第9話 予定通りにいかない!
シリル王子とリオルドの睨み合い。
そしてそれを凝視する
何がいけないって、お父様のあれこれでならず者に襲われる私を助けるっていうのが今回のイベントなわけで。
変態教師からヒロインを助けるっていうイベントに変わっちゃってませんか?
シリル王子は、前回リオルドに絡まれて身をもって彼の変態性は体感している。男女平等に迫れるという、教師としてあるまじき人間だということは知っている。
「教師と生徒がこんなところで、何をやっているんですか?あなたが無理やり連れだしているように見えますが」
いいところを突いて来る、この王子様。半分正解で半分誤解。けれど、街へ出てきたのは私の意志だから、何とも説明しにくい展開だわ。
リオルドはというと、飄々とした態度で疑惑をきっぱり否定する。
「誤解ですよ、シリル王子。私は教師として、マデリーンの相談に乗り、励ましていただけです。無理やりだなんてとんでもない」
ここまではっきり言い切られると、これ以上の追求はできないだろうな。
一緒にスイーツを食べていた、それだけだもの。恋愛関係でなくてもありえる。
「本当に?」
シリル王子は、私の目を見て確認してきた。
「はい。偶然出会って、私が落ち込んでいたのでごちそうになっただけなんです」
笑ってそう言うと、彼もさすがに引いてくれた。ソフィーユは悪役らしく、王子の腕に自分の胸を押しつけながら抱きつくように絡んでいる。
どうにかしてソフィーユを剥がしたい王子様、抱きつきたいソフィーユ。シリル王子は、話しながらもその腕はずっと攻防を繰り広げていて何だかかわいそうになってきた。
「今日は、おでかけですか?」
その様子を見てリオルドが笑いながら言う。ひやかす気満々という態度に、シリル王子は嫌悪感を示す。
「形式的なものだ。婚約者として、最低限の接触は必要だから」
「ふふっ、シリル様ったら照れていらっしゃるのね」
王子、冷たい。ソフィーユ、強い。
いいわ、いいわよ!これぞ嫌々ながら婚約者に付き合っている休日のデート風景!あぁ、なんで私はそっち側じゃないの?楽しそうに見えてしまう。
じっと羨ましそうに見てしまった私。
すると王子とパチッと視線が合い、「しまった、見すぎた」と思った私はへらっと愛想笑いをした。
王子様は私のことを今度はじっと見つめてきて、ふいにその手を伸ばす。
「マデリーン、口元に」
「え?」
ハンカチを手に、それを私に差し出してきた。
もしかして口元に砂糖でもついているのかしら。私はありがたくハンカチを受け取ろうと手を伸ばす。
やった!本来なら学園で転んだときにハンカチを借りる予定だったけれど、手間が省けた!
「ありがとうござい……」
けれどハンカチは私の手ではなく、口元に直接寄せられる。
え、まさか王子様自らが拭いてくれるの!?
意外な行動に、私はハッと息を呑む。
「あぁ、いけない」
しかし王子の手が私に届くことはなかった。急に隣から手が伸びてきて、リオルドに肩を引き寄せられる。シリル王子のハンカチは空振りし、あろうことか、私の顔についていた砂糖は顔を寄せたリオルドによってぺろりと舐めとられた。
「っ!!??」
「なっ!!」
声も出せず、驚きと恥ずかしさで固まる私。目を見開いて驚く王子。
リオルドは軽く舌なめずりして、ニヤリと笑った。
「甘い」
……………………はっ!? ちょっとトリップしていたわ!
気が遠くなりそうなところを必死で踏ん張り、自分の口元を手で覆って恨みがましい目をリオルドに向ける。
「なんてことなさるのですかっ!」
「砂糖がついていたので」
「だからといってこんな……!!」
見てみなさい!シリル王子もソフィーユも固まっているじゃないの!その宙ぶらりんの手をどうしようかって、王子様が困っている!
こんな、こんなヒロインみたいな!
何この展開、こんなことされたことない!顔から火が出そうなほど熱くなった私は、両手で顔を覆って俯いてしまう。
――ピコンッ
『好感度が上がりました』
突然の音に、私はびっくりして顔を上げる。なぜか王子様からの好感度が上がっているのだ。なんで?まさか嫉妬しても好感度が上がるってこと?
そうか、他の男に奪われそうだというじれじれ感が王子様の好感度を上げているってことね?
おそるべしヒロイン……!
おそるべしシステム……!
王子様は今にも殴り掛かりそうなほどの殺気で、リオルドを睨む。
しかし先に口を開いたのはソフィーユだった。
「まぁぁぁ!!マデリーンさんったら何て破廉恥なの!教師を誑かすだなんて!」
ソフィーユゥゥゥ!言葉が古い!破廉恥って今時なによ!
私はショックで白目だ。
ハンカチを噛みしめる演技といい、あなた一体どの時代の漫画やアニメを観ているの?ねぇ、ブラウン管なの?ブラウン管テレビの時代にアニメを嗜んでいたの?
ところが、すかさず王子様はフォローしてくれる。
「ソフィーユ!言いがかりはやめるんだ!マデリーンは被害者だ!」
おおっ、これに関しては「そうだそうだ」と激しく同意したい。
「シリル様!どうしてマデリーンさんを庇うのです!?教師と親密な関係になるなど、言語道断!退学ですわ、退学!」
「退学など、私がさせない!」
シリル様はソフィーユから離れ、私の前に立った。
あっという間に、ヒロインを責める悪役令嬢からそれを庇う王子様の図式が出来上がった。
すごい。シナリオがぐっちゃぐちゃに見えて実はきちんとポイントが稼げるようにご都合主義な構図が出来上がったわ!
「マデリーン、心配するな。私が守ってやる」
「王子殿下……!」
「私のことは、シリルと呼んでくれ」
「シリル様」
見つめ合う私たち。ソフィーユがぎりっと歯を食いしばる。
――ピコンッ
『好感度が上がりました』
――ピコンッ
『好感度が上がりました』
――ピコンッ
『好感度が上がりました』
私自身は何もしていないのに、状況だけで好感度が上がっていく。
「さぁ、家まで送ろう」
シリル王子は、私の肩に手を回しそう提案した。婚約者の目の前で、別の女性を送ろうとする王子様は自分がおかしなことをしていると自覚はないらしい。
これはヒロインとして、このまま申し出を受けるべきなの?
いや、でもお父様が……!
「殿下、あの」
「名前で呼んでくれと言っただろう?」
「シリル様、いけません。送っていただくなど申し訳なくて……ソフィーユ様もおられますし」
「ソフィーユは護衛に送らせる。もともと勝手についてきたのだし、勝手に帰るだろう」
ひどい言われよう。私はヒロインなのに、悪役令嬢の気持ちに肩入れしすぎているので悲しくなってしまう。
「あの、でも本当に私は」
父親のイベントを消化しないといけないんです。思わず本音を言いそうになったとき、ようやく賭博場のある建物からお父様が出てくるのが目に入った。
「お父様!」
「え?」
私は王子様の腕を振りほどき、父親の元へ走る。父は屈強な男二人に挟まれて、しかもすでに殴られたようなボロボロ感だった。
おそらく借金を返す返さないっていう話になり、痛めつけられたのだろう。
私が走り寄ると、お父様はかなり驚いていた。
「マデリーン!?どうしてここへ」
「お父様!?一体どうなさったのです!?」
知っているけれど、一応聞いてみる。話の都合上、聞かねばいけない。
柄の悪い男が私の前にニヤニヤしながら立ちふさがり、その手で私の手を掴んだ。
「ちょうどいいところに来たな、お嬢さん。あんたの父親は借金が返せないらしいから、お嬢さんにちょっと働いてもらうことになりそうなんだ。大丈夫、貴族の娘だから丁寧に優しく扱ってくれる人のところに入れてやるよ」
「やめてっ!離して!」
私は必死でその手を振りほどこうとした。
予定では、ここに王子様が助けに来てくれるはずで――
ちらりと後方を見て私は絶句した。
「シリル様!わたくしのことも送ってくださいませ!」
「離せ!」
王子様ったらソフィーユに捕まってるー!!
だめ、だめよソフィーユ!お願いだから今はやめて!!
無情にも私は男に引きずられ、強引に建物の中へ連れ込まれそうになる。
ないないないない、待って!お願いだから待って!
――ピコンッ
『消避税、没収です』
いやぁぁぁ!しかもこんなときにイベント回避になっちゃったー!
私のせいじゃないわよ!?ソフィーユのせいなのに!
「嫌っ!誰か助けてっ……!」
全身を駆け抜ける嫌悪感。シナリオ通りに行かずに焦った私は、涙目で叫んだ。
ところが次の瞬間、バキッという鈍い音と共に私を掴んでいた手が緩む。
「っ!?」
「うちの生徒に手を出してもらったら困るんですよね~」
地面に膝から崩れ落ちる私の前に、リオルドが背を向けて立っていた。さっきまで私を拘束していた男が転がっていて、顔を手で押さえて呻いている。
リオルドが男を殴ったことはすぐにわかった。
お父様は私の元に駆け寄り、「大丈夫か!?」と焦っているけれど私は茫然としていて返事をする気力もない。
もう一人の男も一瞬でリオルドが片付けてしまい、どうやらイベントは終了したらしい。消避税の通知が来ないから、リオルドの正キャ員パワーで強引に幕引きできたのだと思った。
彼は涼しい顔で振り向くと、私のそばにきてしゃがみこむ。
「大丈夫ですか?」
「ふ……、ううううう」
みっともなく涙が零れる。
「失敗したぁ。イベント失敗した」
「そのようですね」
涙で歪んだ視界。こんなときに限って優しい顔をしているリオルドが、ときおり滲んでは浮かぶ。
私の頭をぽんぽんと軽く撫でるように叩くと、彼は言った。
「また次、がんばればいいんです。今日はもう帰りましょう」
「はい……」
ぐすっと鼻をすすり、涙を拭う。
手を引かれてその場に立ち上がると、リオルドは私を連れて辻馬車のある方向へと歩き出した。
歩いているとき、私は悔しい気持ちでいっぱいになる。
悪役令嬢として皆に尊敬され、何度も転生してもうベテランの粋だったのに。ちょっとヒロインに転生したくらいでこの失敗。
久しぶりに味わった敗北感は、私の中にガツンと重い一撃を入れた。
一気に自信がなくなり、胸に喪失感が込み上げる。
「悔しい」
ぽつりと漏らした言葉に、リオルドが返事をすることはなかった。
私は父親を置き去りにしていることも忘れ、彼に手を引かれて家まで帰っていった。
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