第116話 帰り道
ザックは熊一頭という重荷のバランスを何とかとりながら馬を操る。
草の探知魔法を使い、周囲には私とザック(とエメル)しかいないことを確認して、彼を招いたもう一つの理由を口にした。
「で、ザック。サザーランド教授の講義はどう?」
「一言で言えば、つまらないです」
ザックは即答だ。
「どのあたりが?」
「毎回教本キッチリ4ページ分進みます。教本の解説を板書でして、理解できているか生徒に質問を投げかけて、次回の宿題を出したらピッタリ時間です。魔法を使うこともなく、煙が立つような実験をするでもなく、寝そうです」
典型的な座学の講義のようだ。同じような授業は他にもいっぱいある。
「ザック以外の生徒は?」
「まじめな……そして裕福でない生徒が多いように見受けられます。教材が教本しかいらないので金がかからず、そうでありながら人気の講義と同じ4単位取れるところがメリットかもしれないです」
「なるほど」
前回の教授の仲間たちの背景は、今も昔も知らないけれど、裕福そうには見えなかった。裕福であったとしても、私のように自分で自由になるお金はなかったであろう印象を持つ。
そして、華やかな適性魔法を持っていれば、サザーランド教授の講義を受講する暇などないわけで……。前回もそうして、不遇のメンバーが自然と集まるような仕組みになっていたのかもしれない。
「ところでカーラってご存知ですか? 同じクラスなんですけど?」
『カーラ?』
エメルの小さな声がひっくり返っている。全く予期せぬ人物の登場だ。
「……知ってるよ。彼女がどうかした?」
「彼女も受講してます」
「へー」
私とカーラのこれまでのやりとりを、ザックに伝えていなくてよかったと思った。先入観のない意見を聞ける。まあ春の実技演習の、私たちのぎこちなさに気がついていたら……逆に大したものだ。
「で、俺、同じクラスのよしみでよろしくって話しかけたら『貴族の貴方様に話しかけられるのは困る。特にケイトさんに睨まれるから控えて欲しい』って言われちゃって」
ザックはぽりぽりと頭を掻いた。
『あの女、ブレないな……』
エメルの呟きに苦笑する。どうやら彼女の塩対応は、私に限ったことではなかったようだ。
しかし、私も、ザックも腐っても貴族。下手な対応は返り討ちにあう可能性もあるのに、彼女には彼女の、はっきりモノを言える相手の線引きでもあるのだろうか?
結果、私もザックも事を荒立てないタイプだったので、彼女の眼力に間違いないということだ。
「……すごいね。それで?」
「何でこの講義取ったのか聞いたら文官目指してるからって。でも帳簿付けみたいなものじゃなかったから当てが外れたって言ってました」
カーラ、やはり文官狙いか。魔法も得意そうではなかったし、彼女は自分をよく知っている。
ところで、待てどくらせど、元恋人のことは口にしないザック。報告する中身がないからか?口にするのも疲れてしまうのか?
まあ、ザックの意思を尊重し、敢えて今回は尋ねないでおこう。
「ザック、教授の目が片方見えていないって件、教授自体はそれを隠している風なの?」
「どうでしょう?眼帯等していないので、気づかれにくいですよね。教授の方から吹聴している様子はないです。意図的に隠してるのか? 誰も聞かないから言わないだけなのか、わかりません」
わからないことはわからないと言えるようになったザックは改めて成長したなと感じた。
それにしても、前回とは大きく違っているサザーランド教授の瞳の件……もし事故等で後天的なものならば、その仔細を知りたいところだ。
しかし、それを調べるのは、さすがにザックではない。
「ザック。サザーランド教授に何かお誘いを受けても、くれぐれもその場で乗らないでね。必ずローゼンバルクの指示を仰ぐこと。これは報酬を払う依頼主の私の命令よ。そして、自分にとって一番大事なのはご両親と弟君であり、教授を優先させるのはちょっとおかしい、と心に留めておいて」
「何か……勧誘されるかもしれないと、想定しているのですか?」
「私は辺境の民だから、隣国出身というだけで警戒してしまうの」
「わかりました」
屋敷が見えて来たところで、私たち目がけて一頭の馬が走ってきた。
「……クロエ様、女の人だよ」
『あれ? 珍しい。マリアだぞ?』
透明なエメルがマリアを迎えに飛ぶ。
マリアも辺境暮らしで否応なく馬になじんでいる。だとしてもマリアなんて何事? と思いながら、スピードを上げる。
「マリア、ただいま。出迎えなんてどうしたの?」
「屋敷に客人です。アルマン商会の会長と……娘です」
「ケイトですか?」
ザックが明らかに不機嫌な声で聞く。
「アルマン商会? それは手順を踏んだ訪問なの?」
「はい。ビジネスとしては数週間前にアポイントを取っています。ただ娘を連れてくるとは思わず……早速クロエ様とザック様はどこだと聞いておりますし」
マリアも当然、ザックとのこの契約や、ザックとケイトが恋人? 解消した件をダイアナから聞いている。マリアとダイアナは仲良しなのだ。
「何もやましいことはないから堂々としてる。会えば挨拶くらいはするけれど、私にアポイントが入っていたわけではないし、取りかかってる仕事を優先するけど?」
「夫とデニスがアルマンとは商談しております。クロエ様はご自分のスケジュール通りにと言っておりました」
私はしっかり頷いた。
「まあ、ケイトさんが父親である会長の側で仕事を覚えるってことで同行してるのならば、私は関係ないね。私は汚れたついでに解体まで付き合っちゃう」
「クロエ様がやらなくても、解体場はメンバーも揃ってスタンバイしてますよ?」
「マリア、八頭だよ?」
「……それは……お嬢様も頑張って」
屋敷の門をくぐると高級そうな馬車が止まっていた。それを傍目に見ながら、マリアは厩舎へ、私とザックは直接敷地のはじにある解体場に乗りつけた。
挨拶しながらザックは出迎えの手を借りて熊を馬からおろし、私も一緒に中に入る。マジックルームから一気に残りの七頭を放り投げる。
「うわー! すごいですね。クロエ様、今回の狩りのメンバー誰だったっけ?」
「ゴーシュ親子とその仲間たち」
「あームキになる親子だからな〜」
「ああ、この二頭は、急所一突きだ。こりゃ素晴らしい!」
解体の職人たちがワイワイと賑やかに、目を輝かせながら一頭ずつ確認した。
「さあ、お天気なうちに済ませよう!」
「クロエ様、ザックさん、ひとまず休憩してください。わしらが疲れたら交代ってことで」
「いいの? ありがとう。じゃあ欲しい箇所のときは声かけるね」
「俺は、手伝わせて! 熊は初めてだ! 実践で、触れて覚えたい」
皆が手際良く皮を剥いでいく。それを覗き込み、真似事程度、指導を受けながら手伝っているザック。解体されていく素材を見ながら、自分の知識と照らし合わせて、どこを使うか? 保存法などを検討する。いただいた命、出来るだけ無駄なく使わせてもらわなければ。
誰かが臭いがこもらぬように風魔法を外に向けて流してくれている。ちょっと寒いけれど、暑いよりも素材のためにもいい。
「ストップ! 素材を切り取らせて」
手を念入りに消毒し、口を覆い、煮沸消毒したナイフを握る。
目、胃、胆嚢……と順に八頭分切り抜いていると、「ひっ!」と女性の息を呑む音がした。振り向くとケイトとアルマン会長が佇んでいた。
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