第151話 合流

 敵は、先程エメルを捕らえていたマジックルームを奪ったのは誰だと思うだろう? とりあえず奪う理由のある私のところにやってくるはずだ。


 そして教授のことも怪しんでいるに違いない。〈時空魔法〉が〈空間魔法〉の上位に立つとは知らないとしても、教授は実力者で、ここに入れられたことで王女を恨んでいる……という動機も考えられるから。

 もうじき、誰かがここに様子を見に来る。相変わらず時間はない。


「……教授のお陰でエメルを取り戻せたことに、私は感謝してる。あとの問題はその、腕輪だけど……エメル?」


 ずいぶんと私の魔力を吸収したはずなのに、エメルはいつも捕縛で疲れ果てたあとのように、劇的に回復しない。


『この腕輪が、魔力の吸収を妨げている。クソ忌々しい! そもそも本来は首輪だと? 許せない』

 威勢のいい発言をするものの、全く力がない。


「そうなの? 回復具合はどれくらい」

『半分以下だ。それ以上はいくらクロエの魔力を注いでも、外に漏れて大気に流れていく。クロエと離れ離れになれば、一日で衰弱死だ。姿も隠せない』

「そんな……」


 それではエメルは王女サイドに行動を強制されなくなっても戦えない。そしてエメルだけローゼンバルクに逃すこともできない。


「エメルはあの魔道具のこと、知っていた?」

『ガイアの前のドラゴンの記憶にあった。数百のドラゴンが人間に騙されて嵌められて、戦争に駆り出されたと。その戦争を勝利に導いた頃には皆魔力が切れ、力尽きて死んだと。この少ない魔力じゃさもありなんだ。領土と富を手に入れた人間はそんな同胞を使い捨てた』


 エメルがグルルッと喉を鳴らす。


「そのひどい王族が、このリールド王家の先祖なのね?」

『かもね。まあ、他にも似たような国はあった。そして、その惨事を卵で生き延びて、孵化したドラゴンが、親世代の仇とばかり、その魔道具を破壊し尽くしたらしい』


「そんな魔道具が、こっそり隠されて残ってたのね……」


 エメルの腕にハマったそれは、エメルの体が縮んでも外れなかった。

「これ、どういう仕組みかわかる? 誰の命令に服従してしまうのか? どうやったら外れるのか? その終わらせたドラゴンがどうやって破壊したのか?」


『この魔道具に血を垂らしたやつの言うことを聞いてしまうみたい。あのヒゲの〈風魔法〉MAX野郎とクソ王女か確実だね。ジャックも可能性はある。まだ他にもいるかも。でも待て……たくさんの血を入れると、命令が薄くなるんだって。王女は支配欲強そうだから、あんまり増やしてなさそうだ。範囲はオレの聴力が拾える範囲かな。どうやって外したのかは、ガイアたちの記憶に残ってない。無理やり引き剥がそうとすると、痛みを伴う』


「そっか……」


 外して私の手でぶっ壊したかった。壊せないのであれば、〈草〉で誰も触れられぬようにぐるぐる巻にして、教授の〈時空〉の彼方に放り投げたかった。


「エメル、マジックルームの中はどうだった?」

『……酸素は薄い中、見えるのは真っ暗な虚空。普通の動物ならば生きていられない』


 そんな未来のない場所で生き延びてくれたエメルに感謝し、ぎゅっと抱きしめる。


「辛かったと聞いてすぐ、こんな提案するのも気が引けるけど、自分の作ったマジックルームならば怖くないんじゃない? 草木を持ち込んで、光を与えて酸素不足を補って。エメルが自分のマジックルームに入ったところで、私がそれごと私の空間に引き受けるわ。それしか思い浮かばない。ごめん、エメル」


『そんなこと……できるの?』

「だって私、〈時空魔法〉MAXになっちゃったもの。ジャックのマジックルームをぶん取れたんだから、好意的なエメルのマジックルームなら楽勝だと思う」


『……あやつも知識を無駄に捨てなかったこと、継承相手を間違わなかったことだけは、誉めて然るべきだね。無事、解決したら、〈時空魔法〉オレにも教えてね』

「もちろん」


 とりあえずのエメルの隠し場所は決定だ。しかし根本的な解決はエメルの腕輪が外れなければどうにもならない。


「王族ならば、知っているかしら……」

 私はアベル殿下を思い浮かべる。あの方ならば、いや、あの方以外、王族で話が通じそうな相手はいない。


『宝物庫にコレがあったことは、王と王女しかしらなかったんだろう? じゃあ、アベルが外す方法を知ってるとは思えない』


 王と王女、最も私たちを手駒にしたいと思ってる二人だ。

「最後の手段は、陛下か王女に自白剤を飲ませるしかないね」


 それはすなわち、ローゼンバルクによる王家への反乱ということだ。私一人の問題ではなく、領民全てを巻き込むことになる……。

 愛するローゼンバルクの民は、許してくれるだろうか?


『クロエ、そろそろ灯りを入れて』

 時間がないと言いながら、思考に沈んでいた私に、エメルが覇気のない声で伝える。

 確かに外は暗くなっていた。


「点火」


 私は壁に備え付けてあるランプに火を入れた。火はゆっくりと大きくなり、私とエメルは温かな明かりに包まれた。


 すると、背中にゾクっと悪寒が走った!


『クロエ?』

 私はエメルを抱き込み、魔力を引き上げながら背後に振り向く!


 すると、なんと私たちの影がもじゃもじゃと蠢き、一番黒の濃い場所から同じように黒い何かが迫り上がってきた。


「ひっ!」

 思わず悲鳴をあげると、その何かは影から勢いよく飛び出して、私たちの前に着地し跪いた! 

 これは黒ずくめの……人間!?


「クロエちゃん!」


 声を聞き、膝から崩れる……この声は聞き慣れた……うちの一番の……いたずらっ子だ……。


「トリー……心臓止まるかと思った……」


 トリーは鼻と口を覆う黒い布をグイっと首まで引き下ろし、ニカッと笑った。私たちを元気づけるように。その笑顔に、私も涙ぐみつつ笑顔が浮かんだ。


 外と……繋がった!


「トリー……トリー……お兄様の命で来たのね」


 トリーは兄の命令ならば、どんな危険にも飛び込む人間だ。


「はい。オレは〈影魔法〉を活かして、お館様と次期様の直属部隊にも属してます」


 トリーはいたずらっ子なんかではなかった。とっくに一人前の、兄の側近だった。


「トリー、ここの結界は相当厳しいはずよ。どうやって侵入できたの?」

「結界はたしかに凄かったけど、オレ、影さえあれば潜ってどこでもいけるから。影の中は自由なんだよ。クロエちゃん、ランプつけるの遅すぎ!」


「ご、ごめんね」

『〈影魔法〉……デタラメだな』


 エメルが力なくそう言った。いつもと明らかに違うエメルの消耗しきった様子に、トリーがとたんに青ざめる。


「でもオレ、自分しか移動出来ないんだ……連れていけない。こっちこそ、期待させてごめん……」

 トリーが幼い顔を歪ませる。


「何言ってるの! トリーが来てくれて、どれだけ私、救われてるか……ありがとうトリー」

 私はエメルごとトリーをぎゅっと抱きしめた。

「クロエちゃん……」

『トリー、見直したぞ! ただ、時間がない。クロエ』

「うん」


 私は現状をトリーに全て話した。王家の思惑と、エメルにつけられた魔道具、エメルを盾にローゼンバルクを服従させようとしていること。トリーは口を挟まず真剣に聞き入ってくれた。


「そういえば、トリー、私の髪に驚かなかったね」

「……クロエちゃんの髪、既に屋敷に届いてたから、覚悟してた。でも短い髪のクロエちゃんも好きだよ!」


 子どもだとばかり思っていたトリーは、いつのまにか、こんなに気をつかえるいい男になっていた。




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