第17話 悪役令嬢を退場させないヒロイン


魔物狩り研修の当日。

私たちは山間の合宿施設へとやってきていた。


「「「なんでこんなことに……?」」」


目の前で嫌そうな顔をしているシリル王子、セラくん、ソフィーユを見て、私は純真無垢なヒロインを気取る。

「ふふっ、みんなで魔物狩りだなんて思い出に残りますね!」

「「「ソウデスネ」」」


あれから私は、考えていた作戦を実行に移した。

ヒロインらしく「ソフィーユさんは毒を盛るような人じゃありませんっ!」と言って、事件の調査部隊のお偉いさんや先生方に直訴し、見事ソフィーユの解放を勝ち取ったの。


証拠もないのに公爵令嬢を謹慎にしたままなのは問題がある。結局のところソフィーユの父親である公爵閣下への遠慮があり、私の願いは聞き届けられた。


そして。

『仲直りのために、私とパートナーになりましょう!!』としらじらしくソフィーユを誘ったのだ。


完璧な計画だわ。

これで悪役令嬢を強制的に復帰させることができた。ソフィーユのことは、見えるところで監視して教育する方がいいと思ったのよね。


私と彼女がパートナーになった結果、シリル王子はぷらんと一人浮いてしまったのでセラくんが「護衛兼パートナー」として付くことに。

パートナーが決まったら、私たち4人と王子の側近候補である騎士科の2人を招集し、計6人の班が出来上がった。


これでイベントが発生しても、ヒロインも悪役令嬢もまとめてポイントを稼げる場面の完成だ。我ながら完璧なシチュエーション。さすが私!


ちなみに引率の先生はリオルド。これは裏で彼が糸を引いてくれたに違いない。


いつもの教師スタイルもかっこいいけれど、今日みたいな森に入るカジュアルな旅装束も素敵。目が合うとにこっと微笑まれて、私は胸が苦しくなった。


けれど悲しいかな、私はヒロイン。

今は恋心を押さえに押さえて、シリル王子といい感じにならないといけない。


リオルドに会えてうれしいけれど、好きな人の前で他の人と恋を進めないといけないなんて……。


深呼吸して頭を切り替えた私は、「行こうか」と言って手を差し伸べてくれたシリル王子の手を取った。


「足下に気をつけて。疲れたらすぐに言って欲しい」

「わかりました。お気遣いをありがとうございます」


風に揺れる金の髪、柔らかな笑み。ときおり、「君は特別なんだ」と訴えかけてくるような情熱的な目。シリル王子は完璧な王子様で、互いに惹かれ合うのに身分差から思いを告げられない関係は切なくなる。


私は精一杯、シリル王子との関係を進めるべくかわいいヒロインを演じ続けた。


魔物が出てきたら「きゃぁっ」と悲鳴を上げ、シリル王子とセラくんに庇われる。騎士科のモブ2名に至っては、脳筋なのか、王子様の見せ場を奪う勢いで狩りに勤しんでいてちょっと邪魔なくらい。


彼らは邪魔だなと判断したリオルドによって、ケガをさせられて早々に治療班に引き渡された。先生がこっそり生徒をケガさせるって、ものすごい鬼畜な所業。彼のプロ意識の高さ(?)を見せつけられる。


ソフィーユといえば、シリル様にしがみついては弾き飛ばされ、私に向かって嫌味を放ってはせっせとポイントを稼いでいた。いい感じよ、その調子!と思っていたら、半透明のスライムが現れて、ソフィーユは容赦なく踏みつぶしていた。


ダメ。ソフィーユ、嘘でも怖がるそぶりをみせて?


どうやら近くにスライムの巣があるらしく、何度も彼らに出くわすも、やはりソフィーユは強かった。


「マデリーン、あなたは役立たずね!!おーっほっほっほっほ」


勝ち誇ったように高笑いを決めるソフィーユだけれど、足で踏みつぶすという物理攻撃を繰り出し過ぎて、セラくんがドン引きしている。ええ、私も引いているわ!


「私は足手まといでいいです」

ぼそっと本音が漏れる。

ファンタジー系の作品にも出演したことがあるけれど、私はスライム無理……!


ぷるんとかわいい半透明の生き物かと思いきや、生き物だからぐにぐに形を変えながら這い寄ってきて、それが何とも言えない生理的嫌悪感を呼ぶ。


なんでこんなのを踏みつぶせるの!?


ヒロインだからかわいく悲鳴を上げないといけないのに、「ひっ……!!」って引き攣った声が漏れちゃったくらい。かわいい顔を作っている余裕がない。


踏んだらブシャッて透明な粘液が出て気持ち悪いから、できれば魔法で燃やして欲しい。あぁ、でも森林火災になったら困るから、セラくんみたいに風魔法で切り刻むのがベストか。


スライム道だけは、私は本気で怯えてシリル様の背中にくっついて何とか通り抜けることができた。どうでもいい相手だから盾にしている、それがバレたらどうしようと心配したけれど、シリル様は優しいので私を守ってくれた。


「君は私が守ってみせる。安心してほしい」

「おおおおお願しますね!?」


ただし、リオルドがスライムに狙われたら私が盾になってでも庇ってあげたいとは思った。その心配はなく、引率の教師として適度に魔物を狩りながらついてきていたから安心だったけれど。


お昼には休憩スポットに到着し、私たちはひと息つくことに。


――ジュージュー……。


お肉の焼けるおいしそうな音がする。

先回りして待機していたシェフたちが、豪華な昼食を用意してくれていた。


「ねぇ、ソフィーユ」

「何かしら?」

「この料理人は何?」

「せっかくなので権力を使ってみたの」


権力の使いどころが違う!

私は持ってきた質素なサンドウィッチをカバンから取り出し、そっと離れて昼食をいただいた。


「シリル様!公爵家のシェフの味をご堪能くださいませ!」

「……あぁ」


王子様が!いつも完璧な笑みを浮かべている王子様が、完全に引いている!

セラくんはさっさと肉やスープをゲットして、私のそばにやってきて座った。


「ソフィーユ様、すごいね。僕はちゃっかりもらったけど」

「そうね、さすがはお金持ちのお嬢様だわ」


ソフィーユったら、リオルドにもシェフの料理を振舞って優雅なランチを始めてしまった。野外であれは浮いていると思ったけれど、悪役令嬢の資金力を見せつけるという観点ではそう悪くはないかもしれない。


「マデリーン!惨めなあなたにも恵んで差し上げてよ!」

「あ、ありがとうございます。ソフィーユ様」


意気揚々と私のところへやってきて、肉の一番いい部位を差し出してきた。

あの子ったら私への尊敬が抜けていない。地面に落ちた肉くらいを突き出してきなさいよ!おいしい部位をミディアムレアで差し出してるんじゃないわよ!


こんなことではこの先の展開が思いやられる、ため息をつく私。

そしてこの予想は見事に当たるのだった。


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