第103話 登校

 いよいよ明日から再び学校ということで、領地からダイアナがやってきて、ミラーとバトンタッチした。


「クロエ様、思い詰める必要ないから。クロエ様が楽しいと思う未来を選べばいいんだよ?」

「ミラーってば、何当たり前なこと言ってんの? ねえクロエちゃん? ほらミラー、引き継ぎしましょ?」


 ミラーとダイアナはじめ、兄の側近たちは仲がいい。ローゼンバルクに尽くす兄に全幅の信頼を寄せ、慕っているという共通点が彼らを繋いでいる。


「あれ、今回は付き添いゴーシュじゃなくてホークだったの?」

 ホークがおじい様のそばを離れるなんて珍しい。


「クロエ様、俺よりゴーシュがよかったわけ?」

「そんなわけないでしょっ!」


 ホークは結局のところ、私の理想のお父さんなのだ。いや、おじい様に惚れ込んでいるのだからお母さんなのか?

 ホークもベルンも、トラブルメーカーのゴーシュも愛しているけれど、ホークとだからこそ、遠慮せずできることがある。


「しばらく王都の屋敷の面倒を見るように言いつかってきた。ベルンのかわりと思ってくれればいい」

「まだベルンさんはマリアから離れられないだろって、ホークさんが手を挙げてくれたんだよ。まあホークさんの代わりにもなんないけど、一応内政周りはデニスも頑張ってるしさ〜」


「なるほど。ホーク……ありがとう」

「……ふふふ、クロエ様の面倒を見るのは俺にとってご褒美だよ」

 ホークは私の額にチュバッとわざと音を立ててキスをした。



 今回の学校の登校はおよそ二週間。筆記及び実技のテストだ。

「え、ホーク、行き帰りの送迎までしてくれるの?」

「ああ。ギリギリまで俺がつく」

「ベルンもそこまではしなかったわよ」

「状況は刻一刻変わる。クロエ様、本当は学内まで押しかけたいくらいだ」


 祖父からサザーランド教授のことをどの程度聞かされているのだろう。

「クロエちゃん、エメル様も神域の卵につきっきりでしょ? 私たちみんな、学校に楽観視してないよ」


 ダイアナとホークの真剣な表情に、固まった。

「……慎重に行動するよ」

「約束だぞ? クロエ様」



 ホークと別れて校門を入ると、ダイアナの元に彼女の高レベル〈紙魔法〉である紙製の蝶……〈式神〉が戻ってくる。紙鳥と似ているが、紙鳥は伝達のみだが、式神は術者の命令に沿ってある程度自由に動くのだ。

 三匹の蝶から何かを読み取ったダイアナの歩む道を、さりげない会話をしながらついていく。最も安全なルートなのだろう。

 何事もなく……教授にもドミニク殿下にも、ガブリエラ嬢にも会うことなく……2年4組の部屋に到着した。


 入るなり、教室がざわりとする。これは致し方ない。前回の実習以来の私とダイアナの登場だ。私は小さく会釈して自分の席に行き、これまたしょうがないことであるが、埃かぶっていたために、私とダイアナの席を低レベルの〈風魔法〉でキレイにする。


「クロエちゃんありがと〜」

「どういたしまして」


「クロエ様!」

 ザックがまあまあ大きな声をあげた。体つきが一回り大きくなり、ずいぶん日に焼けている。夏のあいだ、特訓したのだろうか?


「お久しぶりです。お元気そうですね」

「はい、あ、あの、おね、お願いが」

「はーい! クロエちゃんへのお願いは、私を通してくださーい」

「ダイアナ……おまえ……はあ……」


 ダイアナの背後から教室内を見渡すと、ケイトはお友達と楽しそうに話しながら、ザックを窺い、カーラは自分の席で静かに手元の本を読んでいた。


 すぐに教師がやってきて、早速試験に移った。ダイアナは真剣な表情で私の答案をカンニングしていた。彼女にとって、ここでの学びは全く興味がないらしいから……いいのか?


 二教科終わると昼休みとなり、私とダイアナはお弁当を持って、早々に教室を出る。いつもの中庭に腰掛けると、ダイアナがテーブルにお弁当を広げてくれた。


 気の早い木々は、紅葉をはじめていた。

「さあ、クロエちゃんどうぞ!領地でマリアさんに仕込まれたので、味は保証します!」

「……今日のお弁当、ダイアナが作ってくれたの? すごい!」

「王都の屋敷の料理人も美味しいけど、ローゼンバルクの味付けではないでしょう?」


 そうなのだろうか? 私は6歳まで、ろくな物を食べていないから、大体のものはなんでも美味しくいただいてしまう。味の違いで気になるところは、毒か薬か、それだけ。


「ありがとう。でも、できるときだけでいいよ。それに料理人の仕事を奪っちゃだめ」

「はーい」


 丸いパンに塩味の鶏肉が挟んであるものを食べる。美味しい。確かにこのハーブはローゼンバルクの大地の味だ。


「確かに……故郷の味だわ。しばらく帰っていないから嬉しい」

「よかった〜へへへ。ん?」


 ダイアナが何かを察知し、自分の後ろを振り向く。一人の少年がこちらに向けてやってきた。この空間には今私とダイアナ二人。私に用がある?


「どちら様?」

 ダイアナがスクッと立ち上がり、彼と私のあいだを塞ぐ。


「ふふふ、ひどいなクロエ、私を不審者扱いなんて。まあでも、この仕様がクロエを騙せるほど上手くいってると思えば楽しいね」


 ダイアナの肩越しに見る制服を纏った少年は、こげ茶の髪に、黒縁メガネ。その奥の瞳も茶色。どこでも出会った記憶がない。しかし、この声はよーく知っている。


「……リド様?」

「せいかーい!」


 私がダイアナに目配せをすると、さっとダイアナは脇に避けた。

 私が挨拶をと立ち上がり、スカートを摘もうとすると、リド様が手で制止する。

「やめてよ。目立ちたくないからこんな扮装してるのに。ましてここは何人も平等な学校でしょう?先輩?」


 私は肩をすくめて、彼に椅子を勧めた。彼は遠慮なく座り、私もそれに続く。

「うわ、美味しそう。食べていい?」

「どうぞ?」

「はあ……神殿のものよりも味がしっかりついてて美味しいよ」

「それはよかった。ダイアナ、リド様にもお茶を」

「はい」

 ダイアナは名前だけで全てを察し、友達から出来のいい私の従者の顔になる。


「いつもそのように変装して登校しているのですか?」

「うん。そのままだと煩わしくてね」

 まあリド様は神がかった美少年だ。実際神がバックについている。


「付き人は?」

「いないよ。この小さな箱庭でくらい、一人で生き抜けずどうする?という祖父の考えでね。神殿には私の代わりは案外いるんだ」

 大神官様、思ったよりもスパルタらしい。


「でも、髪はカツラですか?瞳はどうやって色を変えているのですか?」

 リド様の瞳は思わず跪いてしまうような、鮮やかな黄金。


「ああ、〈色魔法〉だよ」

「〈色魔法〉……」

「普通は物体や、自分自身の色を自在に変えるものだけれど、高レベルになると、他人の色にも干渉できるようになる。神殿にそんな便利な神官がいてね。このおかげで私は地味に学生生活を送っていられる」


 自分の正体を知られることなく、この貴族社会の縮図とも言える学内を観察しているのだ。悪い人だ。

 それにしても、〈色魔法〉は瞳の色まで変えられるなんて……かつて教授の下に集った仲間を思い出す。


「それでは私なんかに声をかけない方が良かったのでは? 試験が終わればご挨拶にいきましたのに」

 私はとっくに悪目立ちしている。


「本当はそうなんだけどね。どうしても欲求に突き動かされてさ? クロエ、とうとう、とうとう卵が動いたんだ!」


「……まあっ!」


 私は思わず手を伸ばし、リド様の手を握りしめた。

「おめでとうリド様!」


「もう、嬉しくって嬉しくってさ! これまで10年あまり、いろんな卵に魔力を渡してきた。初めて……初めて反応があったんだ!」

 リド様は年相応に破顔した。


「不安ですものね……わかります。魔力が吸い取られる以外なんの感触もないと、中で生きてるのか死んでるのか? 自分のやってることは孵化の手伝いになってるのか無意味なのか? 私も悶々としました」


 その悶々とした時間は私は二年間。リド様は十年? 私ならば心が折れていたかもしれない。リド様は、華奢な体つきとは反して、強靭な心をお持ちのようだ。


「クロエならばわかってくれると思ったんだ! 卵のおかげで魔力量もじわじわ増えているし、譲ってもらった秘伝の書のおかげで、神殿と違うアプローチで〈光魔法〉の成長を実感してる。クロエとアーシェルを遣わしてくれたこと、神に感謝だ!」


 リド様がヤボったい格好に反した、洗練された祈りを捧げる。


 私とアーシェルは神によって、リド様の前に誘導されたのだろうか?

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