第10話 魔導士セラくんを発見しました
数日後、私はリオルドを避け続け、王子様との親睦を深めていた。
相変わらずソフィーユの演技やセリフは古く、ちょっと裏で話し合いが必要かと思う。
シリル王子は好感度が高まるにつれて、人目もはばからずに私と行動するようになってきて、おかげさまで私に友人は一人もいない。
結果、私が得たのはシリル王子に熱心に指導してもらった、炎系の攻撃魔法だけ。これがあれば、もういっそ冒険者として旅に出て、お父様の借金を返済できるのでは?あぁ、でもそれはシナリオから脱線しすぎているからナシだわ。
今はお昼休み。
校舎裏にある芝生がきれいな秘密の場所に、私はいそいそと向かっていた。
多分ここに、懐柔しなくてはいけない魔導士のセラくんがいる。
彼は身長170センチで細身、この世界のキャラにしては小柄でかわいらしい青年だ。中性的な顔立ちはお姉様が集まって来そうな儚げな雰囲気で、めずらしい金色の目があまり見えないように前髪を長くしている。
何度か遠くから見かけたとき、彼の柔らかな茶色の髪はとてもきれいだと思った。
今日こそは話しかけるぞと意気込んで、セラくんがさぼっているであろう校舎裏に向かう。
「いた」
大きな樹の根元、木陰でお昼寝中のセラくんを発見した。
無言で近づき、私はその反対側に腰を下ろす。気配ですでに私の存在には気づいているはず、でも彼も私も何も言わなかった。
きっと今頃彼は「何、こいつ」って思っているだろう。
まさか私が、懐柔するつもりなのにノープランで来たとは思うまい。いじめについては数々の手法を知っている私だけれど、青少年の心を掴む方法はまったく知らないのよね。
とりあえず接触は早い方がいいと思って来たけれど、ここ数日、リオルドによって乱された心を鎮めるのに必死で、彼の懐柔方法なんてまったく思いついていない。
「はぁ……」
心の底からのため息が漏れる。
もういっそ、今日はお昼寝デーにしてしまおうか。そんなことすら思う。
だって、ときおり風で揺れる青々とした葉や降り注ぐ柔らかな光が気持ちいいんだもの。
ところが私が話しかける前に、なんとセラくんから声をかけてきた。
「何?いきなり来て、ため息ついて」
互いに顔は見えないまま。
声だけで交流を図る。
「ごめんなさい。ため息はその、つい出ちゃったの」
私ってつくづくヒロインが向いていないんじゃないか、たった1度イベントに失敗しただけなのに、悩みはどんどん深みにはまる。
「私、ちょっとした手違いでここに来ちゃったんだけれど。自分の意志とは関係なく」
「この学園に来たくなかったってこと?」
セラ君が尋ねた。学園にっていうかポジションに、なんだけれど。
「まぁ、そういうところかしら。私にはもっと他にやりたいことがあるのに、今はどうしてもここでがんばらないといけなくて……。でも向いていなくて苦しいの」
もはやセラくんを懐柔するどころか、私のお悩み相談になっていた。
しかし彼は予想外の食いつきを見せる。
突然バッと振り返り、這うようにして私の方へやってきたのだ。
「君もなの?」
「君も、ってどういうこと?あなたも何か無理やりやらされているのかしら?」
私はきょとんとして彼の目を見つめる。風で前髪が流れ、きれいな金色の目が見えていた。
「あなた、魔法科に首席入学したセラくんよね?」
私と王子様は総合科。ありとあらゆる勉強を詰め込む学科であり、セラくんは魔法に特化して学ぶ魔法科だ。
でも彼はちょっと嫌そうな顔をして、目を伏せた。
「魔法なんて、きらいだ」
「きらい?首席なのに?」
彼は頷いた。
「本当は、強い騎士になりたかったんだ。でも父が……」
「お父様が?」
「父が『おまえは魔法の才があるのだから、そちらに専念して王子の側近を目指せ』って。剣の腕はからっきしでセンスがないってよく言われるんだけれど、それでも僕は騎士になりたかったんだ。小さい頃からの夢で」
「そうなの……」
やりたいことと向いていることが違うって、葛藤がありそうね。
「私たち、似た者同士なのかもしれないわね」
「嫌々ここにいる者同士ってこと?」
彼はくすりと笑う。私もつられて笑った。
「せめて総合科なら剣もふるえたけれど、魔法科には剣技の授業はないんだ。魔法の授業だって、僕がすでに修了したものばかりで面白くもなんともないし。けれど出席率は大事でしょう?時間を浪費するだけで退屈だよ」
「魔法が嫌いだって言ったのはなぜ?そんなにできるのなら、楽しそうだけれど」
ヒロインらしくできないから嫌だと感じている私とは違い、セラくんは魔法の才能があるのだ。それでも嫌いだという理由が、私には見当もつかなかった。
「魔法を使えば使うほど、みんな離れていくんだ。最初はおもしろがって、見せてって言ってくるくせに、見せたら見せたで化け物扱い。実の母親だって『こんなおそろしい子を私が産んだなんて信じられない』って言って……」
「まぁ、それはつらいわね」
「何のために魔法を学ぶんだろうね。何のために生きているんだろうって思っちゃうよ」
セラくんはそう言うと、私のすぐ隣に座った。片膝を立てて、木の幹にもたれかかって目を閉じる。
「なんのために生きているのかって……?」
あらやだ、テーマが重いわ。
私なんて悪役令嬢として、いじわるをして悪行を尽くし、印象的なエンドを迎えるために演じてきた。
なんのために生きているのかなんて、悪役らしく生きるためとしか言いようがない。
そういえばヒロインはなんのために生きているのかしらね。男性たちを虜にするため?それとも愛と平和と感動をもたらすため?
それを私がやるの?
うすら寒い気持ちになって、つい自嘲めいた笑いが漏れる。
「騎士に、なれるといいね」
無責任にも、そう呟いてしまう。
「なれると思うの?」
セラくんは、驚いたように言う。
「わからないわ。でも、なってほしいとは思う。あなたの願いが、叶ってほしいわ」
「もったいないって、言わないんだ。魔法の才があるのに、騎士になるなんてもったいないって」
「言わないわよ。だって、他の誰でもないあなたが騎士になりたいんでしょう?好きなことを追求した方が、絶対に楽しいわよ」
「功績が遺せなくても?」
「ええ。功績よりも自分が納得して生きていく方が大事だと思うから」
そう。ヒロインであることに納得できない私には、無理な話だ。でもセラくんは演者じゃないんだから、何をしてもいいはず。
しばらくぼんやりしていると、どこからか視線を感じて私はキョロキョロとあたりを見回る。
「どうしたの?」
「何だか、見られているような気がして」
するとセラくんはすぐに周囲に探知の魔法を放った。半透明の円を描く魔力の糸が、一瞬にしてあたりに広がっていく。
立ち上がった彼は、散歩ほど前に進んで校舎の方を指差した。
「あれだね」
私も立ち上がり、彼が指示した方向を見上げる。
三階の窓には、にこりと笑って手を振るリオルドがいた。
「あそこって実験室!?」
もしかして全部計算?
応接室だった部屋を実験室に変えたのは、イベントが校舎裏でよく発生して、それを監視できるから!?
「手を振ってるけれど、知り合い?」
セラくんが私を見て尋ねる。
「知り合いって言うか、そうね、知り合いよ、先生だもの」
「ふぅん」
ダメだ。何だか意識してしまって、リオルドの顔がまともに見られない。
これだけ距離が開いていても、彼の視界に私が収まっていると思うと挙動不審になってしまう。
「君、名前は?」
「名前?マデリーンよ」
「そっか、マデリーンか。いい名前だね。僕はセラ」
改めて自己紹介されると、何だか仲良くなれた気がした。
懐柔とはいかなかったかもしれないけれど、嫌われていないということはこれから仲良くなれるチャンスはある。
「セラくん、私とお友達になってくれないかしら?」
意を決してお願いしてみる。
彼は一瞬だけきょとと目を瞠ったら、すぐに不機嫌そうな顔になった。
「…………友達?」
図々しいと思われたかも。
私はどきどきしながら彼の言葉を待つ。
「僕の魔法を見ても逃げない?」
「逃げないわ!永遠の友達よ!」
「重いよ!」
しまった。距離感がわからなくてぐいぐい行き過ぎたわ。
セラくんがちょっと引いている。
こうなったら泣き落としだ。私は彼の腕を両手でつかみ、必死で縋った。
「お願い!友達になってください!私のことを捨てないでっ!」
「捨てるって、まだ拾っていないよ!?もう、わかった、わかったから離して!」
「うれしい!ありがとう!」
歓喜に震えていると、セラくんは大きなため息をつく。相当呆れられているけれど、言質は取ったのでよしとしよう。
しかもここで、シリル王子が登場した。
「セラ。マデリーンと親しくなったのかい?」
「シリル様」
え、どこから来たの?ちょっぴりストーカーのにおいがするシリル様を見て、私は驚いた。セラくんはさっき探知の魔法を使ったので、シリル様が近くにいることはわかってたらしく平然としている。
王子様は私の前に立ち、困ったように笑った。
「あまり親しくしていると、妬いてしまうな」
「シリル様?」
――ピコンッ!
『好感度が上がりました』
――ピコンッ!
『ボーナスポイント獲得です』
「そうだ。マデリーンに仕事を頼みたいんだけれど、いいかな?」
シリル様はそう言って柔らかに微笑んだ。
「仕事ですか?」
「うん。セラも一緒だよ」
セラくんを見ると、すました顔で立っていて何も言ってくれない。
「わかりました。お仕事ですね!」
私に王子様の申し出を断る権利はないんだから、受けるしかない。
笑顔で答えた私を見て、シリル様は満足げに口角を上げた。
「よし、行こう!」
「キャッ……」
校内で堂々と、私の手を引くシリル様。婚約者がいながら、女性との手を取るとは!?
あぁっ、ソフィーユが校舎の陰からこちらを見ている!殺気の篭った目がいいわ。
セラくんはそれに気づいたようで、目元を引き攣らせている。「女の嫉妬、こわっ」と呟いた後、彼も私たちに続いて歩き出した。
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