第112話 帰宅
馬上にて門扉を抜けると、久しぶりのローゼンバルクの屋敷は若干ざわついていた。
「何かあった? おじい様」
「ふむ、二週間ほど前から、西の森奥に魔獣が出ておる」
「え?」
私が唖然としていると、
「あ、クロエ様おかえり〜!」
「クロエ様〜! 無事帰ったね〜! ちょっと大きくなったな〜」
「あ、エメルさま〜ご機嫌麗しゅう〜」
『おう!』
とバタバタと忙しそうな使用人や兵士が小走りで手を振りながら声をかけてくれる。
「おじい様……私を迎えに来てる場合じゃなかったでしょうに……おじい様下りて!」
祖父の右太ももをパシリと叩き、私が手綱を握り込む。祖父は右眉をピクリとあげてひらりと地面に下りた。
「別に魔獣は昨日今日の話ではない。ジュードが出ている。問題ないぞ」
「私が馬の世話はしておくから、おじい様は不在中の進捗状況を聞いてきて! ホークもおじい様と行って! エメルはお兄様の元に飛んでもいいよ。心配だしお兄様の魔力が欲しいでしょ? ダイアナは孤児院にお土産ばら撒いてきて。昨日到着予定だったのに延びちゃって、みんな待ってるわ。そのまま直帰でOK」
「おう、そうするか。じゃ、クロエ様、俺の馬も厩舎にお願い。お館様行きますよ」
「はあ……仕事か……」
『ありがと! じゃ、クロエ、怪我人出てるかもしれないから、薬とポーションちょっとちょうだい……よし、いってきまーす』
「え……うん! じゃあチビたち喜ばせてくる!」
「ダイアナ! 緊急事態がなければ一週間お休みだから。しっかり疲れとって! みんなによろしく〜」
みんなを見送って、私は張り切って厩舎係の皆と共に馬たちを洗い、ブラッシングして労った。
すると、
「お嬢様〜!おかえりなさ〜い」
「だ、だあ〜!」
本年度、私史上世界で一番可愛いランキング一位が、マリアの腕の中で暴れていた。
「ローランド〜〜〜〜! お、おっきくなってる〜! ま、待って! お姉ちゃんお手手洗ってくる〜」
慌てて、桶で手を洗って、ローランドを抱っこしてるマリアごと抱きしめた!
最初にローランドに、そしてマリアの頰にキスをして、
「……ただいま、マリア」
「ふふふ、大きくなったのはお嬢様ですわ」
「あ……」
抱擁を解いて、一歩下がって見てみると、マリアの美しい瞳が……私よりもほんの少し高いくらいになっていた。
生まれたその日からずっと、マリアに守られて生きてきた。
これからは……私が守れるかもしれない……まあ、私の前に完璧ベルンがマリアとローランドの安全を脅かすものの前には立ち塞がるけれど。
久しぶりのマリアがローランドに向ける眼差しはひたすら優しくて、赤子をあやす母の姿は切り取った絵画のようだ。このため息の出るような優しさに満ちた光景を見ていると、このローゼンバルクの地で、二人のような人々が平和に生きていけるように尽くしていく歯車の一つになりたい……と自然にそう思えた。
「さあ、ゆっくり入浴でもして、旅の疲れを取ってください。全く王都は遠すぎます」
「はーい。ローランド、一緒に入る?」
「きゃーあ!」
ローランドが両手を広げて私を求める。忘れられてなくて泣きそうに嬉しい! 私はマリアからローランドを受け取り、ベルン譲りの黒髪のてっぺんに顔を埋めて、スンっと吸いこんだ。ミルクと汗と赤ちゃん特有の……幸せの匂い。
「あら?クロエ様、ローランドを洗ってくれるの? 助かるわあ!」
「マリア、毎日でも入っちゃうよっ! ローランドのお風呂係、承りました〜!」
ローランドを抱き、マリアと手を繋いで、我が家の敷居を跨いだ。
◇◇◇
久しぶりに自分のベッドでゆっくり眠ると、グインと魔力を吸い出され起こされた。
「なに……もう朝? おはようエメル」
『クロエ、朝ごはん食べたらクロエも討伐出て。数が多い』
「え? そういう状況? わかった。急ぐね」
ここは領地。エメルが一緒であれば供なしでも動くことができる。
「クロエ様、エメル様と西の森の討伐へ? お疲れは取れたのですか?」
ポニーテールにし、乗馬服姿で部屋を出た途端、ベルンがすかさず声をかけてきた。
『大した敵ではないけど、やたら数が多いんだ』
「だそうなの。ちょっと加勢してくる」
「では先に馬を玄関に回して、しばしお待ちください」
私が厩舎から馬を引いて玄関に戻ると、
「走りながらお食べください。成長期なんですから。あと、皆の分もお願いします」
ベルンの準備していたものは山盛りの食料だった。こうなることを見越して準備していたのだろう。私は自分とエメルの分だけ懐に入れて、残りをマジックルームにごそっと投げる。
「ねえねえベルン、私、いつになったらおじい様くらい大きくなれるかな?」
マリアに身長が近づいたとはいえ、やっぱり小柄な私。
「ふふっ、いっぱい食べればなるでしょうね。はいミルク! お茶はこっちの水筒。エメル様皆をどうぞよろしくお願いします。いってらっしゃい!」
「『いってきまーす!』」
ベルンに見送られて駆け出した。皆が討伐で抜けて忙しいはずなのに、ベルンの行動に忙しなさはない。その眼差しは以前よりも柔らかくなったほどで、それと同時に強い信念を感じる。父親になったからだろうか?
西の森は幼い頃から薬草を採りに兄とたびたびやってきたが、美しい森の木々がところどころ根本から倒されている。
「これも魔獣の仕業なの? この大木を持ち上げて倒す……こういうのこれまで聞いたことない」
『うん。クロエ、今の現場はもっと奥に移ってる。ちょっとスピード上げられる?』
「足場悪いから、馬に負担がかかる。これが精一杯よ」
『そっか。じゃあルート変えるか……』
エメルが一気に上空に飛び上がり、最良のルートを導きだす。
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