第14話 ヒロインは心臓に負荷がかかりすぎる
翌日、寝不足の私は重い足取りで登校した。
目の下のクマは化粧で隠せない。ヒロインはすっぴんが基本であり、悪役令嬢のように侍女が丁寧に化粧をしないのだ。
「はぁ……。こんな顔で登校したら、明るくかわいいヒロインが台無しじゃないの」
一人そんなことを呟きながら大通りを歩いていると、隣にスッと現れて停まった馬車からキラキラの美男子が登場した。
「マデリーン!よかった、見つけられた!」
「セラくん!?」
前髪は依然としてうっとうしいままだけれど、その澄んだ瞳が眩しい!
「登校前にマデリーンを見舞ってからって思ったけれど、まさか今日学校へ行こうとしているなんてびっくりしたよ!」
毒を盛られた翌日に、学校へ行こうとする私。よく考えてみたら今日くらい休んでもよかったんじゃ……?しまった、私としたことがうっかりしていた。
驚く私の手をぐいっと引っ張り、セラくんは豪華な馬車に私を連れ込む。そして中に入ると、柔らかな笑みを浮かべたシリル王子がいた。
ホワイトウッドの壁やふかふかのクッション、揺れの少ない特注の馬車はどうやら王家のものらしい。シリル王子は私を見て「おはよう」と麗しい微笑みで迎えてくれた。
「身体の具合はどう?学校に行こうとしているなんて、君はとてもまじめなんだな」
いえ、うっかりです。
私は曖昧に笑って、首を竦めた。シリル王子は私を自分の隣に座らせると、心配そうにこちらを伺い始める。
「顔色がよくないな。今はまだ調査中だから、安全が確保されるまでは家で休むべきだと思ったのだが、迎えにいったらすでに君は家を出た後だったんだ。遅くなってすまない」
美形の申し訳なさそうな顔って、とんでもない破壊力だ。しゅんと悲し気に目を伏せるところなんて、かっこよさとかわいらしさを兼ね備えた最強王子様だわ。
それなのに微塵もときめかないなんて、私は心臓疾患をわずらっているのかもしれない。
「シリル様に謝っていただくことなど、何もございません。でも、まさかこんなことになるなんて……」
こんなに早く悪役令嬢が退場してしまうなんて。
私は胸が詰まる思いだ。
シリル王子はそんな私の頭を撫で、安心させるように告げる。
「これからは、もうあんなことが起こらないよう僕が君の盾になる。王子として、男として君を守ると誓うよ」
「シリル様……!」
早い。
そのセリフはまだ早いです。
ソフィーユの毒も早かったけれど、あなたの誓いも早いです。
好感度が上がりすぎて、恋心が燃え上がっていますね?
どうしましょう。まだイベントのポイント分がまるまる不足しているのに、いきなりそこまで盛り上がられたら、今後どうやってポイントを稼いでいいかわからないわ。
エンディングもびっくりな誓いを立てられて困っていると、セラくんがゴホンと大きめの咳払いで存在をアピールしてきた。さすがは私の友達、助け舟を出してくれるらしい。
期待を込めた目で見つめると、セラくんはにっこり笑って言った。
「大丈夫ですよ、シリル様。王子様がわざわざ盾にならずとも、マデリーンの唯一無二の友人であるこの僕が彼女をしっかり守ってみせますから」
「セラくん……!ありがとう!」
これはもう親友といっていいのでは?
出会って二日だけれど、友情って時間は関係ないのね!
そうだわ、そうよ。悪役令嬢だといつも周囲に身分相応の付き人みたいな子たちがいて、彼女たちは幼少期からのお友達という設定だった。けれど、私の立場が悪くなるとすぐにいなくなってしまうし、誰も庇ってくれはしなかった。
私は私で悪役として、彼女たちを手足のようにこき使っていたから、真の友情なんて生まれるはずがない。
うるうるした目でセラくんを見つめていると、シリル王子が急に尖った声音で彼に告げる。
「マデリーンは、王家で保護する。セラの出る幕はない」
「男爵令嬢のマデリーンを王家で守る?そんなことをすれば、シリル王子がマデリーンを私欲で囲っていると思われますよ?そうなると、彼女はますます狙われます。今回の毒のことだって、ソフィーユ様がシリル王子を取られると思ってマデリーンに危害を加えたのでは?」
「セラ、君は私が私欲でマデリーンを囲うような男だと言っているのか?」
「いいえ~?シリル様は賢明なご判断のできるお方です。ですから、僕にお任せくださいませと進言したまでですよ」
私の視線は、二人の顔をいったりきたりする。二人とも笑顔はキープしているけれど、声音や雰囲気はなんだか殺伐としていて喧嘩しているみたいにも思える。
見た目と会話が違いすぎるんですが?
雰囲気的には「私のために喧嘩しないで」と言うべきなんだろうけれど、二人とも顔だけはしっかり笑顔だから私がそんなセリフを言うのはおかしいような気もする。
困ったわ。何が正解?
とりあえず話題を変えなければ、と思い私はシリル様の袖を少しだけひっぱった。
「シリル様、あの」
「どうした?マデリーン」
セラくんとシリル様に交互に視線を投げつつ、私は言った。
「もう私が狙われるなんてことは、ないと思うんです。なので守ってもらわなくても大丈夫といいますか」
だって、ソフィーユは謹慎ですからね?
悪役令嬢がいきなり謹慎したから、もう誰も私を狙って来ないはず。しかし二人は身を乗り出し、それを否定した。
「何を言っているんだ!」
「そうだよ!なんでそんなに悠長にかまえてるの!?」
ひぃぃぃ!!
美男子二人に詰め寄られ、私は思わず背を仰け反らせる。
シリル王子は私の右手を取り、そっと甲に口づけて上目遣いに懇願する。
「君に何かあったらと思うだけで、僕は胸が押しつぶされそうだ。安全だとわかるまでは、そばにいてくれ」
「あの、えっと、はい……」
どうにかして右手をひっこめようとするも、全然逃げられない!
しかも左手はセラくんに両手で掴まれて、愛くるしい笑みを向けられる。
「僕たち友達だよね?マデリーンと一緒にいるのは自然なことだよね?大丈夫、君を守るのは僕の魔法だから。この日のために、僕は騎士にならずに魔法を身に着けてきたんだと思うよ?」
「そんな大げさな……!」
右手は王子様、左手はイケメン魔法使い、どうして私が両手に花状態に?ってヒロインだからだわ!心臓に負荷がかかりすぎて、今にも卒倒しそうになってしまう。
「おい、マデリーンが困っているだろう。セラは今すぐ手を離せ」
「え?僕は友達だからいいんですよ。シリル王子こそ、手の甲とはいえ許可なくキスをするなんて常識外れです。浄化魔法をかけるんで、すぐにその手を離してください」
どうしよう、言い争いが激化した。
さっきからセラくんは友情を連呼しているけれど、どう考えてもヒロインのこと狙っているよね……?
ボリュームを落としているけれど、私の脳内ではさっきからピコンピコンって好感度上昇のお知らせが鳴り続けているもの。
あああ、ここにきて逆ハー展開とか……!王子様一人でも処理しきれないのに、セラくんまでヒロインに惚れるとかもうどうしろっていうのよ!?
誰か私を助けて。
笑顔で言い争いを続ける二人と共に登校した私は、昨日自分が恋心を自覚したことをすっかり忘れて、リオルドの実験室へと駆けこむのだった。
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