第127話 一度目の仲間

「クロエちゃーん! みんな〜! 集まれ〜!」


『トリーは緊張感を削ぐ天才だな』



 おそらく午後、ベルンに調査を命じられたトリーは、皆がそろそろ寝ようか? と思う時間に集合をかけた。


 トリーは王都の少年が誰でも着ていそうな生成りのシャツにベージュのパンツ姿で、いつもよりも大人っぽい。


「そうしてると……ちゃんと街の少年に見える……」

「えへへ〜さあさあみなさん座ってくださーい!」


 私とエメル、ベルン、最後に髪がまだ濡れているダイアナが、祖父の書斎に集まった。ベルンが眉間に皺をよせて、ダイアナの髪の水分を〈風魔法〉で飛ばす。

「ダイアナ、春になったとはいえ風邪を引きます!」

「はーい」


 私とベルンが隣に、正面にトリーとダイアナが座った。エメルは祖父の机の上で丸くなる。


「まず、これが今日時点の数学受講者のリストです」

 トリーに見せられた紙には十数人の名前が載っていた。


「これ、入学したばかりの一年生は入っているの?」

「はい。上から一年生で学年順です。新入生は今日が締め切りでしたので。まあ、欠席者の追加等、小さな移動はあると思います」


 名前……それで貴族かどうかだいたいわかる。クラス、年齢、適性魔法、出身地、特記事項がうまくまとめて書いてある。


 中ほどにザックとケイト、カーラの名前があった。

 ケイトの適性は〈布魔法〉だった。


「〈布〉か。詳しくないけれど、うまく伸ばせば商売につなげられられるんじゃない?」

「〈布魔法〉は聞いたことないですね。やはり指導者がいなければ伸ばそうという気持ちにもならなかったのでは? 別にローゼンバルクの民のように?いかなる魔法適性であれ伸ばさなければ生きていけないわけでもありませんしね」


「そうね……」

 ベルンの言葉に納得していると、ダイアナが口を挟んだ。


「え〜そもそもやる気もなかったんじゃないかしら〜? 彼女は大店のお嬢様。困窮してなければ、よく知らない魔法を伸ばす気力なんて湧き出ませんよ」


 その言葉に他のメンバーは一斉に苦笑した。


「報告を続けます。講義後の雑談メンバーは左に赤で丸をつけているものです。もちろん今年度の一年生はまだ入っていません。そして雑談の場所はそのまま教室か、サザーランドの教授室かどちらかです」


 まだ……あの私たちが集まっていた旧校舎ではないのか。一度目の研究室が脳裏に蘇る。今の雑談がもう一歩先に進んだら、いよいよあの部屋に移るのだろうか?


『クロエ、前回のメンバーが存在するか、聞いてみたら?』

 エメルが私の肩に飛んできて囁く。

「そうね……ねえトリー、背がひょろっと高い、銀髪で〈鉄魔法〉の男子と、ぽっちゃりした金髪でそばかすの〈木魔法〉の男子、そして黒髪の巻毛でメガネの〈色魔法〉の女子ってこのリストのなかにいる?」


「えーっとね……該当者と思われるのは、まず〈鉄魔法〉は二段目の四年生、マーク・カリバン。男爵家の三男。次〈木魔法〉はジャック・フォスター、三年生。この人は父親が騎士爵持ち。で最後の女子はアン・マックイーン、おそらく平民ですが、入学したばかりの一年生で、情報が手に入りませんでした」


「素性がわかっただけで十分よ。トリー、素晴らしい!ありがとう!」


『……いたな』


「その三名は、サザーランド教授とともに、クロエ様に害をなす可能性があるということですか?」

 ベルンがモノクルをキラリと光らせる。


「うーん。わからないの。私と一緒の被害者なのだろうと思ってきたのだけれど……彼らの立場はわからない」


 前回の私はあまりに視野が狭かった。私は彼らを仲間だと思っていたけれど、教授とグルだった可能性もあるし、彼らも何か目的があり、私の研究を利用したかったのかもしれない。


「ふむ。まあ今日初めて名前のわかった者たちですからね。トリー、詳しい情報が手に入ったら、また教えてください」

「はい」


「ダイアナ、ザックには、特定の人物を私が気になっていることに気づかれたくない。だから、全員の印象を報告する様に伝えてくれる?」

「かしこまりました」

 ダイアナが窓を開け、紙鳥を二羽飛ばした。おそらくザックと……おじい様宛だ。




 ◇◇◇




 エメルと部屋に戻り、寝る支度をする。


「シルバーにブラウンにカラー、本当にいたのね……」


 一度目の人生の登場人物とは両親やドミニク殿下など、これまでも出会ってきた。三人が今世にもいることは、なんら不思議ではない。

 しかし、彼らのことは、前回、濃密な時間をともにした割に何も知らないので、得体のしれない不安がある。

 そして彼らとは、ほんの少しだけ、楽しい時間を過ごしたのだ……まやかしだったかもしれないが。

 心が……揺れる。


「一度、陰から姿をチェックしたい。ダイアナにお願いしてみよう」

 私がそう呟くと、エメルが両目をすがめた。

『……クロエ、演習が終わったら、とっととローゼンバルクに戻れ。トリーは少し残して情報収集させてもいいかもね』


「……わかってる。エメル、一緒に一度、ローゼンバルクに戻ってくれる? 私が帰りついたらまた、卵の下に戻っていいから」

『クロエ……オレの最優先は〈魔親〉のクロエだ。一人にしないから』

「エメル……ありがとう」

 私はエメルをぎゅっと抱きしめて眠った。



 翌日の夕方、トリーの手に入れた情報を基に、ダイアナと王都の古本屋を訪れた。ダイアナの後ろから、そっと棚の向こうを覗き込む。


 シルバーがいた。真剣な表情で何やら専門書を立ち読みしていた。トリーによると、ここ数日数冊の本を買い悩んでいるらしい。


 彼はお金がいつもなかったことを思い出す。彼だけではなく、私も、皆も。



 ◇◇◇



『グリーン、あんまり根を詰めすぎるなよ。まあ、君の仕事に全てがかかってるのに、こんなことを言うのもあれだけど』


『あ、ありがとうシルバー……心配してくれて』



 ◇◇◇




「ダイアナ、帰ろう」

 早くここを離れないと……不意打ちの記憶は、私から正常な思考を奪う。


「クロエちゃん? ……OK、カフェに行こう!」

「うん」


 目立たぬ隅の席でお茶を飲みながら、先程のシルバーを思い出す。

「マークって名前だったのね……」


 彼もあの日、ドミニク殿下の引き連れてきた兵士に捕まった。彼の研究は私の毒薬ほどに直接死に結びつくものではなかっただろうけれど、あの後どうなったのだろう。ブラウンもカラーも。


「今更わかりようがないけれど」


 いずれにせよ、前回は王族の婚約者であったのは私だけで、あの事件はサザーランド教授という敵国スパイの炙り出しと、私の大罪を暴いての婚約破棄、モルガン侯爵家の力を削ぐことが目的だった。彼らは私ほど悲惨な目にはあっていないだろう……と思いたい。


「クロエ様」

「ん?」

「彼が気になりますか?」

「……まあ、隠しても仕方ないね」

 私は俯いて右手で額を押さえながら答えた。


「クロエ様が命令されれば、マーク・カリバン、保護しますが?」

「いや……まだ何もわからないもの……って、訳わからないことを言ってごめんなさい」


「念のためにお聞きしますが、『気になる』のは、恋ですか?」


「……は?」

 思わず顔を上げて、ダイアナの瞳を見た。


「ああ、もういいです。よくわかりました。あーよかった」


「ダイアナ、勝手に納得して……『好き』とか全くないよ。トリーの方がよっぽど好き。いろいろ勘繰られると面倒だから、私からもおじい様とお兄様には手紙を出すから」

 祖父と兄には前回の記憶を話しているので、かえって伝えやすい。気持ちを切り替えようと、ケーキにフォークを突き刺してパクッと食べた。


「是非そうしてください。ヒヤヒヤします」


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