にもこんな一面があるのね。好きな女性の前ではただの人っていうことかしら。

でもヒロインとしては、褒め言葉をそのまま受け取ってはいけない。


「シリル様ったら、大げさです。でももしそう見えるのなら、それはドレスや装飾品のおかげですわ。それに侍女の方の腕が素晴らしいということです」


「謙遜しなくていい。君はもっと自分の美しさを自覚すべきだ。そうでなければ、心配で片時も離れられないよ」


「お優しいお言葉、うれしいです」


互いに好意を持つ者同士のイチャイチャを、王子の侍従や騎士たちは微笑ましいものを見る目で眺めている。どうやら身分差には寛容らしい。それとも、シリル様に人望があって「王子の選んだ人なら間違いない」ということなのかしら?


私はシリル様にエスコートされ、婚約者でもないのに王子様と一緒にホールへ。私たちの姿を見た者たちは、ささっと道を開け、ただただ羨望の眼差しを向けている。


この場に「身分をわきまえなさい!」と私を罵る悪役令嬢はいない。ソフィーユは今ごろ本編の裏側で休憩中だろう。うらやましい……。


ちらりと周囲に視線を向ければ、壁際に正装を纏ったリオルドが立っているのが見えた。彼は今日も私を見守ってくれている。


つい先日、あんなに情熱的な口づけを交わしたというのに、あれ以来私との接触を避けているようだった。きっと勘違いじゃない。


遠めに見ても彼の視線は私に向いていて、目が合うと確かに愛情を感じることができるのに、なぜ私を避けるの?

このままリオルドと逢瀬を重ねたら、私が恋に溺れて、きちんと仕事をまっとうできなくなりそうだから?頼りない?


なぜ避けられるのか、考えたらどんどんマイナス思考に陥っていく。


たまに、何時頃にどこの教室に向かえとか、この廊下を通れなんていう指示がメモで届き、その通りにすると誰かが私を虐めてきて、さらにタイミングよく王子かセラくんが助けてくれる。


こうしてポイントは着々と積み上がっていて、もうそろそろエンドを迎えてもいいくらいの量を稼ぐことができた。


今日もドレスを破られて、王子様に助けてもらったからばっちり。

でもどれほどポイントが溜まっても、ストーリーが順調に進んでも、リオルドに会えないと私の気分は晴れないままだ。


恋をするって本当にやっかいなもので、仕事とプライベートの両立がこんなにむずかしいなんて思いもしなかった。


あぁ、考えていたら腹が立ってきた。

だいたい「裏で何やってもいい」ってリオルドが言ったんじゃない!(出展元は私らしいけれど)


裏であなたが私に触れてくれるなら、私はそれを糧にがんばることができるのに。ホールの端から視線を送るんじゃなくて、もっと近くで手を取って欲しい。声を聞かせてほしい。


シリル様とダンスを踊っているときも、私の心はリオルドに囚われたまま。依存症かもしれないわ、と自嘲で口元が歪む。




ダンスが終わり、私たちは仲良くバルコニーで愛を語らう。

夜空には無数の星が輝いていて、とても映える光景だ。少しひやりとした空気に肩を竦めると、シリル様はすぐに上着を貸してくれる。


「温かいです」

「本当ならこの腕で抱きしめたいところだが、今日は我慢するさ」


愛おしさを隠しもせず、シリル様はヒロインを見つめる。

私は少し切なげに目を伏せて言った。


「そんなことを言われたら、勘違いしてしまいます」


これぞ必殺、ヒロインによる恋の躊躇ためらい!両想いだとわかりきっていても、素直に告白なんてしてはいけないのだ。相手を泳がせ、控えめなふりをして一気に引き寄せるという一本釣りよ。


かつてのライバルのセリフを引用し、私はヒロインらしく演じ続ける。


「私はこうしてシリル様のそばにいられるだけで……」


ぎゅっと両手を組み、身分差の恋を嘆くそぶりをみせれば、シリル様が大きな手でそれを包み込んできた。


「マデリーン、僕がそばにいてほしいと思うのは君だけだ。婚約者がいる身では、僕の方が君にふさわしくない。だからこれまで何も伝えることができなかったが……」


「シリル様」


顔を上げると、彼はまっすぐな情熱を訴えかけてくる。


「僕は君が好きだ。誰よりも愛している」


早っ。まだ入学してひと月なのに、ソフィーユの暴走によりいきなりのクライマックスだわ。


「今すぐ、君を攫ってしまいたい。この腕に閉じ込めて、もう二度と離したくないとすら思うよ。これほどまでに人を愛おしく思ったのは初めてだ」


ツゥと頬を伝う涙。シリル様は私の頬を指で拭うと、幸せそうに微笑んでそっと抱き締める。


「不誠実なことはしたくない、そう思ってずっと伝えずに来たが、僕はもう言わずにはいられない。愛している。マデリーン、僕と一緒にこの国を支えてくれないか」


「それは……」


「ソフィーユとは、もう数日で婚約が解消される予定だ。その後すぐに、新しい婚約者を据えることはできないが、いずれ必ず正式に君に婚約を申し込む。だからこれは、君を想うただのシリルとしての言葉だ」


彼は腕を離すと、乞うような目で私を見つめる。その美しいかんばせが月明りに照らされて神々しいオーラを放っていた。


「卒業したら結婚しよう。君ともう離れたくない」


――ピコンッ。

『イベント報酬獲得です。ボーナスポイント500発生しました』


思いがけない高いポイントに、私の口元は自然に弧を描く。まるでプロポーズに感動したかのように見えるだろうな。


「シリル様……」

「マデリーン……」


月明りの下、ゆっくりとシリル様の顔が近づいてくる。

後はもう、そっと目を閉じて初めてのキスを交わすだけ。


そう、キスをすればいいだけ。

たかがそれだけだ。それだけ、それだけ、それだけ……。


シリル様と今にもキスをしそうな距離で、私はふとリオルドのことを考えてしまった。キスをするなら彼がいいと、思ってしまった。


一度閉じていた瞼を開け、私はシリル様の胸に手をついて抵抗する。


「あ、あの!その、こういうことは、えっと、そうです、婚約が解消されてからでないと!!」


咄嗟に私から出た言葉は、とんでもなく現実的な内容だった。ロマンチックのかけらもない発言である。


でもシリル様は正統派イケメンだから、己がしようとしたことが不誠実なことだったと気づいたみたいですぐに反省の弁を口にする。


「すまない。あまりに君が愛おしくて……。不誠実だった」

「そんな、私こそ」


気まずさに、お互い目を逸らす。抱き合っていると言えるくらい身体の距離は近いけれど、私が考えたのは「ここからどうやって幕引きしよう」ということだった。


私ったら何をやっているの!?

ヒロインと言えば、純粋さと同じくらい軽率さも持ち合わせていないとダメでしょう!?婚約解消がまだでも、キスをするくらいの浅はかさは必要でしょう!?


それなのに、何よ。ちょっとリオルドのことが頭に浮かんでしまったばかりに……!


タイミングよくシリル様の侍従がバルコニーへやってきて、そろそろ時間ですと告げてくる。シリル様は私の肩を抱き、「行こう」と小さな声で言った。


バルコニーからホールへ戻った瞬間、聞きたくなかった言葉が脳内に響く。


――ピコンッ。

『消避税、没収です』


「っ!」


やっぱり!さっきキスするのが正解だったんだわ!

キスのチャンスをものにできなかったシリル王子、消避税を取られた私。二人は仲良く落ち込みながら、浮かれた空気の会場へと戻るのだった。


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