第128話 三年時の演習

 学校での新学期最後の予定である演習にこぎつけた。


「これが終わったら、領地にようやく帰れますね〜」

「うん。これまで同様1日で終わる演習だといいけれど」


 演習はこれまでの学校の歴史では、全部で30種類ほどで、最近行っていないものを各学年ランダムに当てはめられる。

 前回の試合や、その前のハンティング、一度目の時は檻の中に熊と入れられ脱出……というものもあった。

 過酷なものもあるが、そういう時は棄権するのも手だ。特に非難されない。ただ点数がもらえず、魔法に比重を置いた職へのアピールが減るだけだ。

 魔法に自信がなければ他で点数を取り返せばいい。


 ただ、高位貴族は参加して、自分の魔法を存分に発揮して、下々に力の差を見せつけて、求心力にする、という暗黙の慣習だ。

 そして私の場合は演習の参加が通常授業休学の条件なので、棄権の選択はない。これに参加するだけで、私の休学が丸く収まるのなら、安いものだ。


 集合場所の、王都のハズレにある、学校の演習場にダイアナと到着する。例年よりも人間が多い。

「クロエちゃん、3、4組だけじゃないわ」

「そうみたいね」


 遠くに周囲より頭一つ大きい、2組となったザックが見える。

 私はそっと、木陰に引っ込む。


「皆、揃ったな!本日の演習は3学年全クラス合同のダンジョン攻略だ!」


 学生が一気にざわつく。


「学校はダンジョンを所有しているの?」


 ダンジョンはどんな小規模のものであれ、100%安全なものはない、と私は思っている。同じ入り口のダンジョンであっても、昨日と今日が一緒のものとは限らない……と私は認識しているけれど……。


「ここのダンジョンは、学校が作った擬似のものなのかな? ダイアナ、道標、習得してる?」

「はい。〈木魔法〉はまあまあ得意です」


 ダイアナの〈紙魔法〉と、〈木魔法〉は親和性が高い。いざというとき二人ともスタート地点に戻れるならば、なんとでもなるか、と思っていると、


「では、ペアで潜ってもらう。くじでパートナーは決めるからな。今回は初見の相手といかに力を合わせて戦えるかを見るために、同じクラスのものと組むことはない。では並べ!」


 私は思わずため息をついた。

「クロエ様……ドミニク殿下やガブリエラと当たったらどうしますか? 教師に王家との約束を伝え、配慮するように言いましょうか?」



「いえ、ペアになる確率のほうが低いし……今、騒ぎ立てるのはやめましょう」


 ダイアナは頷くと、瞬時に紙鳥を飛ばした。するとクジを引く列に並んでいるあいだに、エメルが飛んできた。


「エメル……卵から離れてよかったの? もうすぐ領に帰るから今日はべったり一緒にいるって言ってたのに。ダイアナも呼ばなくても……」


『ダンジョンくらいすぐ終わるだろ。そのあとまた行くよ』

「クロエ様、油断禁物です。学校行事で一人になってはいけません。約束したはずです」


 ダイアナに厳しい顔をされて、少し反省した。ダイアナの言う通りだ。これまで私がパニックに陥ったのは、ほぼ学校での出来事が原因なのだから。


「ごめんなさい。ダイアナありがとう。エメル、よろしくね」

 私が頭を下げると、二人ともうんうんと頷いた。


「で、エメル、今からダンジョンらしいんだけど、どういう気配がある?」


『ダンジョン固有の気配はオレには感じられない。ガイアの作ったやつとも違うし、人工物かもね』

「人工物……」

「〈空間魔法〉の教師がいるのかも。聞いたことある?」

「いえ。今更ですが、調べますか?」

「今日の結果次第ね」


 小声で三人で話していると、順番が来た。教師の差し出す紙袋から紙切れを一つ抜くと、『31』と書いてあった。

「この番号の順に並ぶように。次の偶数の人……君の場合は『32』のくじの人が君のパートナーだ」

「わかりました」


「私は『53』です。ちなみにあのクジ、いたって普通。仕掛けはありませんでした」

「わかった。じゃあダイアナ、あとでね」

 既にほぼ並び終わっている列の後方に、ダイアナと離れて向かう。


 並ぶ学生の持つ、自分より若い番号をチラりと見ながら、後ろに向かって歩くと、それらしい場所が一人分空いていた。前の女性に聞くと、「30」番という返事。ありがとうと言って、彼女の後ろに入り、パートナーである「32」番と顔を合わせるべく、後ろに向き直る。


 ……とっさに声が出なかった。知っている顔だった。一度目の人生で。

『クロエ?』

 エメルの囁きに我に返る。


「お、おはようございます。私、「31」のクロエと申します。本日はよろしくお願いします」

 どうにか無難な挨拶をすると、彼はメガネの奥の目を大きく見開いていた。


「ご丁寧にどうも……僕はジャックです。クロエ……様のお噂はかねがね……」


 彼は居心地悪そうに、少し太めの体を左右に揺さぶった。


 ジャック・フォスター、一度目の人生の〈ブラウン〉だ。襟元のバッチを見ると3組となっている。3組とは合同の授業が何回かあったけれど、今日まで気がつかなかった。


「私は4組なのですが、今までお会いしたことないですよね」


「僕は、病気がちで、よく欠席するから……こんな体型だけど……」


 薬師の視点からすれば、消化器官などの病気でなければ、病人全員痩せ衰えるわけでもない。しかし、ブラウンはどうやらそこにもコンプレックスを持っているようだ。魔法適性だけでなく。前回もそうだったのだろうか? そういう弱った心につけいられたのだろうか。


「私もほぼ休学してますので、一緒ですね。私の噂を聞いているということであれば、私とペアは嫌ですか? ならば、私は棄権して、他の方と組めるように先生に掛け合ってみてもいいですよ」


「ぼ、僕は、人を、適性や噂では、判断したりしないっ!」

「え……?」

『……こじらせてる感じ……。クロエ、こいつ、ひょっとしてクロエの言ってた〈ブラウン〉?』


 私はひっそり頷く。


『よりによってこいつを引き当てるとか……信じられない』


「……では私でいいということで……」


 私の話の途中で、教師の笛が鳴った。

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