第115話 〈水魔法〉仲間
空気が乾燥し冷え込むようになり、今年もジリギス風邪が流行する頃になった。
「クロエさまー! お呼びくださりありがとうございまーす!」
ザックが馬上から手をブンブン振りながらやってきた。
「ザック、久しぶり。ちゃんと子爵様に許可もらってきた?」
「はい!〈水魔法〉の腕を買われてきちんとした依頼を受けたって。父も喜んでおりました」
恒例のジリギス風邪薬を作るために、今年もトトリの海に潜る。〈水魔法〉使いが多ければ多いほど量産できる、ということで、ニーチェの仮弟子ザックを呼びつけた。喧伝もしないがコソコソしない方がいいのだ。〈水魔法〉の腕を買われて仕事の依頼があり、それを引き受け、報酬を得る。普通のことだ。
そして、もちろんサザーランド教授の話も道中直に質問しながら聞いてみたい。
「今日はゆっくり休んでね。そして移動続きで悪いけれど明日トトリに行くよ。いい?」
「はい! 今夜はニーチェさんちに泊めていただくことになってますので、明朝、師匠と一緒にお迎えに参ります!」
ザックは礼儀正しい挨拶のあと、さっさとニーチェの家に向かってしまった。
◇◇◇
ザックは無駄のない動きができるようになっていた。私たちと同じローゼンバルク馬に乗り、マジックルームに入れるから荷物出せと言えば、遠慮せずにきちんとまとまった状態で私の足元に置く。疲れた時は、休憩ポイントに近づくと手を上げて無理をしない。野営の際は私が調理している間にテキパキと周囲の安全確認し、馬の世話をまとめてしてくれる。
「クロエ様、俺にも結界術教えてください」
「〈水魔法〉のものを極めたほうがいいんじゃ?」
「この荒地で〈水魔法〉を展開すると、魔力を余計に食うんです。それより草か木のほうがいいかなって」
「まあ、水と草は相性いいからね。いいよ」
「やった!」
「随分と貪欲だね」
「だって、クロエ様が目を合わせてくれる機会、貴重だもん」
「それは……ごめん」
だって、ケイトが怖いのだ。
やがて、イビキをかいて眠るザックを見ながらニーチェに声をかける。
「ニーチェ。どんな指導をしたら、短期間でここまで成長するの?」
「根が真面目なんですよ。それと崖っぷちだってわかってるんでしょう」
ザックは確かに崖っぷちだった。学校とはいえ貴族社会の縮図のなかで、無知を晒し、辺境伯を敵にまわした。
しかし今、彼は常識と実力を身につけた。今のザックならば軍も歓迎するだろうし、子爵を継ぐまでの間、厚遇で雇い入れたいと高位貴族も手をあげるだろう。まだまだ伸び代もあるのだ。
「ニーチェ、指導者の資質があるよ。ニーチェの指導は楽しませてくれるもの」
小さな私と手を繋いで潜り、〈水魔法〉を教えながら美しい珊瑚のそばまで誘導してくれた。出張先から美しい貝殻を見つけてはお土産に持ち帰ってくれた。私を主君の家族と敬いつつ、子どもとして扱ってくれた……穏やかなお兄さん。
「クロエ様は可愛かったし……しゃべり下手な俺に懐いてくれたから……」
「奥さんの次に?」
「へへへ、そうです」
ニーチェはそばかすがチャームポイントの奥さんを溺愛している。
「ザックも可愛い?」
「まあ、これだけ慕ってくれると……でも注意しなきゃ。ザックは貴族です」
ザックは子爵令息。ニーチェは平民。本来は呼び捨てなどあってはならない身分差だ。
「……そうね。まあでも、何か問題が起きたら、ニーチェは私が守るから」
正直、自分の肩書きを意識したことなどない。前回は侯爵令嬢だったのに、ボロ雑巾のような扱いだったのだ。
でも、私の辺境伯令嬢という立場、愛するローゼンバルクを守るためならば、今回はどれだけでも使って矢面に立とう。
くくくっとニーチェが笑った。
「そういうとこです」
「何が?」
「俺らが、クロエ様を大好きなところ」
顔に熱が集まる。でも焚き火の照り返しで、ちょうどバレていないはず。
『あークロエ、照れてるのか? 顔真っ赤だ〜!』
ザックがいるので常時姿を消していたエメルがひょこっと現れた。
「エメル〜〜〜〜!……もうっ!バカ!」
エメルがわざと空気を読まないところ、ちょっと一度膝を突き合わせて話し合わないと!
◇◇◇
トトリの海のポキ貝漁もいつもの半分の時間で済んだ。
『〈水魔法〉マスター三人揃うと……呆気なく感じるね〜』
「エメル、結構深くて大変なんですけど?」
「あとは熊ですね……」
キャンプ地を片付けながら、ニーチェがつぶやく。海の貝と森の熊がこの薬には必須だ。
「そうね。ザック、今回の報酬は全部ジリギスの薬、現物支給でオーケーなんだよね? ならば、熊が手に入って、薬が出来たらフィドラー領に直接送るから、学校に戻ってていいよ!」
「あの……熊討伐はクロエ様もニーチェさんも行くのですか?」
ザックが疲労を残した表情で聞いてくる。
「ニーチェは休ませる。うちは代わりがいないときを除いて連続で討伐なんてさせないの。まあ私は行くよ。欲しい素材が他にもあるから」
「俺も! 連れてってください! 時間が残ってます!」
「……いや、疲れるでしょ。王都に戻る体力も必要だし」
「全然問題ありませんっ!」
そう言ってザックはムンッと力こぶを作ってみせた。
「若いな……」
「若さね……」
『使ってやれば?』
◇◇◇
帰路の途中でニーチェと別れ、私とエメルとザックはジリギス風邪薬作成別働隊の入った森に向かう。
「クロエ様。狩りの場所わかるんですか? 現場はすぐに動くのに?」
「みんな〈木魔法〉の道標を地下に張ってるから、それを追いかける……見つけた!」
「すげ……」
半日ほどで追いついた。
「ゴーシュ〜! トリー!」
「クロエちゃんっ!」
「あれ〜早かったな〜!」
二人はじめ、なじみの顔触れが、片手を上げたり頭を下げたりして出迎えてくれる。
「調子はどう?」
「今、八頭目を仕止めた」
「クロエちゃん! 一頭は俺単独でやった!」
「俺は三頭仕止めただろうがっ!」
「ハイハイ、競わないっ!」
『めんどくさい親子だな……』
「手伝おうと思って来たんだけど?」
「いや、手は足りてる。クロエ様は草罠だけ新しいやつ張ってくれるか? あと、入るだけ持ち帰ってもらえる?」
「OK。ザックはどうする?」
「……足手まといになりそうなので、クロエ様と一緒に帰り、解体の手伝いをします」
「それは助かるわ」
私が七頭の熊を地面に間口を作ったマジックルームに放り込むと、ザックはわかりやすく顔を引き攣らせた。そして、自分は一頭馬の後ろにくくりつけた。
「……馬、嫌がってるよ」
「なんとか……なだめて解体場までいきます」
「お前面白い男だな」
「トリー!」
舐めた口を利くトリーにゴーシュがゲンコツを落とした。
「ゴーシュさん、いいんです。息子さんのほうが強いんですから」
ザックが、なんとも思ってないと右手を横に振る。
そんなトリーとザックに私は思わず薄目になる。
「トリー、良くないわよ。ザックは私の依頼で来てくれた客人なの。身内以外にも子ども気分が抜けないのなら、人前に出せないよ」
「ごっ……すいません。クロエ様、ザック様」
きちんと頭を下げたトリーは偉い。私はぎゅっと抱きしめて、馬に戻る。
「トリーが甘えたなのは、クロエ様が甘やかすせいですからね〜!」
ゴーシュや皆の見送りの言葉に手を振って、私は解体場の準備をたんぽぽ手紙で指示し、我が屋敷に向けて駆け出した
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