第18話 職務放棄を希望します!
午後になり、森の深くまで足を踏み入れた私たち。
この研修は森の中に設置された紫水晶のモニュメントを破壊することでノルマ達成となり、そろそろそれがあるはずなのだが……
――ガァァァァァ!
――グルルルル……。
――シキャー!
明らかにこの森にいるはずのない魔物が、私たちを待ち構えていた。
「リオルド……!」
私は思わず背後を振り返り、本来なら助けに入らないはずのリオルドに視線を送る。彼は飄々とした態度で、魔物を見て苦笑いした。
「あれはマンティコアですねぇ。胴体がライオンで尾がサソリ、初めてお会いしました。それに
つまり、この森どころか、この国にいない魔物だと。じとっとした目でソフィーユを見ると、してやったりな顔で胸を張っている。
さては闇オークションで買って、ここに放ったわね?
しかも興奮剤か何かを投与されているのか、魔物がより凶悪になっている。もはや、やり口が悪役令嬢を通り越してマフィア。裏社会のにおいがする。
「マデリーンは後衛へ!セラ、魔物の足止めを!」
シリル様は動揺しつつも、すぐに私たちに指示を出す。
セラくんは魔物の足下を魔法で凍らせ、シリル様が攻撃しやすいようにサポートした。
私も一応、ヒロインらしく補助系の魔法を使って援護してみる。防御力アップ、攻撃力アップ、魔法防御力アップ、と私がシリル様に手を翳した瞬間にどんどんステータスが上がっていくのがわかった。
ヒロイン、さすが。シリル王子とアイコンタクトをとると、好感度アップの音が脳内に鳴り響く。
セラくんにも同様に援護すると、二人は学生と思えない動きと判断力で魔物に攻撃を繰り出していった。
「素敵ですっ!シリル様!」
「来るな!ソフィーユ!」
自分で魔物を用意しておきながら、シリル王子のかっこよさに興奮したソフィーユは状況を忘れて彼の背に抱きついた。
そしてその瞬間、怒り狂ったブラッディウルフが二人に向かって飛びかかった。
「なっ……!?」
興奮剤で痛覚が麻痺しているらしい。
すでに血まみれで深く傷を負っている狼が、それをものともせずに二人に突進した。
「きゃぁぁぁ!シリル様!」
「くっ……!」
さすがは王子様というべきか、シリル様はソフィーユを庇って右腕を負傷した。利き手がやられてしまい、絶体絶命のピンチである。
セラくんは回復魔法を使えるが、あいにく他の二体の魔物を相手していてとてもシリル様のところへ駆けつけられない。
「きゃぁぁぁ!!」
「ソフィーユ?!」
しかもあろうことか、触手持ちの植物系モンスターがいつの間にかソフィーユに絡みついている。
え、このモンスターはどこから来たの?元からこの森にいた魔物!?
触手が私にも向かって来たけれど、捕まる直前で背後からリオルドに抱えられて飛びのき助かった。
「これ、作品を間違ってる!」
触手は18禁専用よ!
唖然としていると、リオルドが耳元でこっそりと謝罪してきた。
「すみません、ソフィーユが張り切り過ぎたみたいです」
これも在来種ではなく、闇オークションで仕入れた魔物らしい。
あぁっ、ソフィーユが触手に捕まり、シリル様ががんばって救出しようとしているわ。
「ねぇ、制服とか破れて18禁演出の方が、ポイントって稼げるの?ソフィーユがちょっといけない感じになってるんだけれど」
まだそこまでではないけれど、ソフィーユが逆さづりみたいになってちょっとエロイ感じになっている。
念のために確認してみると、リオルドから返ってきた答えは残念なものだった。
「いえ、これは全年齢ですから、あまりに激しめの演出だとお蔵入りします」
「お蔵入り!?」
体張ってがんばったのにお蔵入りは嫌!ポイントゼロで、イベントごとなかったことになっちゃう!
「どうしよう!ヒロインらしくここは私も戦った方が」
慌てて飛び出そうとした私を、お腹に回されたリオルドの腕がさらに力強くとらえる。
「その必要はありません」
「え?」
彼は自由になる右手を魔物に翳し、そこから謎の光を出した。
その光は一直線に魔物に向かい、一瞬でその姿が消えてしまう。
「えええええ!?」
「これでも元エリート魔導士という設定なので。魔物はすべて
「生き物って入るの?!なんて便利!チート機能っ!」
歓喜の声を上げる私。
シリル様たちは呆気に取られてその場に膝をついた。
「引率の教師にとって、生徒は守るべき対象ですので」
そう言って涼しい顔で笑うリオルドを見て、シリル様は悔しさを表情に滲ませる。私の前では性格温厚な王子様だけれど、負けず嫌いな一面もあるらしい。
セラくんは魔力切れが近いけれど、無傷。ソフィーユは自分がやりすぎたと気づいたみたいで、ショックを受けて茫然としている。
あやうく18禁でお蔵入りするところだった、ということがわかったみたいだ。
「シリル様!」
私は急いで彼の元へ駆け寄る。シリル様は右腕の二の腕あたりから血が流れていて、早く治療しなければと思った。
「マデリーン、無事か!?」
片膝をつくシリル様の正面に座り、私は彼のケガの具合を確かめる。
あああ、私なら何度も悪役令嬢として死刑になっているから痛みに慣れているけれど、演者じゃない人がこのケガをしたらかなり痛みは強いと思った。
ハンカチで傷口を押さえた私は、半泣きでシリル王子に訴えかける。
「私のことはいいんです!シリル様とセラくんが守ってくれたから大丈夫。でもシリル様の腕が……」
今すぐ救護班に連絡を、そう言おうとしたけれど、続きは言葉にできなかった。優しい王子様に抱き締められていたからだ。
シリル様は私の肩口に顔を埋め、安堵のため息を漏らす。
「よかった。君が、無事で」
「シリル様……!」
血と汗のにおいがする抱擁は、ヒロインと王子様の見せ場というだけあって美しいシーンのはず。けれど私は、身を固くしてしまって抱き締め返すことができない。
落ち着くの、落ち着くのよ!!
私はヒロイン。シリル様が好き。ここでシリル様の大切さを実感して、ようやく二人は両想いに……!!
震える手を必死で動かし、意外に逞しいシリル様の身体を抱き締めようとする。
心の中で何度も何度も、「私はヒロイン」と繰り返しながら。
体感ではものすごく時間がかかったような気がする。ようやく抱き締め返すことができたとき、シリル様はそれに気づいてさらに腕の力を強めた。
「っ……!」
感動的なシーンのはずなのに、これをリオルドに見られていると思ったら今すぐ逃げ出したくなった。この胸のドキドキは、シリル様に向けられたものじゃない。
リオルドに見られているということが、どうしようもなく悲しくて苦しくて。まるで浮気をしているみたいな気持ちになった。
――ピコンッ。
『イベント報酬獲得です』
私はシリル様の身体を突き飛ばすように離れ、腕のケガを心配するふりをしてごまかした。
「あのっ、早く治療しないと……!!」
シリル様はくすりと笑い、少しだけ意地悪く言った。
「もう少し、君を抱いていたかったのに」
ひぃぃぃぃ!!
もうダメ!ヒロインなんてやっぱり私には……!
この純粋な好意が、甘い言葉が受け取れない!
もう自分がどういう顔を作っているのか、きちんと演じられているのかわからない。逃げるように立ち上がった私は、まだ放心状態のソフィーユのそばにへたり込んだ。
「マ、マデリーン?」
周囲に聞こえないくらいの小声で、彼女は問う。
私は両手で顔を覆い、泣きつくようにして言った。
「お願い、代わって……!」
「ええええええ!?無理ですよっ、私、悪役令嬢ですもの!」
ソフィーユの返答はもっともだ。
今さら配役替えなんてできっこない。それに私も彼女も派遣だ。自由に生きることはできない。
いくらギルドのミスでヒロインに転生したとしても、この物語が終わるまで私はヒロインであらなければならない。
ただ、それでも私は言わずにはいられなかった。
「ヒロインなんてもうイヤ!恋なんてこの世から消えてなくなればいいのよ!」
背後では、戦闘の騒ぎを聞きつけて救護班がやってきた。セラくんは自分で動けると言って救助を拒み、シリル様は駆け付けた救護員に回復魔法をかけてもらう。
私はというと、悪役令嬢であるソフィーユに抱きついてイベントを終えるという意味不明な展開になってしまったのだった。
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