第106話 実技テスト
ザックはダイアナからタンポポ手紙で数学や物理の課題を出され、解いて返却し採点され……教授の授業に興味があると思われてもおかしくないくらい実力がついたら、授業に潜り込むことになった。
私が書斎で王都の帳簿をホークと確認している横で、ダイアナが熱心にザックへの問題を作っている。エメルはバルコニーで月を眺めている。神域に想いを馳せているのだろうか?
「ダイアナ……ザックの指導が出来るほど勉強できるなら、カンニングする必要ないんじゃ?」
「……クロエちゃん、ザックへの指導は仕事だからやってるの。学校のテストでいい点取ることは業務じゃないもの」
「そ、そうなんだ」
ホークを見ると、肩をすくめて見せた。
「まあ、焦ってもしょうがない。準備ができ次第潜り込ませよう」
「でも、ちょっと心配……」
「クロエちゃん?」
「あの、サザーランド教授はね、なんというか……人を意のままに操るのがうまいのよ」
「それは、魔法でってこと?」
「魔法かどうかはわからない……ただの話術かも。とにかく、教授のために頑張ろう。教授のためならばなんでもしてあげたいって気分に乗せられるのよ」
真っ直ぐな性格のザックは大丈夫だろうか?
「一種のマインドコントロールですね。その手の暗示は、素直で単純なものほど陥りやすいし抜けにくい」
「それ、まんまザックじゃないですか……」
ダイアナの言葉に私もホークもため息をつく。
「10代なんてみんなその程度のもんだ。ザックから教授とのやり取りをまめに聞き取って、一緒に客観的な視点で見ることができるよう、訓練するしかない」
「そうなると、やっぱりタンポポ便だけでは不可能ですね。でも密会と思われると、教授にもケイトにも怪しまれるし……」
ダイアナとホークの会話を聞きながら、前回の自分を振り返る。
素直で単純……まさに私がそうだった。そして……孤独だった。あの頃の私に相談できる誰かがいれば……。
ザックには、頼りになるお父様がいる。ケイト様との仲はどうなるかわからないけれど。そして私たちもいつでも相談に乗れば、私ほど完璧に心酔することはないはずだ。
「ザックがうちに修行に来てるのは特に秘密でもないしな……とりあえず、ニーチェと〈仮契約〉中で、しょっちゅう顔出しているってことにするか」
〈仮契約〉は師弟契約のいわゆる口約束だ。〈本契約〉はお互いを縛り付け、解除することができないので、〈本契約〉を結ぶ前に相性を見るというのは珍しいことではない。
「ニーチェ、レベルは?」
「先日、80超えましたよ」
「すごい!」
「ニーチェさん、やるーぅ」
「ニーチェは結婚がいい方に出たな」
ホークは部下の成長を心の底から喜んでいる。羨ましさなど見当たらない。
「〈水魔法〉80、弟子をとっても十分なレベルだね。じゃあ、双方に話を通して、それを理由にうちに出入りする旨を、関係者に周知するようザックに言っといて」
「主に、ケイト様に、ですよね」
「そう。色恋沙汰に巻き込まれてる暇なんてないんだから」
「レベル上げのためって言っても、納得しないかもしれませんよ? 彼女はザックを商人にしたいようだし」
「ダイアナ、実際潜らせる前には、紙でも契約させておけ」
「了解いたしました」
教授について、何か、私に見えなかったものが発見できるといいけれど。
◇◇◇
ペーパーテストは無事に終わり、週明けて、実技テストとなった。
今回は学内のフィールドにて模擬戦である。3、4組合同の適性魔法を使ったマンツーマン対戦。ダイアナと戦おうと思ったら、対戦相手はくじ引きだった。
「クロエちゃん、やりすぎないでよ。で、目立っちゃダメ」
「ダイアナこそ……でも負けちゃダメよ。ダイアナはローゼンバルクなのだから」
「……なるほど」
ダイアナは3組の背の高い男子生徒が相手だった。審判の笛がなった途端、彼はレベル40あたりの水の渦を頭上に発生させ、ダイアナ目掛けて飛ばしてきた。〈水魔法〉だ。
一般的に考えて、〈水魔法〉は〈紙魔法〉に有利だ。なかなかの大技を女子相手にぶつけてきたので、ギャラリーから悲鳴が上がる。
腫れ物扱いの私の従者ということで、手加減不要と思われたのか? まあ実際不要なのだけれど。
同じ適性のザックが興味津々で見学し、それをケイト様が見つめている。
紙盾でも使うかな? と想像した。ダイアナの紙ならば、あの程度の水くらい跳ね返すだろう。
しかしダイアナは、一枚の紙を取り出して、先を尖らすように折って投げただけだった。それは恐るべきスピードで、一瞬で男の首元に到着した。首筋から、一滴の血が流れる。
「うわあああああ!」
男子生徒は悲鳴を上げてお尻から地面に落ちた。それと同時に、ダイアナまであと一メートルに迫っていた水の渦はかき消えた。
「勝者、ダイアナ!」
ダイアナはくるっと対戦相手にも審判にも背を向けて、私の元に戻ってきた。
「クロエ様、ご期待にそえられましたでしょうか?」
私がローゼンバルクを背負っているというようなことを言ったのを、極めて真摯に受け止めてくれたようだ。
「よく考えたらダイアナの紙鳥は数時間で大陸を横断するものね。あのスピード納得だわ。無駄がなく美しかった。大いに満足よ。兄に伝えましょう」
「ありがとうございます……ふぅ〜」
ダイアナが大袈裟に息を吐いて、ニヤリと笑った。
それから数試合観戦した。ケイトさんはここの単位は捨てたのか、開始数秒でギブアップしていた。
ようやく私の番が来て、前に出ると、同じクラスの交流のない女性だった。クララさんだったか? 彼女は私を見るなりブルブルと震え、涙目になった。
「あちゃー……」
ダイアナの呟きを耳が拾う。全くだ。なんだか……弱いものイジメみたいで嫌なんだけど……。
でも、手加減すると舐められる。先ほどダイアナに言ったように私たちはこの王都でローゼンバルクの看板を背負っている。出来ることはダイアナと同じく素早く終わらせることだけだ。
「ピッ!試合開始!」
笛が鳴った途端、右足をタップしてフィールド場の植物に魔力を送り、審判が点数をつけやすいように詠唱する。
「捕縛」
慣れているエメルほどは網目が均一でなかったけれど、あっという間に草が編み上がり、その網が全方向から伸びて、彼女を包み込んで捕まえた。
「ひっ!」
彼女は小さく息を呑んで、しゃがみ込んだ。どこも怪我は……させていない。
「以上です」
「ピー!勝者、クロエ」
網をさっと枯らしてダイアナの元に戻る。
「……面倒な相手でしたね。胸を借ります!的な突っ込んでくる相手のほうがよっぽどマシ」
ダイアナの言葉に苦笑していると、高いところから視線を感じた。気配を辿って仰ぎみると、校舎の四階あたりで、既に誰もいない。
「……見つかりましたか?」
「わからない」
「予定通り、明後日帰りましょう」
「うん」
あれが教授だったとして、授業で見られる分はしょうがない。私は学生で、教授はこの学校の職員なのだから。
私は気を引き締めて、木の影に、校舎側から死角になるよう移動した。
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