第129話 一度目の仲間②

 正面に立つ教師の説明が始まった。


「では、ペアは確認できたな。これから順に出発する。この先の洞窟がダンジョンの入り口だ。5分間隔で中に入る。そうすれば、中で他の学生に会うことはない。最奥にある、中に終了と書かれた茶封筒を取ると、出口が開く。ダンジョン内にはこの森に住む動物が出てくる。逃げても倒してもどちらでもいい。時間はこれから七時間以内。ケガ等で棄権するときは、『棄権します』と二人声を揃えて叫ぶこと。以上だ。質問は?」


 学生たちが手を上げて、あれこれ質問している。

「く、クロエ様は、ダンジョンの経験は?」

「あります。でも、ダンジョンって、全て違うので、参考にはならないと思います」

「でも、経験あるのなら、リーダーはクロエ様で。クロエ様に従います」


 ……今回も譲ってくれるのだ。彼は自分の手腕を自慢したり、我先にと突き進む人ではなかった。






『グリーンも顕微鏡使うの? ならお先にどうぞ』

『ブラウンありがとう。すぐ終わらせるね』






 穏やかで、少し卑屈なブラウン。私とよく似ていた。


「……わかりました。では私が先に進みますね。あ、クロエとお呼びください。敬語もいりませんよ。パートナーですし」

「いえ、急には変えられません……」

「では、そのままで」


 いつのまにか質問タイムは終わったらしく、列が動き出した。


 視線を巡らすと、ダイアナが見知らぬ男性と挨拶しているのが見えた。ダイアナのパートナーがドミニク殿下とガブリエラでなくてよかった……殿下とガブリエラは命拾いした。


 私とブラウン……ジャックの順番が来た。二人で、入り口で教師の書類にサインをし、足を踏み入れる。もちろんエメルもそばにいる。


 中はありふれた洞窟で、湿った空気が充満し、背の低い草やコケが人の踏み潰さない隅っこに生えている。

「ジャック様、ライトを」

「は、はい」


 彼が魔法を発動している間に私も手持ちの種を地面にまき、直接魔力を送る。

「発芽」


 地面の中で蔓と根が力強く伸びている。道標をセットした。そのあと、無詠唱でライトを灯す。


「分岐までは早足でどんどん進みましょう。獣が襲ってきても、草でガードを展開していますので、一撃目で攻撃を受けることはありませんので安心してゆっくり準備してください。敵が目視できたら、こちらからも攻撃で」


 本当は、進化した草盾は牛が10頭同時に攻撃されても大丈夫なくらいの頑丈さなのだが……言う必要もないだろう。


「わ、わかりました」


 二人でサクサクと前進する。たまにイタチや野犬が飛びかかってきたが、盾に跳ね返されたあと、草縄で宙吊りにすれば大人しくなった。


『うん。雑魚ばかり仕掛けてある。魔獣もいない。極めて安全なダンジョンもどきだ』

 エメルがつまらなそうに呟いた。


 はじめはおどおどとしていたジャックも、少しずつ余裕が出てきたのか、私が力を見せぬために敢えて逃した獣を、器用に細い木の枝でグルグル巻きにしてみせた。


「クロエ様の技を観察して、真似たのですが、怒りませんか?」

「怒る? なぜでしょう?」

「オリジナルを侵害したかどで……」

 ジャックが俯いてもじもじと言い募る。


「ジャック様、自分の手持ちの魔法で敵を身動き取れなくするって、誰でも最初に考えることだと思いますよ」


「そ、そっか、そうですよね」


「それにしても、ジャック様は〈木魔法〉なのですね。私は〈木魔法〉大好きなのです。最愛の祖父の適性ですから」


「〈木魔法〉が好き……ですか……僕は自信を持って、そのようには言えません。クロエ様は〈草魔法〉が好きですか?」


 私よりも背の高い彼が、体をかがめて私の瞳を覗きこむ。


「正直なところ、なぜ〈火魔法〉に生まれなかったの? なぜ〈草魔法〉なの? と失望した時もありました」


 一度目のことだけれど。


「でも、私は結局、どうあがいても〈草魔法〉使いなのです……〈草魔法〉を駆使すると、今の家族や大好きな人はみんな『すごいな! かっこいいな!』と私をベタ褒めしてくれます。私は〈草魔法〉が大好きです。大好きな〈草魔法〉で、自分の納得する未来を作ろうと……頑張ってる途中です」


「そうですか……」


「でも、環境にもよりますよね。王都であれば、魔法を必要としない仕事もありますし。あくまで私の場合です。私はどこであっても自力で生きていける力が欲しかったから……がむしゃらに役に立つ術を身につけました」


 私がそう言うと、ジャックが決意を秘めた目をして、姿勢を正した。


「今日は、クロエ様の魔法の使い方を見学してもいいでしょうか? そして、それを応用する許可をいただいても?」


「どうぞ」


 魔法に限らず、技術とは真似て覚えるものだし、高レベルの魔法はそう簡単に真似などできない。でも〈草魔法〉と〈木魔法〉は近いから、他の適性よりも参考になることも事実だろう。


 獲物が三匹飛び込んできたときは、二匹私が仕留めて、一匹彼に任せる……というようなことをしながらダンジョンを下っていく。


 緊張が解けたのか、彼は手持ちの魔法をあれこれ試すようになった。彼にとって、よい実践の場になったのかもしれない。見知らぬ相手との演習……こういう「気づき」を得ることも、学校側の狙いの一つ?

 今、彼が木の枝で、狐の胸を突いたのは……突き詰めれば祖父の「樹林」に繋がる。


「レベルを上げて、魔力量を増やせば、今の方法で熊も仕留められますよ」


 熊を狩れる……それは一人前の指針の一つだ。


「そ、そうですか……やったあ……でも、体力……つけなきゃ……」

 彼は玉の汗をかいていた。


「あ、別れ道です。木の根を伸ばして、どちらが正解の道か調べてください」

「わかりました……右は硬い岩盤……行き止まりです。左で間違いないと思います!」


 ジャックが初めて笑顔を見せた。懐かしい……ブラウンの笑顔だ。胸に迫るものがある。


『クロエ……あまり情を移さないほうが、身のためだ』

 エメルの言葉にハッとして、小さく頷く。


「もう休みなしで二時間歩きました。そろそろゴールだと思います。ジャック様?」

「ゴールのお宝の前には、強い怪物がいるっていうのがセオリーですね。わかりました」


 別れ道を左へ進むと、少し広い空洞に入った。その瞬間、小さな何かがバタバタと目の前を横切り、私たち目掛けてぶつかってきて、草盾に跳ね返されている。

 私はライトの威力を引き上げた。


「これは……」

 天井一面に大小様々のコウモリがぶらさがっていた。


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