第111話 落着

「そんな……私だけだって……ひどい……」

 カミラがとうとう私を睨みつけ怨みごとを言いながら泣き出した。


「おい、クロエ様の当たるのは筋違いだぞ。クロエ様は薬師様だ。お前の親父に解毒剤を作ってくださった」

「薬師?……父に? あ、ありがとうございます? ……え? 薬ではなくて、解毒……?」


「はい、一ヶ月でここまで衰弱させるなんて、なかなかエゲツない毒ですね。で、その毒、ルシアンさんの荷物の中に現物がザラッとこんなに」

 ダイアナがどこからかルシアンの荷物を持ってきて、彼の前で中身をぶちまけた。中の紙袋から薬包がバラバラと床に散らばる。

「おい!人の荷物を勝手に!」


 エメルがスンっと鼻を動かし、

『ああ、間違いない。アジロの葉の匂いだ』


「隠しもしないなんて、ほんっとに自分が疑われっこないって思い込んでるんでしょうねえ。素直というか、バカというか……」


 ダイアナの言葉の途中で、急に玄関から日の光が差した。


「……そのバカにこの屋敷は乗っ取られていたようだな」


 この声は……


「「お館様」」

 ホークとダイアナが片膝をつき、頭を深々と下げる。


 おじい様、珍しい軍服姿で自らニーチェを従えて乗り込んできた。ダイアナの紙鳥を見てすぐ、馬に飛び乗ったのだろうか?

『ここの始末くらいホークでなんとでもなるのに、リチャード、クロエを迎えにきたんだな』

 エメルの言葉に目を丸くしていると、祖父がツカツカと真ん中を歩き、私の隣に立ち、見下ろす。


「クロエ、リードの解毒はどんな塩梅だ?」

「とりあえず応急処置はしましたが……この町は医師がいたはず。医師の指導のもと半年ほど治療に専念すべきですね」

 領民の手前、私はきちんと祖父の嫌う丁寧語で応対する。祖父が一瞬顔をしかめた。


「ふむ。ではここにいる者を殺人未遂と、盗み、横領で取り調べよ。罪にそって処罰だ」

 数人の使用人から悲鳴があがった。ローゼンバルクの刑罰は重い。

 罪を犯さなければ、関係ない話だ。


「ああ、リードに毒を盛った上に、わしの婿になりたいと言ってるのはお前か?」

 祖父がルシアンを冷ややかに見つめると、彼の周りの木の床材がメキメキと鳴って立ち上がり、先を尖らせしなりながら襲いかかる!


「うわーーーーっ!」

 ルシアンの体から力が抜け、失禁しながら気を失った。

「なんじゃ、あっけない。この程度で気を飛ばしてクロエの婿になれるものか」


 祖父がパチンと指を鳴らすと、成長した木は真新しい床材になり、床は元通りになった。ルシアンはニーチェの部下が拘束し、外に引きずられていった。

 全ての使用人が抵抗を諦めた。


『あ、毒の匂いはその派手男以外にも、右の侍女二人と執事の隣の若い男からもしているよ』

 エメルの指さした先には代官リードに寄り添っていたハリーがいた。

 彼もグルなのか? それとも薬と思って触れただけなのか……まあ尋問でわかることだ。


「おじい様、私は?」

「うむ。医師と相談の上、必要な薬を作ってくれ。医師とおまえには後ほど規定の報酬を出す。わしがカタをつけるまで待ってろ」

「はい」


 代官屋敷が一斉に動き出す。私も地図をチェックして、小走りで医者のいる診療所に向かった。


「アジロの葉か……」

 アジロの葉はローゼンバルクでは取れない。肩のエメルも同じ思考にたどり着く。

『きちんとした、マスタークラスの薬師の製薬だったよ?』

 あのルシアンという男、虚勢を張っていただけで領外に人脈があるほどの大物には到底見えなかった。


「アジロの毒、どうやって手に入れたのかしら……」

『ひとまず金の流れを調べればいいんじゃない?』

「そうだね」




 ◇◇◇




 祖父の意志が行き渡り、ニーチェはじめ祖父が連れてきた領の治安部隊にあとは任せて、私たちは領都に帰る。リードは診療所で入院だ。


 私のローゼンバルク馬は大型ゆえに容疑者の護送に使うということになり、私は祖父の疲れを知らない黒馬に相乗りになった。背後を取られたくない、とか祖父が言うので、私は久しぶりに祖父の腕の中。私はおじい様に背後を取られても全く困らないのだ。

 流石に蔦で二人の胴を縛ったりはしていない。祖父の手の下から軽く手綱を掴みバランスを取る。


「はあ……連日のプロポーズ……おじい様、私、モテ期が来たみたい……」


 ボソリと漏らした。どうせ王都の最後の夜のことも連絡が行っている。

 すると祖父は鼻で笑い、

「何を今更。ちっこいころから、大物ばかり釣り上げてきたくせに。大神官からも縁談を匂わせた書簡が来ていたぞ」


 心外だ。

「アベル殿下や……シエル様は、私に恩を感じているからってだけだよ?」

「王子と高位の嫡男が、恩を感じただけで婚約を申し入れるものか! バカモノが。きっかけはそうであれ、クロエを調べるだけ調べ尽くして、他の誰よりも優秀で好ましいから願い出るのだ。まあ、わしの孫だから当然じゃ。しかしクロエに気持ちがないのであれば、情けはかけるな。現状ローゼンバルクに政略の縁など不要であるし、男は案外……脆いもんだ」

 祖父がはんっ! と吐き捨てるように言った。


 ……せっかくこの話題になったのなら、伝えておいたほうがいいだろうか? 兄とのやり取りと、私の今現在の気持ち……。


「お、おじい様、私……あのね……」

「ジュードのことか? ならば許さん」

「え?」

 即答で反対され、思わず祖父を見上げて瞠目する。


「相手が誰であれ、まだクロエに結婚なんぞ早いわ! ……そうだな、ジュードがワシよりも強く、狡猾なやり口も覚えたら、考えてやってもいい」


「お館様100まで生きるんでしょう? お館様に認められるの待ってたら、ジュードもクロエ様もおっさんおばさんになっちまうよ!」

 ホークが呆れたように後ろから叫んだ。

「構わん、歳をとってもクロエはクロエ、ジュードはジュードだ」


「あー! 私、わかっちゃった!」

 安全な旅路、ダイアナが遠慮なく祖父の横に並ぶ。

「お館様、ジュード様とクロエ様が結婚なんかして大人になっちゃうのが寂しいんでしょ〜!」

「ダイアナ! うるさいわ!!」

『リチャード、図星だな〜!』


「おじい……様?」


「……クロエ、今回はホークがお前に領政に関わらせようと動いたようだが、領地の未来など考えんでいい。自分の好きなように生きていいんだ。それが正しい生き方であれば」

 祖父が六歳の私に語った言葉を繰り返す。おじい様は義務感から私が兄の求婚を受け入れるかもと思っているのだろうか?


「おじい様、私はローゼンバルクを好きで好きでたまらない。おじい様やお兄様に気に入られたくて言ってるんじゃない。自分の意思で、愛してるから守りたくて発展させたいの」


 自分が愛する土地に愛を注ぐのは単純な理屈だ。そしてそんな場所は世界中探してもローゼンバルクしかない。とはいえ、今日の、ホークの横で突っ立っているだけで全く統治者として役に立たなかった自分を振り返り、やはり薬で貢献するしかない、と痛感する。


「ならば……わしから離れるな。ジュードとともに」

「うん」


 おじい様が少しだけ口の端を引き上げて笑い、逞しい頼れる腕で私をぎゅっと引き寄せた。

 エメルの優しい笑い声が上空から聞こえた。

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