第12話 悪役令嬢と悪役令嬢


ガタゴトと鳴る馬車の中。気まずい空気が流れている。

セラくんが私の隣にいて、彼のローブを纏った私は汗臭くないか心配していた。


正面にはリオルドがいて、この馬車は学園のもの。


リオルドは馬車を手配した後、王子やセラくんに事情を説明してくれた。毒を盛った容疑者のソフィーユは、公爵家の自宅で謹慎、取り調べとなるらしい。


男爵令嬢ごときの私に犯人を調べてくれという権利はないが、シリル王子を狙った犯行かもしれないという無理やりな理由をつけて王子様自身がきちんと対処してくれると言ってくれた。


『君は何も心配しなくていい。必ず私が守ってみせる』


シリル王子は正義の人だった。何から何まで、ありがとうございます。

あぁ、ヒロインって全部まわりがやってくれるからとても楽だわ。悪役令嬢って全部自分で指示しないといけないから大変なのよね。誰も守ってくれないし。


王子様は王宮に戻って犯人を捜すために全力を尽くすといい、セラくんは私の家まで付き添ってくれるそうだ。


今日出会ったばかりなのに、彼は私を心から心配してくれている。なんて優しい子なの!?


「本当にもう大丈夫?」


初めて育む友情に、私は胸が熱くなり「ううっ」と涙ぐんで顔をそむける、


「ありがとう!大丈夫。その気持ちだけで不死身になった気分」

「マデリーンは大げさだね」


リオルドは、「自分が送るから君は帰りなさい」と言っていたけれど、セラくんはにっこり笑ってそのまま馬車に乗りこんだ。敵対しないけれど、言うことも聞かないよという姿勢なのかしらね?


「え、あれがマデリーンの家?小屋だよね?あそこに住んでいるの?」


めちゃくちゃ失礼。小さいけれど小屋って何よ。

セラくん、さてはお金持ちね。さすが伯爵家の息子。


馬車を降りると、セラくんとリオルドも律儀に降りてきてくれる。ローブは洗って返せばいいか。汗臭いだろうし。


私は二人にお礼を言って、邸の中へ入った。


さて、体力は回復した。

両親はまさか娘が毒を盛られて帰ってきたとは思わず、「おかえり」と言って笑いかけてくれた。


お父様は積もり積もった借金について、そろそろお母様に話す頃だろう。夫婦仲がよさそうなところを見ると、まだ白状していないようだけれど。


私は部屋でシンプルな蒼いワンピースに着替え、動きやすいショートブーツに履き替える。


「ふふっ……!ソフィーユめ、私がこのままおとなしくヒロインやっていると思ったら大間違いよ!!」


不出来な後輩は、しっかり叱らないと。

ついでにお父様の借用書も盗んでやる。ヒロインは多少不幸な方が同情を誘うけれど、この際だから危険な要素は排除してやろうじゃないの。


赤い髪をリボンで一つにまとめた私は、こっそりと家のベランダから抜け出してソフィーユのいる公爵家へと向かった。



◆◆◆



あたりはすっかり暗闇で、公爵家の庭に侵入した私は邸の裏手に潜んでいた。壁のおかしなでっぱりを押すと、ゴゴゴゴゴと石がずれる音がして隠し通路が現れる。


ふふっ、悪役令嬢歴が長いと、だいたいの貴族の邸にはこんな風に隠し通路と脱出口があることを知っている。予想通り、ソフィーユの家にもあった。


私は隠し通路を通り、邸内にまんまと侵入する。


ソフィーユの部屋は日当たりのいい南側にあるはず。これも予想通りで、二階に上がるとすぐにどの部屋かわかった。


ノックもせずにドアノブを握ると、鍵はかかっておらず容易に入ることができる。


「いないか」


どうやら入浴中らしい。

私はソファーに座り、足を組んで彼女が戻ってくるのを待つ。


――カチャ。


わずか五分後、濡れ髪のソフィーユがセクシーなネグリジェ姿で現れた。


「こんばんは。今日はどうも、ね?」

「な、なんで!?」


優雅に座っていた私を見て、ソフィーユは恐れおののいている。私は立ちあがり、彼女の正面に立って両方のほっぺたをぎゅうっと掴んで叱り飛ばす。


「いだだだだだ」

「あなたねぇ、毒は早すぎるでしょ!?タイミングっていうものがあるのよ、クライマックスでしょう殺人未遂は!!」

「ごめんなひゃいー!」


まだ言ってやりたいことはあるのよ!私の怒りは続く。


「だいたいなんでいつまでも『マデリーンさん』ってさん付けなわけ!?悪役令嬢は傲慢なんだから、シリル王子以外は全員呼び捨てが基本でしょう?それにリアクションが古いのよ!セリフも!今日なんて『毒』ってあなたが言ってどうするのよ!そんなことでポイントが稼げると思っているわけ!?」


ふんっ、と投げ捨てるようにほっぺたから手を離すと、ソフィーユは涙ながらに頬を擦る。


「ごめんなさい!でも尊敬するマデリーンさんのことを呼び捨てになんて……!」

「そういう遠慮はいらないから!毒盛っておいて、さん付けはするってどういう基準なのよ」

「でも……でも……!ん?そういえば、なぜマデリーンさんがヒロインそっち側なんですか?最初に会ったとき、びっくりして顔が変になっちゃいました」


私はソフィーユに、ナビゲーターがミスしたのだと伝えた。教師であるリオルドがその張本人で、協力してくれていることも。


するとソフィーユは両手をお祈りするかのように胸の前で組み、キラキラとした目で私を見つめる。


「まぁぁぁぁ!!素敵!!」

「どこが!?職場を間違えられたのよ!?」

「だってロマンスですわ!自分のせいでヒロインに落としてしまったマデリーン様を、追いかけて助けてくれるなんて……!ヒーローじゃないですか!」


うん、ソフィーユ。ヒロインに落としてっていう表現はおかしいのでは?彼女の中では、悪役令嬢の方がポジションが上なんだろうけれど、普通はヒロインの方が格上だと思う。


「それにリオルド先生って、陰がある感じでかっこいいと思うんです。物憂げな横顔なんて、フェロモンが漂っていますわ……!あれは18禁ギルドの雰囲気です!」


それに関しては全面的に同意する。リオルドは正統派ではない。

ソフィーユの言葉に、私はふいにキスをされたことを思い出してぐっと胸が詰まるような気がした。


これは心臓病かしら?ヒロインは元気で明るいっていう設定だったけれど、ここにきて病に侵されているイベントでもやってきた?


顔はアツいし、息が詰まる感じもするし、リオルドのことを思い出したら動悸がする。


「どうかなさいました?」

「いいえ、何でもないわ」


胸を右手で押さえ、深呼吸して何とか平常心を取り戻す。

不思議そうな顔をするソフィーユに、私はコホンと咳ばらいをしてごまかした。


「とにかく!困るのよね、このままだと。あなたがこんなハイスピードで毒を盛ったせいで、新入生歓迎会も悪役令嬢がいないじゃない!誰が私を虐めるのよ」


「あ」


ソフィーユは、ようやくこの後のイベントが全部流れたことに気づいたらしい。サーッと顔色が青くなり、ポイントが稼げないと肩を落とす。


「どうしましょう。最低限のポイントすらまだ稼げていないのに」


そうだよね。おもいっきり序盤でミスしたものね。


「それも経験よねぇ」

「そんなぁ……」

「私もたくさん失敗したわ。あなたは今、転生何回目?」

「十二回目です」


どうりで動きがおかしいと思った。


「私だって最初の頃は、いじめがわざとらしかったり、おでかけイベントの途中でヒロインを見失っちゃったりしたものよ。最初からうまくなんていかないわよね」


「マデリーンさんでも?」

「ええ、私だって失敗は……」


ここでふと、まだ転生1桁台だったときのことが頭をよぎる。確か、盗賊の娘として下っ端たちにヒロインを攫えって指示を出したはいいけれど、ヒーローやその部下に返り討ちにあって。

しかも下っ端たちが仲間割れまでし出して、収集がつかなくなったことがあった。


『うっ……!!』


私の記憶に、斬られた傷の痛みに苦しむ男が蘇る。


全身黒ずくめで、頭や口元も布で覆われていて顔ははっきり覚えていない。けれど、つらそうにこちらを見つめる黒い瞳がどうにも心を打って――


斬られたところから毒が回っていたあの男に、私は薬を無理やり飲ませたんだ。彼も転生回数がまだ少なくて、痛みに慣れていなかったから。

何より、見ているこっちがつらくて、シナリオから外れてしまうとわかっていたけれど助けずにはいられなかった。


『なぜ、助けた……?』

『う、裏では何やってもいいのよ!!』


あの後、彼がどうなったのか知らない。私は悪役としてまだ捕まるわけにはいかず、慌てて逃げ出したんだから。


私はようやく思い出し、ソフィーユがいることも忘れて大声で叫んでしまった。


「ああああああっ!!」

「どうしたんですの!?マデリーンさん!!」


なんてこと!?今頃になってようやく思い出した。

あああ、私は確かに彼に言った。裏では何やってもいい、と。


「あれがリオルドだったってこと……?」


顔はほとんど覚えていないから、本当にあの男がリオルドだったかはわからない。


え?

でも、あの男がリオルドだったとしたら。

全然18禁ギルドじゃない!


「嘘でしょ、悪役モブギルドじゃないの……」

「マデリーンさん?」


心配そうに顔を覗き込んでくるソフィーユ。私は「大丈夫よ」と言って彼女を左手で制した。


「ごめん、今日は帰るわ」

「よくわからないけれど、わかりました。どうかお気をつけて」


フラつく足取りで、私は窓の方へと向かう。

あ、そういえばお父様の借用書を持って帰らなきゃ。


「そうだ、ソフィーユ。ヒロインの父親の借用書、あるでしょ?」

「なぜそれを!?」


なぜって、そんなの悪役令嬢が絡んでるに決まっているじゃない。

私はソフィーユから借用書をあっさりと強奪した。


「ありがとう。これで下着姿にならずに済むわ」

「いいえ、どういたしまして」


あっさり渡してくれるなんて予想外だった。私が思う以上に、この子は私のファンらしい。でもこんなことで立派な悪役令嬢になれるのだろうか。ソフィーユの今後がちょっと不安だわ。


「それじゃ、もうこの世界では会うこともないかもね」

「ええ、またギルドで打ち上げしましょう」

「打ち上げるものもないわよ、こんな失敗じゃ」


二人して苦笑する。

私はテラスに出て、壁伝いにそろそろと二階から庭先へ下りた。


「ふぅ……」


あとはシリル王子と親睦を深めて、シナリオ通り結婚するだけ。

トラブル続きな演目だったけれど、ようやく解放される道筋が見えてきた。それなのに、この虚しさは何だろう。


公爵邸の敷地内を抜け、私はレンガ造りの道を一人歩いて行く。


そして、ものの数分も立たずして、街灯のランプのところで立っていた人物を見て目を瞠る。


「こんな時間に、どこへ?」


全部わかっているくせに、わざわざ聞かなくてもいいのに。

私はため息交じりでその男に答える。


「先生こそ、こんな時間にこんなところで何を?」


あぁ言えばこう言うヒロインらしからぬ私。彼はそんな私を温かい目で見つめ、優しく微笑んだ。

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