第93話 トップ会談
王宮での断罪のあと、両親はさらに厳しい取り調べを受けた。
その結果、母は、侯爵夫人として罪深いほどに無知で、主体性はなかったとのことで、孤島への島流しは免れ、修道院に入れられた。
その修道院はかなり簡素な生活を強いられ、他者との面会も禁止。終身刑の監獄の貴族の女性版と言ったところらしい。
父ももう、海の上だ。もう、普通に考えれば二人に会うことはない。
そして、モルガン侯爵家は伯爵家に爵位を落とし、領地も全く縁のないところに変えられ、アーシェルが当主となった。
弱冠13歳のアーシェル一人で領地運営ができるわけもなく、王家の推薦する代官が代わりに領地の面倒を見ることになった。
『王家に全てが筒抜けになるわけだ』
エメルが私の魔力を頭の上から吸い取りながら呟く。
「しょうがないよ。ローゼンバルクの人間を入れたら、モルガンを乗っ取ると思われかねない。それ以外に私には人材のあてなんてないもん。王家の代官が赤字を出したら王家のせいだわ」
そしてモルガン屋敷の使用人は、これまでの待遇は約束できないと言うと自分からやめていった。アーシェルが屋敷に戻るまでには新しいメンバーを雇わなければならない。
『クロエへのイジメに加担していた使用人たちなど、クビにして当然と思うけど、アーシェルが見捨てられた、と思わないかが心配だよね』
エメルの言葉にため息をつく。
私にはマリアが、トムじいが、ルルがいた。そして捨てられた瞬間祖父と兄が拾ってくれて、溢れるほどの愛を注いでくれた。
私だけはアーシェルを見捨てないようにしなければ。しかし彼の中で私は最初に見捨てて出ていった人間で……簡単に信頼などしてもらえないだろう。
ローゼンバルクと書簡を何度もやりとりし、ドーマ様とも相談してアーシェルとともにしばらく神殿に残る覚悟を決めたころ、祖父がローゼンバルクから私のために王都にやってきた。
私たちが宿に泊まっていることに、来て早々激怒してさっさとひきはらい、全員でローゼンバルク邸に入った。
「おじい様、何もかもご面倒を……」
思わず声が震える。
「クロエ……何度も言わせるな。アーシェルは孫。モルガンの血筋に保護者がおらんのじゃ。わしが動くことこそ常識ぞ。それに、わしも後悔しておる。結局エリーの子育てを失敗したのはわしじゃ、一族から罪人を出してしまった。あの世でダリアが泣いておろう……」
私はただ甘えたくなって、祖父に抱きついて、少し泣いた。
「クロエ……本当に人生とはこの年になっても……ままならぬものだな……」
人払いした二人きりの書斎。弱音を吐いても誰も咎めない。
祖父もただ、私を膝に抱き上げ、無言でお互いに背中をさすりあい、慰めあった。
◇◇◇
翌日、祖父と大神官のトップ対談が行われた。アーシェルとミラーはお留守番で私とドーマ様(とエメル)は帯同した。
「ふむ。クロエとアーシェルの生活費は辺境伯が持つと……。神殿にとって子ども二人養うことくらい、大したことではないのですよ」
大神官が穏やかに言う。実際そうなのだろう。
「信仰を誓ったわけでもない孫を二人預けるのじゃ。当然のことよ」
「そして、クロエの期限を三か月と切る、と」
「秋の収穫には領地に戻ってもらわねば。クロエは大事な働き手でもあるし、その頃学校に顔を出す約束にもなっておる」
「心配なさらずとも、きちんとクロエは辺境伯の下にお返ししますよ」
「貴殿はそう思っておっても、末端はどうかわからん。神殿は人間が多すぎる。ああ、ミラーを護衛としてつける。ゆえに三人の世話を頼む」
大神殿が100%安全と言い切れない、ととれる発言に、大神官の表情が一瞬固まった。
「……それで、アーシェルはどうなさる?」
「あれは……傷が深い。そして母親から散々わしの悪口を聞かされて育ち、わしには不信感しか持っておらん。何一つ動いてやらなかったことも事実。もはやわしにはどうしてやることが最善かわからん。本心から神に……すがるしかないと思っておる。特段課題などない。ただアーシェルの心が少しでも安らかになるように」
祖父はそう言うと、大神官に軍人らしく背筋を真っ直ぐにして、頭を下げた。
大神官は随分遅れて、ふむ、と一言発した。
「……アーシェルとクロエには、見習いの神官と同様に朝晩の務めを頼みましょう。それ以外は基本自由。神殿でしか学べぬことを学ぶといい。できるだけクロエたちの要望を叶えるよう、末端まで通達しておきますよ」
「大神官様、ありがとうございます」
双方の話が決着し、私たちが大神殿に入ったのを見届けて、祖父とドーマ様はローゼンバルクに戻った。
◇◇◇
なんの装飾もない真っ白な見習いの神官服を着て、朝の祈祷のために部屋を出る。
大神殿での生活を始めて、数日経った。
私たちは小さいながらも個室を与えられた。破格の待遇だ。隣の部屋のアーシェルの部屋をノックすると、表情のないアーシェルが出てくる。
お揃いの神官服の身だしなみを整えていると、ミラーもやってくる。私はアーシェルと、幼い頃のように手を繋いで祈りの間に向かう。
三人で一番後ろに跪き、神官の朝の務めの祝詞を頭を垂れて聴き、祈る。
アーシェルが……心穏やかに過ごせますように、と。
エメルはその様子を初日は見に来たが、『つまらない』と言って、フラフラ大神殿周辺を飛んでいる。
そのあとはゾロゾロと人波に乗って食事に向かう。食堂で、ミラーと三人座るものの、アーシェルは何も口にしない。
「アーシェル、食事を感謝して食べるのも神殿のお務めなんですって。食べよう?」
そう声をかけると、静かにスプーンを手に取り、汁をすする。
心の中で、ため息を吐く。そう簡単に、アーシェルの心はとけない。
パンをちぎってもぐもぐ食べていると、ふっとテーブルに影がさした。頭を上げると、珍しい紫色の髪色の男性が立っていた。どこかで見たと思ったら、水鏡の間にいた紫の君だ。今日は装飾のない簡素な神官服のせいか……思った以上にずいぶんと年若いことがわかった。まだ少年だ。
「クロエ様、おはようございます」
「……おはようございます」
私のことはご存知のようだ。〈神の愛し子〉なんて肩書きを渡されてしまったから、悪目立ちしているのだろう。
私の警戒心を察知したのか? エメルがフワリと肩に戻ってきた。
「あ……もしや私のことをご存知ないですか?」
紫の君が首を傾げた。
「先日、ご一緒したことはわかっておりますが……」
私はアーシェルとミラーとエメルを見る。アーシェルは興味なさそうに空を見つめ、ローゼンバルクからほとんど出たことのないミラーは首を振り、エメルは彼の何かを探ろうと凝視している。
私はというとさっぱり見当がつかない。前世関わった人間では無い。そして幼いころ、避妊薬の認可の件でここに訪れたときに会った神官のなかにも子どもはいなかった。
「そうですか……私はリドと申します。祖父よりクロエ様とアーシェル様がこの神殿にてつつがなく過ごせるようお手伝いするようにと言いつかっております。どうぞよろしく」
完全に、知っておくべき人間だったようだ。固まる私の代わりにミラーが、
「失礼ですが、祖父と言うのは?」
「祖父は大神官を務めております」
「大神官様の……お孫様……」
超重要人物の登場……不意打ちだ。そういえば、目元が大神官に似ているかもしれない?
『まあそんなやつもいるか……。神殿の次期後継者出してきたか……リチャード出張ったからな……そーなるか……』
私が立ち上がって頭を下げようとすると手を前に出して止められる。
「おやめください。私はクロエ先輩のように民を救った功績などない若輩者です。どうぞお気軽にリドとお呼びください」
「先輩?」
「私はリールド高等学校に今年入学しました」
「まあ……私、あまり登校しておりませんので、存じあげず申し訳ありません」
「いえいえ。でもクロエ先輩が羨ましい。私もあのような学校、行きたくはないのです。神殿で神学を学んでいたほうがよほどためになる。しかしそうもいかず」
私は関心がなくて知らなかったけれど、リド様はきっと神殿の顔だ。彼が学校に行かないと、神殿関係者は全員倣うだろう。
「祖父から、私が付き添いをする限り、あなたたちはどこにでも赴いてよいと言われています。と言っても私はあの退屈な学校に日中は行かねばなりませんので、夕方や、休日にお相手いたします。それ以外は一般用の図書室や、畑、庭などでお過ごしいただければ、と思っています。食後によろしければ打ち合わせをしませんか?」
「はい。よろしくお願いします」
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