第159話 戦後処理

 大神殿に到着した祖父は、私をしばらく抱きしめて頭や背を確かめるように何度も撫でさすり、「クロエ……」と繰り返した。

 私もただ祖父にしがみついた。



 そして神殿との会談となった。


 初めて大神殿の奥殿に通された私は目を見開いた。

 そこは四方、圧倒的なあらゆる色彩のドラゴンの壁画に囲まれていた。


 そして祭壇には、眠るルーチェ様と、そのルーチェ様を翼で覆うようにして守る、本来の……私よりも一回り大きな姿のエメルが姿を隠すことなく鎮座している。


 そして準備された長いテーブルに、神殿サイドとローゼンバルクサイドがどちらが上でも下でもなく、向かいあって座った。


 神殿側は大神官と、避妊薬のときも同席していたカダール副神官長。そしてリド様とアーシェルと、アーシェルの師であり、特級九位のカリーノ神官。


 ローゼンバルクは祖父と次期領主ジュード。そしてホークと神殿慣れしているミラーと私。


「リド様はともかく、私とアーシェルは場違いでは?」

 頰を引き攣らせながらそう言うと、ホークがやれやれと肩をすくめた。


「ドラゴンにとって〈魔親〉の意向は絶対だろう? クロエ様とジュード様、リド様、アーシェルも賛同することが、肝心なんですよ」


 驚いたことに、リド様もアーシェルも……髪を短く切っていた。

「ルーチェが魔力足りないっていうからあげたよ。〈魔親〉として当然だ」

「はい。髪などすぐ伸びますし、伸びたらまたルーチェに捧げます」


 私とエメルを救うために、無理して孵ったルーチェ様と、それを支える二人。感謝しかない。


「ふふふ、年の頃も近く、三人して三つ子のようですね。短い髪がかくも尊いとは。この夏は短髪が流行るかもしれませんね」


 そう語るのは副神官長。あまり知らない彼の表情を下から窺えば、ただ微笑ましそうにニコニコとしていた。どうやら本心で、神殿全員が彼と同じ心境のようだ。

 まあ、ドラゴン二体を前に、心情を偽る強者がいるとは思えない。


「だが三人ともやせ細り、見るからに魔力不足……大丈夫なのか?」

 大神官が眉尻を下げ、本当に心配している。しかし、


「「「大丈夫です!!!」」」


 結局〈魔親〉である私たちは、子ドラゴンが心身共に健やかであれば、多少体力が落ちようがめまいがあろうが、問題ないのだ。


「揃いも揃ってボロボロのくせに何を……はあ、全くこやつらの言うことは信用ならん。さっさと済ませよう」

 祖父が大袈裟にため息をつき、内戦処理のトップ会談が始まった。


「では辺境伯は王にならずとも良いのですね」

「なるわけなかろう。わしをいくつだと思っている。こんなジジイが国を治めていいことなどあるか」


 リールド王国は現在崩壊状態だ。王が王妃と王女と共に死んだのだ。それも神を呪いにかけるという大罪を犯し、その報いとして天罰を受けて。

 ルーチェ様と、復活したエメルの姿と声は、なぜか国の隅々まで行き届き、国民でその事実を知らぬものはいない。


 リールド王家はこれまで大きな失策もなく、華のある容姿で国民から人気があった。しかしその裏で、神を兵器と仕立てようとしたことが明らかになり、さらには優秀な人間を、人質を盾に手駒として使ってきたことなどを、不遇を見ていた人々が次々と暴露し、栄光は地に落ちた。


 そもそもドラゴンは神の眷属。すなわち正義であることは、子どもでも絵本から見知っている。


 そしてそのドラゴンが巣を作る、ローゼンバルク辺境伯に新しい国の舵取りをしてほしい、という声が上がるのは至極当然の流れだ。これまでも王家と距離を置いていて、王家に加担していないことは明らかだし、何より皆……ドラゴンに怯えている。


 しかし今、祖父は、キッパリと否定した。


「相変わらず欲のない御仁だ。次期殿はいかようにお考えで?」

 大神官がジュードに視線を向ける。


「私も辺境伯に同意している。もう、一つの一族が権力を持つ時代は終わったのだ。海の向こうの大陸にならい、我々の風土に合った合議制を整えるのが望ましいと思う」


 さらにホークが言葉を加える。

「そして神殿にも協力していただかねば。醜い私欲に走ると天罰が下ると、日々の講話で浸透させてください。国に属さない、安定した存在である神殿の役割は大きいですよ」


「なるほど……まあ、新体制が固まるまでは、巨大な力を背景にしたほうが、上手く回るでしょうね。これ以上の混乱は、民が疲弊し、他国につけいられる。エメル様、ルーチェ様、お名前をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 ルーチェ様は眠ったままだが、エメルはパチリと瞬きした。たったそれだけの仕草に、大神官たちは目を輝かせた。


 今後の方針がほぼ決定した。


「旧王族はどう始末をつけますか? 今生き残っているものは、今回の件には関わりなかったとはいえ、過去、呪具を用いて国を手に入れた罪人の子孫。そしてそれを忘れていた、知らなかったのだとしても、それはそれで罪。ましてエリザベスが調べられる程度のことだったのですから」


 リド様の意見は手厳しいが、ドラゴン第一主義の神官としては当然の意見のようだ。皆頷いている。

 生き残った王族は、アベル殿下、ドミニク殿下はじめ二代前の王の血を引く幼い姫など10人ほど。少ない。王太子を巡り、兄弟姉妹で蹴落としあってきた結果なのだろう。


「クロエ姫の自白剤を用い、洗いざらい吐かせた上で、問題あるようならば生涯投獄。問題なければこれまでの半分ほどの王領をリールド領とし、一領主として働いていただくのはいかがでしょうか? 王族を全員処罰するのも、王族を慕っていた民を傷つけますし、何より……アベル殿下の〈光魔法〉が惜しいです」


 〈魔親〉の私はクロエ姫と呼ばれるようになったのだろうか? と引っかかりながらも、副神官長の言を考えようとすると、ホークが手を上げた。


「生き残りは禍根を残します。たとえ今は畏怖の念によって自らの立場に納得しても、後々不遇に不満を募らせれば、離反しかねない」


 ホークの意見は厳しい。しかし、私たちを思ってのことだ。将来的にローゼンバルクを恨む人間を残すなと。皆が嫌がる血生臭い発言を敢えて口にしてくれた。


 でも……アベル殿下を殺す? 考えられない。私にとって殿下は……簡単に死んでいいと言える人ではない。


 すると、エメルが首を伸ばしこちらを見据えた。

『……ひとまず副神官長の意見でいい。民に人気のあるアベルを殺せば、民の心が離れる。もし、将来的に反旗を上げたら、オレが処分する』


「「「「「かしこまりました」」」」」


 皆が頭を下げるなか、私だけ目を丸くしてエメルを見ていると、エメルは右眉をピクリと上げてウインクした。

 ……私のためだ。


「クロエ姫、アベル殿下に会いたいかい?」

 リド様が首を傾げながら尋ねる。私とアベル殿下の学校での交流を、きっと聞いているのだろう。殿下と手を繋いで、笑い合いながらクルクルと踊った光景を思い出す。でも……、


「……私が殿下ならば、会いたいと思わないでしょう」


 あの、王女が戦利品のようにエメルを見せびらかし、私を罪人のように扱った現場で、殿下は一歩も動かなかった。それが現実だ。

 それを恨みに思うなんてことはないけれど、生真面目なアベル殿下は私と顔を合わせたくないだろう。


 いつか……むかし話として、語り合える日が来るといい。


 そして、各領はこれまでと同様に領政を行い、これまで王家が担ってきた国としての外交や内政は有力領主の合議で決める。その合議のトップはしばらくの間、重しの意味で辺境伯で、軌道に乗ったら交代制にする。大神官か、リド神官、アーシェル神官がオブザーバーとして同席する……つまり神殿のドラゴンも注視していることを知らしめる……ということに決まった。


「アーシェル神官、クロエ姫、〈魔親〉として、聞いておきたいことはありますか?」


 この場で自分から声を上げる勇気などない私たちに、リド様が気をつかってくれた。アーシェルが恐る恐る発言する。


「あ、あの、市井の者たちは、現状どのようにしているのでしょうか? 家が壊されたりして僕のルーチェのことを恐ろしがっていたりしないですか?」


「正直に申せば、そのような面はなくはない。ただ、民は強い。いずれルーチェ様の怒りを理解し、真っ当に生きるものは怯えなくてもいいとわかるでしょう。生活の再建に関しては、他が態度を決めることができない最中、アルマン商会がいち早くローゼンバルク辺境伯支持を表明し、王都中に物資を行き渡らせております。我々としても助かりますが……アルマンの一人勝ち状態ですねえ」


 副神官長が上品に肩をすくめてみせた。


「全く抜け目のない男だ。まあ、こきつかわせてもらうとも」

 ホークがニヤリと笑った。


「クロエ姫は?」


「あの、姫はやめてください。姫とか、王女とか……あまりいいイメージがありません」

「……なるほど」

 大神官様が、労うように微笑んだ。


「私のことは、これまでどおりクロエとお呼びください。あの、一点お願いがあります。もし〈時空魔法〉の子どもが見つかりましたら、私にお知らせください。〈時空魔法〉以外の魔法を身につけさせ、生活に困らないように手助けいたします。師と……約束しました。〈時空〉を扱うのは私で最後だと」


 教授が時を戻したとか、私が二度目の人生であるとか、そういったことはこれまで同様祖父、兄、エメル以外には伝えていない。

 ただ、教授は王女に妹を人質に取られたゆえに歯向かえず、非道なことをしたけれど、最後にエメルを助けるために私に全てを継承し、死んだという、事実だけを話した。


「確かに〈時間〉を操る術は危うい。しかし神の与えし適性を否定することに、本人は納得するだろうか?」


「説得するしかありません。そして、今後は生まれることはないと……約束されました」

「誰が?」

「その……神域で休んでいるときに……サザーランド教授と……虹色の瞳に瑠璃色の体の大きなドラゴン様が」


 神官が一斉に息を呑んだ。


「……ふふっ、クロエ、上を見て?」

 リド様が面白そうに笑いながら人差し指を上に向けた。促されるまま、天井を仰ぎ見ると、

「あ……」

 瑠璃色のドラゴンが、静かに私たちを見下ろしていた。


「それこそがジーノ神だよ。クロエ、すごいね」


 私は瞠目して、固まった。



「差し当たって新しい国づくりに大きなものは求めない。とにかく、犠牲になるもののいない国になるように、神を裏切る行いをしないように、それだけを、民の前で祈ることといたしましょう」


「二度と天罰が下らぬよう、まっとうに生きていかねばな」


 大神官と祖父の言葉に、神官たちは印を切り、私たちは頭を下げた。




※明日でラスト!お付き合いください。

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