第110話 領境の町レナド

 ダイアナはきちんとエントランスにこの代官屋敷の使用人を全員並ばせていた。

 一枚の細長い紙で、真っ青な顔の全員繋がれていた。私の草縄よりも強度があるかもしれない。


「ローゼンバルク本邸の査察です。この街はここしばらくお館様に定期報告を怠っています。調査に入りますがくだらない小細工をしないように、今夜はここで疑惑が晴れるまで過ごしてもらうわ。文句がある人は手をあげて? 退屈しないように明日まで眠らせてあげるから」


 ダイアナの言葉に、皆プルプルと震える。なかなか強硬な手段でここに集めたようだ。

 エメルは透明な姿でそれらの上を飛び、スンスンと匂いを嗅いでいる。

 問題のある人間の上でエメルが合図する。結局場所の問題でそれらの人間と、町政に関与しているものをエントランスに残して、他は明朝集まるように指示して一旦部屋に戻す。ちなみにこの家に結界を張ったので、許可なく外に出ることは叶わない。


 そのあいだに私は領主の……祖父の来訪時に滞在する部屋で調剤しようと足を踏み入れたら、前回は飾られていた趣味のいい調度品が消えて、不可侵であるはずの祖父のための大きな寝台は誰かが使って乱れたまま。思わず額を押さえ、外にテントを張り、エメルと一緒にコリコリと薬草をすり潰した。



◇◇◇




 翌朝、予定通り全員に集合をかけた。

 ホークが皆の前に出て、常にない低い声で口火を切る。

「知ってのとおり、俺は領主、ローゼンバルク辺境伯の副官ホークだ。代官であるリードが統治できていないことを確認した。この屋敷の人間は辺境伯から給与を得ている。つまり辺境伯への忠誠の義務があるにもかかわらず、この現状を放置し、報告を怠った。全員クビだ。新たな代官を入れる」


 知らなかった人々の悲鳴が上がり、モーリスはじめ知っていた人々は無言で頭を抱える。


「そ、そんな! お父様はやがて元気になります!」

「そ、そうだ。それに、俺がリードさんを支えて……やがては代官になる」

 代官の娘カミラとルシアンが慌てて口を出す。


「あん? 代官は領主の任命だ。俺と会ったこともないお前がなぜなれる? 無礼にもほどがある」

「だ、だって、この土地をよく知ってるもんのほうが、代官に相応しいよな? なあ、みんな? ほらカミラだって頷いてる」


「土地を知ることなんぞ、数日あればできるが?」


「だって……お父さんのやり方は古いって……主流じゃなくて恥ずかしいって。俺ならば今の二倍町を大きくして、みんな贅沢できるって……」


 カミラがさも正論のように堂々と返答する。堅実に務めを果たす親がいるにも関わらず、その教えよりも恋する男の実績なき妄言を信じてしまうのか……恋って恐ろしい。


「皆の生活が改善することはお館様の願いでもある。だがな、お館様がこの街の税を国に払っているのだ。つまりこの街はお館様のもの。お館様の描くこの町の姿に運営することこそが代官の仕事。お前らのいう『主流でなく恥ずかしいやり方』はお館様の指示だ。恥ずかしいならばお前らが理想の町へ出て行け」


「い、いや、全部が古臭いわけじゃ……俺はちょっとだけ、アドバイスをしようと……」

 モゴモゴと説得力のない発言をするルシアンに、ホークがため息をつく。

「なあ、関所からこの町までの街道の整備や保安に一年間でいくらかかっているか? 言ってみろ? 女、お前でもいい」


「え……私にはそんなの……」

「お、俺はもっと、スケールの大きいことを考えてるんだ!」


「数字も持ってないやつからのアドバイスなんて、屁でもないな」


「あ、あの!四千万ゴールドあまりかと」

 昨日、代官の寝室で、デスクワークをしていたハリーが、堪らずとばかり口を挟んだ。

「ほら! 俺たちは役割分担してるんだ。俺は外交、こいつは内政」

 ルシアンは悪びれもせず笑った。

「ほお、貴族絡みの外交は俺の管轄だが? おまえ、どんな働きを?」

「まあ……おいおい、なあ」


「俺にはおまえは代官の娘のヒモにしか見えん。別にヒモでもなんでも好きにすればいいが、娘の稼ぎのヒモでなく、領の財布のヒモっていうのが許せるはずもない」


「あ、あんただって、権力使って、女を二人も連れてるじゃねえか!」

「あん?」

 ダイアナが縛りをきつくする。


「こっちの女は護衛かよ。じゃあ、茶髪の女が愛人か? 地味だけど従順なタイプなのか?」


 できる女性秘書二人の設定だったはずなのに、いつのまにかホークの護衛と愛人になってしまった私とダイアナ。思わず目を合わせる。


 モーリスとハリーから悲鳴があがった。

「や、止めろ! そのお方はクロエ姫だ!」


 ルシアンがびっくりした様子で私に振り返った。一応私の存在は知識として頭にあったようだ。


「へーあんたがお館様の……なあ、こんなおっさんじゃなくて俺に鞍替えしませんか? 俺のほうが楽しいこと一緒にできるぜ。それにもっとオシャレさせてやれる。社交に出ない引きこもりって聞いてたけど、よくみりゃ、結構可愛いですね! クロエ様、へへへ!」


「っ!」

 カミラが泣きそうな顔で、何故か私を睨みつける。

 そしてこれまでにない殺意をホークが噴き出している……。


「……もしかして、私を口説いてますか?」

「クロエ様の苦手なことは俺が補う! クロエ様は俺と結婚できる。ウィンウィンだ!」


「すごいわ……」


 どうやら社交に出ない引きこもりの私とお情けで結婚してくれるらしい。彼にとっていろいろ我慢してでもメリットがあるようだ。代官の娘から領主の娘に鞍替えだ。領主の娘相手に玉の輿の逆を狙っているのか? 私の薬が金になると思ったのか?

 前世、誰からも疎まれ嫌われ、役立たず扱いを受けたというのに、こうも望まれるとは……そのギャップに乾いた笑い声を上げた。


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