第102話 仲間
「側に行っても?」
「もちろん。いらっしゃい、クロエ」
大神官に許可を得て、ドラゴンの卵のそばに近づき、マジマジと見つめる。前回から何も変わっていない……いや光沢はそのままに、うっすらグリーンに発光している気がする。エメルの魔力をこっそり仕込んだからかもしれない。
「クロエ、ではローゼンバルクのドラゴンを孵した方法を教えてもらえるかい? これまでの伝承されてきた方法にとらわれている場合ではないのだ」
私はコクンと頷いた。
「実は私はこのような草網の中に卵を入れて、一日中ずっと抱いたり後ろに背負ったりして過ごしていました」
私は周囲の草をさっと編んで、幼い頃のようにそれを体に巻きつけた。そして、足元のちょうどいい大きさの石を、卵に見立てて胸元に入れた。
「出会った時の卵は飢えていて、私の魔力を吸えるだけ吸っていました。私はしょっちゅう魔力枯渇を起こして倒れました。おそらくこの卵も同じ状態だと思います」
本当は倒れはしなかったけれど、私の魔力量を悟らせたくない。
「ですので、最初は就寝前に抱いてやるのがよろしいかと。翌日お務めがないときは、少し長めに」
「卵に魔力を浴びせるのではなく、直接抱くのか? 卵に触れるなど……」
リド様が大神官様と目配せする。神殿の解釈では神聖すぎて触れてはならぬモノ、なのかもしれない。しかし、私が卵を抱っこすることは、母なるガイア様に認められているのだ。
「直接触れたほうが、魔力が大気に漏れず全て無駄なく吸収してもらえます。卵の飢えが落ち着き、毎日キチンと魔力をもらえるとわかってもらえたら、吸引を手加減してもらえるようになります」
「え、卵の中でも自我があるのか?」
「ドラゴン様には卵の中だけでなく、親ドラゴンから引き継いだ記憶が延々とあるそうです」
「一度……抱いてみるしかないと思うのですが?」
リド様が大神官を仰ぎ見ると、大神官は一拍置いて、頷いた。
私は、とりあえず、リド様に草網を巻きつけた。落っことしては大変だ。
「やがて、リド様の使いやすい、キチンとしたものを仕立ててくださいね。あ、座った方がいいでしょう」
私は抱っこしたまま農作業していたけれど、他の人にはおそらく無理だ。
お付きの神官が、どこからか椅子を運び込んだ。
「今日、リド様、このあと本当にお仕事ないですね?」
リド様はコクンと頷き、椅子を石の台座の正面に置いて座り、両手を伸ばして慎重に卵を掴む。そして懐の草網にそっと入れた。
「……リド、どうだ?」
「どうって……え? ええっ? うわあ! 持っていかれるっ!!」
リド様は必死にグラつく体から卵を落とすまいと卵を抱きしめる!
時間にして数分、そうしていたが、やがて、目の焦点が合わなくなり、背もたれにクタリとよりかかって、目を閉じた。
「リド!!」
大神官が慌てて駆け寄り、リド様の首筋に手を当てて様子を見る。
「魔力切れだ……」
私は大神官にポケットから薬を二本取り出して渡す。
「透明なほうは気付け薬で、黄色いほうは速攻性の栄養ポーションです。今すぐリド様の無事と証言を確認したければ、口に流し込んでください」
「飲ませなかったら?」
「多分丸一日寝るだけです。そして、魔力量が少し増えます。魔力量は枯渇することで容積を増やしていくのです。これは、私の〈魔親〉としての実体験による法則なので、他言無用でお願いします」
大神官は感心したように呟いた。
「幼少期から枯渇するほど魔力を渡してきたから……クロエは……なるほど。リドの最優先の仕事はこの卵の孵化。特に急ぎの仕事はない。せっかく魔力量が増える機会だ。このまま休ませよう」
私は大神官の判断に頷いたのち、声をかけた。
「では、アーシェル、こっちに来て」
アーシェルが目をまんまるにさせたまま、小走りで駆け寄った。
「リド様とアーシェル、二人が共倒れになったら困るので、アーシェルにはキッチリ一分だけ抱いてもらい、台座に返しましょう。アーシェルはそのくらいなら倒れないはずよ」
「わ、わかった……わかりました」
私はもう一つ草網をこさえて、今度はアーシェルに巻きつけた。アーシェルは恐る恐るリド様の胸から卵を取り出して自分の網に入れる。
「……ひっ!」
卵が違う煌めきを放つ!
「今のは?」
大神官に厳しめの言葉をかけられた。
「きっと〈風魔法〉が入ったので、卵がびっくりしたってとこです。はいアーシェル、時間。台座に戻して!」
アーシェルは慎重に卵を網から取り出して、そっと台座に戻した。ふう、と両手を膝に置いて、深呼吸している。
「……アーシェル、体調はどうだね?」
「大神官様……例えるなら先生と全力で〈風魔法〉の特訓をしたあとの疲労感……です」
「もうちょっと魔力を渡しても、動けそう?」
「いや今は無理……慣れたらもう少し渡せるかもしれないけれど……」
無理は禁物だ。私は頷いて、卵の様子を見る。
黄緑に光る卵の殻に、白い渦のような紋様ができている。
「これが〈風魔法〉の魔力を入れた証ね……アーシェルも〈魔親〉になったわ」
アーシェルが食い入るように卵の模様を見つめる。
「クロエ、本当に〈光魔法〉のドラゴンになるだろうか?」
大神官からの問いに考えるフリをして、頭上のエメルに確認した。
「見たところ、今日卵が吸収した魔力はリド様から4分の3、アーシェルから4分の1といったところです。これまでの蓄積分もありますし、この割合を崩さなければ、〈光魔法〉メインで〈風魔法〉も愛するドラゴンになるでしょう」
「それにしても、これまではリドが倒れることなどなかったことからして、全く孵化には量が足りていなかった、ということのようだな? このままいくと、いつ孵化するだろうか?」
「私は毎日抱いて二年かかりました。リド様とアーシェルは一日おきとして……でもこれまでの蓄積もありますし、やはり同じくらいではないでしょうか……」
「二年後……ふふ、これまでずっと待ってきたのだ。あと数年くらい、なんてことはない」
大神官はふっと、脇につんである、石化した卵を見た。ひょっとしたら大神官も若い頃、卵に魔力を与え続けていたのかもしれない。
「とりあえず、生きていることが分かっただけでめでたい」
そう言って微笑んだ大神官の表情に、嘘はないように見えた。
「僕も……役に立ったの?」
体を起こしたアーシェルが、おずおずと聞いた。
「きっとドラゴン様が生まれたら、リド様とアーシェルに『おはよう』って一番にキスするわよ?」
「……そっか……ふふ」
アーシェルの浮かべた微笑みに、私は目を見開く! そして胸から涙が込み上げてくるのを無理矢理押し込める。アーシェルはここで笑えている。
大神殿で生きることが、きっとアーシェルの幸せだったのだ。
皆を微笑ませる卵……生命の息吹は素晴らしい。
◇◇◇
その後も私は、王都滞在中は約束通りリド様とアーシェルが卵と触れ合う時間に招かれて、二人の体調や心情を聞いて自分の体験を話したり、エメルの感じる卵の成長具合を伝えたりした。
私たちはいわば卵仲間になった。
それぞれの思惑はあるものの、卵に無事孵化してほしいという願いだけは皆共通していて、お別れの時には、リド様にならって、健やかなる成長を一心に祈った。
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