第109話 寄り道

 ホークとダイアナとエメルの四人で、天気がいい日は野宿をしたり、宿場町に泊まったりして、馬で領地に戻る。この顔ぶれに護衛は必要ない。随分と放置していた私の草の道標もまだ繋がっていた。


 祖父の元への最短距離にある領境に配備している私が作った結界を、ホークが手順どおりに解いて越え、ローゼンバルクに入る。他者はもちろん関所でチェックを受けなければ通れない。


「ふーう。ようやく気が休まりますね。クロエちゃん、一気に屋敷に戻る?」

 休みなく馬を走らせれば、日付けが変わる前に我が家にたどり着くだろう。


『緊急の仕事が入ってなければペースを落とせ。馬に疲労が溜まっているよ』

 エメルが上空から声をかけてきた。馬の足取りに疲れが見えるのだろう。


「クロエ様、レナドに寄ろう。領内の町や村に顔を出すのもクロエ様の仕事のうちだ」

 ホークがしんがりから大きな声で叫ぶ。


 レナドは領境に最も近い町だ。幼い頃は立ち寄っていたが、体力がついた最近は一刻も早くおじい様とお兄様に会いたくて、一目散に帰っていた。


「もちろんいいけれど、何かあった?」

「草の報告では、代官の娘に二人の男が求婚し、どちらに付くかで町が二つに割れてるそうだ」


「……ホーク、代官は世襲じゃないよね」

「世襲ではないが、その地に住んでいる者の方が都合が良くて、まあ、代官の子どもは教育の機会に恵まれ他よりも計算などができて、親の仕事を見て育っている。ゆえに世襲のようになってる部分もある」


「一人娘……あ、あの黒髪の綺麗な…… 彼女は代官になれそうな器なの」

「いや、代官になりたいのはその求婚者だな。娘は代官の勉強をしているという話は聞いたことないな」

「ふーん。父親である代官は、もう引退する年頃? リードさんだったっけ? まだまだ働き盛りだったような?」

「そう。40代なので、あと10年はいけるはずだ」


「自分をめぐって二人の男が争う……古い恋愛小説みたい。彼女はどう思ってるのでしょうね。どっちにしろそれを放置している自体、暇人ね」


 ダイアナが馬のスピードを落としながら鼻で笑った。

 レナドは国境に近いため、交易や宿場で他よりも裕福だ。

 ダイアナは自分よりも労働時間の短い人間に厳しい。しかし娘が代官の仕事を覚えていない……興味がないのは、別の修業をしているとか他の事情があるのかもしれない。早合点はよくない。


「とりあえず様子を見ればいい?」

「ああ。俺も久しぶりだからな」


「じゃあ、ダイアナ、寄り道するって、おじい様に紙鳥を」

「はい。直ちに」


 私たちはレナドに向かった。




 ◇◇◇




 門番はホークの顔を知っていて、顔パスで街中に入る。

「へーえ、賑やかな街ね」

 ダイアナはレナドは初めてらしい。

 大通りの商店の店先に品物が潤沢に並んでいる。ぱっと見た限り適性価格だ。


「真っ直ぐ代官の邸に行く?」

「ああ。門番から連絡が行くだろうからな。あまり事前に準備をさせたくはない」


「ホークさんは抜き打ち好きなんですね〜」

 ダイアナの言葉に、昔、ホーク、兄、ニーチェとダンジョン調査のためにトトリを訪れたときを思い出す。あの時も抜き打ちだったっけ。そして卵のエメルと出会った。


「ふふっ、ホーク、今回も私のおとうちゃんなの?」

「いや? クロエ様はもうちっこい子どもじゃないからな。でも敢えて自己紹介はしないでいい。クロエ様を見て、お館様の娘だと気がつかないならばちょっと問題だな」

「私たち、ホークさんの美人秘書二人ってことでいけるんじゃないかな〜」

「ダイアナ、自分で美人って言った!」


 私の容姿や歳の頃、現在学校に通っており、たまに王都と行き来していることは秘密ではない。それにこのあたりの領境の結界のために二年前に二週間ほどここの宿に泊まっていた。その時、代官リードとその家族には一度顔を合わせている。まあ、挨拶は全部ゴーシュ任せだったけれど。


 街中を馬を下りずに走る私たちはちょっと目を引く。そして、顔の売れているホークを見て、皆「査察か……」と複雑そうな顔をする。




 ◇◇◇




 五分ほどで代官邸に付いた。私たちは馬をさっさと繋ぎ、真っ直ぐ玄関に向かい、ホークが勝手にドアを開ける。本来ならばノックしてここの使用人を呼び出すのがマナーなのだろうが、結局この屋敷も祖父である領主が貸与しているもの。問題は……ない。場慣れしたホークにダイアナと二人、ついていくだけだ。


「勝手に押し入るとは何事……ほ、ホーク様!」

 中年のベテランのような使用人があわあわと頭を下げる。それにホークは手をヒラヒラと振って、ズカズカと代官の書斎にまたもやノック無しで入った。


 奥の代官の椅子には派手なオレンジ色の髪の男がドカリと座り、その前のソファーに座る、黒髪の女性と何やら話していたところだったようだ。


「おい、ここは代官室だぞ! なぜ勝手に入ってくる! 出ていけ!」

 庶民にしては華美な装いの、役者のような顔立ちの男が、芝居のような身振りをつけて大声で言った。


「ルシアン殿、こちらはホーク様、ローゼンバルクのお館様の片腕のお方ですよ」

 私たちについてきた、先程の使用人、代官屋敷執事モーリスが冷ややかに事実を告げる。


「え……」

 娘が手を口に当てて目を見開いた。


「あ、なーんだ。そーなんですか。俺はルシアンです。いや、お会いできて光栄です。さ、どうぞ、ソファーにお座りください」

 代官の椅子から立ち上がる素振りもみせず、彼は私たちに座るように勧めてくれる。ホークは無表情のまま尋ねる。

「リードはどうした」


「あ、あの、リードさんはちょっと病気で……なあ、ティア?」

「そんな報告受けておらんが?」

「いや、最近なもんで……」

「リードに会う。どこだ? 案内しろ?」

「えー! お客様に会える状態かなあ……何か御用なら俺が……」


「おい!」

 ホークがモーリスに向き直ると、モーリスは深々と頭を下げて、道案内をはじめた。


 二階に上がり奥の部屋に入ると、そこは薄暗い寝室で、痩せ細った男がベッドに横たわり、その横の文机で、若い男がカリカリと書き物をしていた。


 突然の侵入者に若者は目を細めたが、ハッと表情を変えて、

「ホーク様!」

 慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「リードを起こせ!」

「……はい」


 若者が病人の体を何度も揺すると、病人はうっすら瞳を開けた。

「……ホーク様……」


「どういうことか、事情を話せ」


「ホーク様、私が代わりに……」

「俺はお前が何者かも知らん。あとだ。報告は代官の義務だ」

 若者は唇を噛み締め一歩下がった。


「申し訳……ありません……急に……体調がおかしくなって……ご連絡する間もなく……」

「具体的に」

「先月の中旬頃から……起き上がれなくなり……食べても戻し……」

「代官の務めは?」

「そこなるハリーがなんとか……」

「下の代官部屋にいた、頭の悪そうな男は?」

「……ルシアンかと。娘と付き合っているそうです」

「お館様への連絡くらい、家族でも指示できただろう。なぜ怠った?」


「あのっ、この程度で連絡などしたら、評価が下がる……とルシアンがお嬢様を説き伏せたようで……」

 たまらず、といった風に若者が後ろから口を挟んだ。


 急に体調がおかしくなった、か。


「ホーク」

 私が声をかけると、ホークは私に場所を開けた。


 私は黙ってリードの手首から脈を取り、顔に手をあてて眼球と瞼の裏を覗き込む。顔色は黄色い。前世の私が……調べ尽くしたよく知る症状だ。


「……く、クロエさま? ああ……」

 リードは私を見て、申し訳なさそうに、顔を歪めた。私は労りを込めてリードの頰をそっと撫でた。


『こいつ、まだ頭はなんとか動いてるようだな。アジロの葉の露を飲んだ割には』

 姿を消しているエメルがズバリと言い当てる。


「姫さま?」

「内臓が機能障害を起こしてる。解毒薬作るけど、もう元通りには働けないでしょうね。この屋敷の者、全員捕まえなさい」


「かしこまりました」

 ダイアナが部屋を出た瞬間、屋敷中から悲鳴が上がる!


「あなたもよ」

 私は隣に立ち尽くす男にも草縄をかけて縛り上げる。


「〈草魔法〉……」

 この男にも、私が何者かわかったようだ。


「クロエさま……つまり……」


「リード、あなたは毒を盛られたの。それも一度きりではなくて毎日ね。だから、屋敷の人間を捕らえた。いい?」


「……畜生」

 リードは右手で顔を覆った。


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