第13話 もう十分です

偶然、ではなく確実に私を追ってきていたリオルド。


夜の街を、二人で並んで歩く。


何も言われていないけれど、リオルドは私のことを家まで送ってくれるつもりみたい。


「あなた、モブにしてはいい男ね」


傲慢にそう言ってみる。

一瞬驚いた顔をしたリオルド。なぜそれをって、目が言っている。


「思い出したんですか?」

「ええ、まぁ」


周囲には、これから酒場へ向かう男たちや見回りの騎士が行き交い、夜の街はわりとにぎやかだった。


私たちはそんな街を黙って歩いて行く。


「「…………」」


気まずい。

せっかく思い出したんだから、何かリアクションしてくれればいいのに。


ちらりと視線だけで隣を見上げると、まるで後悔しているかのようにリオルドが眉根を寄せていた。口元を右手で軽く覆い、どう見ても苦悶の表情を浮かべている。


何よ、あんなにヒントみたいなのを小出しにしてきたくせに、今さらその表情はないでしょう?まったく意味がわからない。


私は彼の心の中をのぞいてみたくなり、自分からつついてみることにした。


「ねぇ、モブギルドでポイントを稼ぐのって、大変だったでしょう?」


モブは大きなイベントがまったくない。

簡単なお仕事だけれど、それを積み重ねるのは苦労するだろう。


「1272回」

「え?」


ぽつりとリオルドが言った。


「私が転生した回数です。正キャ員になるまで、1272回転生しました」

「そんなに!?」

「ですが、モブは基本的に1回の転生が5分だったりします。1日に10件の転生をこなすことも可能ですから、マデリーンたちのように1回1回が正念場というわけではありません」


だとしても、よくそれだけの回数を転生したものだわ。私は驚きすぎて、あんぐりと口を開けてしまった。リオルドは私の顔を見てくすりと笑う。


「そんなにがんばって正キャ員になったんだ。じゃあ、ナビゲーターから降格するのは絶対に嫌よね。その気持ちはすごく想像がつくわ」


追っかけてきてまで私をサポートするのも、今なら理解できる。降格するとまたポイントを稼がないといけなくなるだろうから、モブならよけいに戻りたくないだろうな。


けれどリオルドは、立ち止まって言った。


「あなたにまた会いたかったからです」

「え?」


私も足を止め、彼と向き直る。


「マデリーンと出会ったのは、私のモブとしての初仕事でした。毒に侵されて苦しくて仕方がなかった私を、あなたは必要もないのに救ってくれて……。ずっと、また会いたいと思っていました」


「リオルド……」


「死に物狂いでポイントを稼ぎ、正キャ員になったのは、どこかのギルドに移籍するよりもナビゲーターなら確実にあなたに会えると思ったから」


確かに彼の言うことは正しい。

演者として出会うより、ナビゲーターになった方がいつか私を案内できる。でもそれだって、ものすごく確率は低い。


「私は、別にあなたを想って助けたわけじゃない。特別な感情なんてなかったし、慈悲の心を持っていたわけではないわ」


ただ、目の前で苦しむ人が怖かった。


「それは承知しています。ですが、あのときあなたは一刻も早く立ち去らなければいけなかった。それなのに、モブでしかない私を救ってくれた。そんな人は、1272回の転生でたった一人、マデリーンだけだったのです」


みんなドライなのね!?ちょっと意外だわ。本当に死ぬわけじゃないから、見捨ててもいいって解釈なのかしら。


「マデリーンの活躍は耳にしていました。あのときは、それほど頭角を現しているように思えませんでしたが、モブギルドにまで噂が届くほどの立派な悪役令嬢になられて……。私はそれが自分のことのようにうれしかった。だから本当に驚きました。ナビゲーターになってまだ3回目で、あなたを迎えにいけたことが」


彼が言うに、私をヒロインに指定していたのはギルドの受付のミスだという。


「指示を受けたとき、私はおかしいと思ったのです。でもあなたを前にすると、積年の想いが溢れて何も言えなくなってしまった。あのとき一言でも、ヒロインとしての転生ですが間違っていませんかと尋ねればよかった。本当に申し訳なく思っています」


それは心からの言葉だった。

彼は私をヒロインにしてしまったことを後悔していた。


「あなたをそばで助けたいと思って、私もこの世界にやってきました。けれど、ヒロインとして他の男のものになるマデリーンを近くで見るのは、思った以上に苦しくて……。自分でも驚きました。正キャ員の立場を使ってシナリオを歪めるほどに、あなたに近づきたくて仕方がないなんて」


彼の言葉に、一気に頬が染まる。心臓がバクバクと鳴りだして、息が苦しい。

私を見つめるその目は、これまで一度も自分に向けられたことのない熱を持っていた。


「おかしいですよね。自分のせいであなたが苦しんでいるのに、こんな気持ちになる資格はありません。ポイントが稼げるよう、ひたすら王子との恋をバックアップするべきなのに。私はどうしてもそれができなかった」


そこまで言うと、彼はスッと手を差し出してくる。「帰りましょう」と言われ、私はその手を取ってまた歩き出した。


突然の告白に、繋いでいる手がどうにも居心地が悪い。大きな手が温かくて、守られているような気分になる。


顔を上げることができず、私は恥ずかしいのだろうなと自分の気持ちを推察する。自分が自分じゃないみたい。ふわふわした心地で、どうやって家まで歩いたのか記憶がおぼろげだ。


気づけばもう家の前までやってきていて、リオルドはそっと私から手を離す。


「あなたが望むなら、私はこれから本当にヒロインの恋を応援します。シナリオは随分変わってしまいましたが、それでもヒロインとしてポイントを稼ぐことは不可能ではありません。卒業試験に合格できるくらいのポイントは、私が何としても稼がせます」


「でも」


私のことを好きなんじゃないの?

はっきりと「好きだ」とか「愛している」とか言われたわけじゃないけれど、リオルドの目を見ればわかる。


この人は、私のことを愛おしいと思ってくれている。


でもさすがに直接的には聞けなかった。「私のことを好きなくせに、王子との恋を応援するってどうなの?」なんて、聞けるわけがない。


俯いて押し黙っていると、リオルドはすべてを察して笑った。


「もう、十分です。思い出してくれるとは思っていませんでした。モブギルドのメンバーは、あまり顔を覚えられないように認識阻害のスキルがかかっているんです。それなのにあなたは、私を思い出してくれた。もう、十分なんです」


どうしてそんな風に、離れていこうとするんだろう。

私の胸に、ふつふつと怒りがこみ上げる。


「シリル王子との恋、応援いたします」


聞きたくなった言葉が、私の胸を貫いた。

あぁ、そうか。これが恋をするってことなんだ。リオルドを見上げると、悲しげな笑みを浮かべている。いつもの自信たっぷりの笑みはどこへ行ったのか。


「私が恋したいのは……」


お腹の前で、きゅっと両手を握り合わせる。さっきまで温めてくれていた手が、今は緊張で冷たくなってしまった。


セリフが思うように出てこない。

唇が震えて、私はそれきり何も言えなくなってしまった。


リオルドはそっと私の頭を撫で、額にキスを落とす。


「ご迷惑をおかけしました。もう夜も遅いですから、どうかゆっくりなさってください」


キスに驚いて首を竦めた私を置いて、彼は颯爽と闇に消えた。残された私は、初めて胸に宿った苦しさに戸惑い、両手で顔を覆って嘆いた。


「何なのよ……!どうすればいいの……?」


ヒロイン転生1回目。

好きな人ができるということは、仕事に支障をきたすのだと知った。

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