第107話 和解

 今回の……二年生前半の学校滞在は大きなトラブルなく終わった。多分。


 明朝領地に出発するので、ホークと共に神殿に挨拶に来た。


 神域に、リド様とアーシェルと私、少し離れたところにホークとリド様の付き人。


「リド様、寝る前にほぼ毎日、魔力を与えているとお聞きしましたが?」

「やっぱりさ、反応があると嬉しいでしょ? ついついね」

「お気持ちはわかりますが、リド様が倒れてしまっては元も子もないです。せめて二日に一度にしてください」

「えー!」

「魔力量、それだけ枯渇されたならば増えたのでしょう? だったら、一日おきでも前よりも多く魔力を渡しています。無理は禁止です。そちらの神官様? クロエがそう言っていたと大神官様に伝えてください」

「クロエ〜〜〜〜! 大神官に告げ口は卑怯だぞーーーー!」

「では、アーシェルも魔力を……そうね、今日は二分渡しましょう」

「え? でも……」

「今日は私がいるから、もし倒れても薬でなんとかします」

「わかりました」


 アーシェルが、今まで見せた事のない優しい表情をして卵を抱きしめ目を閉じて……時間になると、そっと台座に戻した。


「アーシェル、体調は?」

「気だるいけど、このくらいならば倒れないよ」


 アーシェルも師による指導のおかげで魔法のレベルも魔力量もますますあがったのだろう。

「成長したのね……よかった。今日の魔力供与はこれでおしまいです。リド様いいですね!」

「はーい先生!」


『うん、これまでは生きるのに精一杯だったが、少しずつ、成長のほうに魔力を使う余裕が出てきたみたいだ』


 卵の台座に居座っているエメルの言葉に無言で頷く。


「卵、とても良い状態を保ってます。ところでリド様、この神域は冬は寒いですか?」

「まあ屋外だから。冬はあっちの泉は凍るよ」


 エメルはあまり寒さに強くない。卵のときはずっと私と一緒に冬は室内にいた。この卵のドラゴンの性質はどうかわからないけれど、念には念を入れておこう。命がかかっているのだ。


「リド様、卵、室内に移すことを提案します。ドラゴンといえどまだ体温調節が上手くできないはずです」

「そうなの?……どうしよう……」


「神殿の作法はよくわかりませんが、ここのような仮の祭壇を室内に設けることはできませんか?」

「いや……クロエがそう言う以上、するしかないよね。あーでも、ここのことも卵のことも、極一握りの神官しか知らないことなんだ。身内の恥を晒すけれど、バカな神官に知られたらどうなるか……王家にもバレたくないし……」


 確かに、事の重要性をわかっていないバカな神官が卵を弄んだら? 逆に重要性がわかってるからこそ、盗んでどこかに連れ去る神官がいたら? 悪いやつはどこにでもいる。〈光魔法〉で守られた神域から卵を出すことは難しいか……。


「あ、あの!」

 アーシェルが珍しく声を上げた。リド様が右眉を器用にあげる。

「なんだ、アーシェル」

「こ、ここを、建物で覆ってはいかがでしょうか?」

「……なるほど。しかし、この神域に大工を入れるのは、ちょっとな……」

「そ、それで、全て事情を知っている、辺境伯様に頼っては? 辺境伯様の魔法ならば……」


 アーシェルが、おじい様を……頼った。頑なだったアーシェルが、解決する方法を考えて、〈木魔法〉である祖父の存在に行きあたった。……進歩だ。


 リド様がはあ、とためいきを吐いた。

「アーシェル。いい考えだがそう簡単に、大きな権力者に神殿として借りを作るわけにはいかん」

「そう……ですか……」


 アーシェルがしょんぼりとうなだれた。せっかく勇気を振り絞って発言したのに、あと一歩考えが及んでいなかったから。リド様も卵を見つめて考え込んでいる。二人とも、卵のためになんとかしたいと思っている。


 二人とも自分の魔力を捧げているのだ。毎日気にかけているのだ。そしてここ数日ようやく反応があったのだ。情が湧くのは当然のこと。その気持ちはよくわかる。

 同志として手を貸すこと、やぶさかでない。


「アーシェル、私もとてもいい考えだと思う」

「クロエ、勝手に辺境伯に頼んだりしないでよ? こっちにもメンツが……」


 話途中のリド様に向かってニッコリ笑った。私には助けることが出来る。


「ここ神域には樹齢1000年越えの素晴らしい樹々がたくさん。社を作るくらい造作もない」


「クロエ、君、もしかして……」


 私は立ち上がり、台座前の地面に両手をつき、一気に魔力を流す。

「成長! 形成!」


 神域の古木の根が張り巡らされている地面から、一気に木の幹が成長し、石の台座を取り囲むように簡易の社を組む。私の〈木魔法〉のレベルは低いので、詠唱し、丁寧に魔力を整える。そして生い茂った枝葉が屋根になるように、草を出して縛り付け、機密性を高めた。


「この冬を越すぐらいなら、これで十分でしょう」

 両手をパンパンと叩いて土を払った。


「クロエ……君、〈木魔法〉も使えるの?」

 立ち尽くしていたリド様が呆然とした表情で問う。


「内緒ですよ。と言ってもレベル低いのでバレても問題ありませんが」

「草に土、その上、木? ありえないよっ」

「草と木は馴染むんですよ。それにかっこいい祖父の真似をしたいって気持ちはリド様もわかるでしょ?」

「わかるけど……ああっ! もういいや! ありがとう!」

「どういたしまして。霜が降りるようになったら〈光魔法〉で室温を上げてください」

「まずい……どんどんクロエに借りが膨らんでいく……」

 リド様は小さな社にペタペタと触れて、作りを確かめながら呟いた。


「ふふふ、では、次回こっちに滞在したときに、何か美味しいものをご馳走してください」

「質素倹約を旨とする神官にそんなこと言うの? ……いいよ〜! クロエの接待っていう名目で豪遊しよう」


 そう言いつつも、それが現実には起こりえないことなど互いにわかっている。リド様は易々と市井に降りられる立場ではないし、私も何より目立つ真似はしたくない。わかった上での言葉遊びだ。


「クロエ様」

 ホークに声をかけられて、日が傾いていることに気がついた。卵のそばに行き、小さな声で話しかける。

「ドラゴンさん、〈魔親〉の二人だけでなく、私とエメルもあなたと会えること、待ってるからね」


『俺もまだクロエのそばを離れられんからローゼンバルクに戻るが……度々様子を見にくる……生きのびろよ』


 前回、逗留していたときに教えていただいた、見習い神官のやり方で祈りを捧げ、立ち上がると、

「あ、あの!」

 唐突にアーシェルから声をかけられて振り向いた。


「卵のために……ありがとう、姉上」

「っ!」


 息が止まるかと思った。

 自発的に姉と呼んでくれるのは……私が五歳の適性検査以後初めてだ。

 私はアーシェルの姉に……戻ったのだ……戻れたのだ。


「……どういたしまして」

 私は涙を堪えて、笑った。笑顔の私を覚えていてほしいから。


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