第87話 対面
エメルがフラリと戻ってきた。
「エメル、おじい様とアーシェルのご様子は?」
『確かにクロエと血がそっくりな子どもだったな。きゃんきゃんわめいていたが、リチャードに圧をかけられて、大人しくなっている』
「訪問の目的はわかった?」
『一言で言えば金の無心だ。モルガンが大勢の前で度重なる失態をおかして以降、挽回しようと大口を叩くがパッとした働きもできず、辺境伯への恨み言ばかり言うからどんどんと敬遠され孤立し……アベル殿下に引導を渡され、完全に貴族社会から見放されたようだ』
ある意味、想像通りだ。
「でも、エメルは行ったことないけれどモルガン侯爵領は豊かな土地なの。なぜお金に困ってるんだろう……」
「金はいくらあっても無くなるときはあっという間だ。大方つまらんバクチまがいの投資にでも手を出したんじゃないか? 起死回生を狙って」
「お兄様……」
いつのまにか、兄もやってきていた。
「本当にクロエと同じ二親から生まれた姉弟なのか? あまりに幼い。トリーが大人に見える」
私は下を向いて首を振る。
「……私も草魔法でなければ……似たような成長をしていたかもしれないわ」
兄がくしゃくしゃっと私の頭を撫でた。
「クロエはたとえ〈火魔法〉であっても傲慢になどならないさ。気が小さすぎる」
『言えてる。人見知りだしなあ?』
「……もう、お兄様もエメルも!」
二人の思いやりからの軽口に、口の端を上げた。
落ち着いたところで兄が私の瞳を覗き込む。
「アーシェルは一応クロエにも会いたがっている。当然だが、あることないことあの両親に吹き込まれているだろう。俺は二度と会わないでも後悔ないと思うが、どうする?」
「……会うわ。そして私のことが目障りならば、きちんとお別れする」
◇◇◇
弟と祖父は広めの応接室で対面していた。
ドアの外までまだ変声期前の甲高い少年の大声が聞こえてくる。
『またわめいてるな。元気なことだ』
聞くに耐えない罵声と幼いアーシェルの姿が結びつかず、思わず顔を歪めると、兄がそっと抱きしめてくれた。
「クロエには、ちょっとはマシなアニキがいるだろう?」
「……ちょっとだなんて……最高のお兄様です」
そっと背伸びをして、頰にキスをする。
『好きに話せばいい。骨は拾ってやる!』
「……よろしく、エメル」
会うと決めたのは私。二人に背中を押されて扉をノックし、中に入った。
立ち上がり、祖父に向かって指差して喚き散らす姿は、かわいい三歳のアーシェルとは程遠く、前世、私をドンと押し倒して、『一族の面汚しめ!』と言った弟にずいぶん似ていた。もう少し背が足りないが。
身構えていたからか、ドミニク殿下との遭遇のときのように倒れたりしない。
ただ……苦しいだけだ。
私と目が合う。アーシェルの眉間にシワがよる。
「お、おまえが……」
九年ぶりの再会なのに、「おまえ」呼びなんて、悲しい。
私は覚悟を決めて指をパチンと鳴らした。部屋中から草の蔓が伸び、アーシェルと、付き添いらしきモルガン邸で私を邪険にしていた使用人一人を縛り上げ、椅子から引き倒し、土下座の姿勢を取らせる。
「なっ!」
これ以上余計なことを言えぬように、口も草で封じる。
「……アーシェル、あなたは我々の祖父であるローゼンバルク辺境伯がどのような立場にいる方なのかも教わっていないのですか?」
私はアーシェルの横に跪き、ともに土下座をする。
「おじい様、本当に申し訳ありません。アーシェルは私の弟です。私が責任をもって、教育いたします」
私は……姉だ。たった四年間ではあったけれど。
おじい様はそんな私に一瞬躊躇するような顔をしたけれど、結局私を信じ、任せる気持ちになったようだ。
「……弱い奴ほどよく吠えるとはよく言ったものだ。アーシェル、おまえはモルガンのような空っぽのバカ貴族になるか、身のある人間になるか、瀬戸際だ。よく考えることだ」
祖父は、ホークを引きつれ立ち去った。
私は祖父の座っていた席に、静かに座った。エメルは私の右上に透明で浮かび、兄はドアにもたれて腕を組んでいる。
アーシェルに、せめてモルガンの傲慢な考えでは生きていけぬこと、真の友や家族と出会えないことをわからせなければ!
私の思い、伝わるだろうか?
「アーシェル、おじい様に怒鳴っていたと聞いたわ。死にたいの? おじい様の強さがわからないなんて、どれだけ生ぬるい場所にいたの?」
アーシェルが無意味に私を睨み付ける。
「私たちのおじい様は先の戦争の最大の功労者。生きている人間で国の大勲章を持つ唯一のお方。今も年に二十は魔獣を屠り、国を守っている。そんな敬意を持って然るべき相手に、あなたのようななんの功績もない若造が、何を根拠に怒鳴りこんだのかしら? ねえ、あなたもどういう教育をモルガン邸は行っているの?」
使用人に視線を流すと、ガタガタと震え出した。
「ああ、私の草など〈火魔法〉で燃やしていいわよ?」
父は使用人もできるだけ〈火魔法〉で固めていた。この男もきっとそうだ。しかし見たところレベルは二十あまり。燃やせっこないのにこう言うのは、少し意地悪だったか?
私はアーシェルに向き直る。
「アーシェル、ここでの生活は忙しく、時間が足りないから皆率直にモノを言うの。遠回しな表現されても私は察することができない。それに嘘も嫌。だから、私の作った自白剤を飲んでもらうわ。もちろん私も飲む。それなら平等でしょう?」
兄が視界の端で眉を顰めているが、止める気はないようだ。
「これを飲んで、私はあなたがここにきた理由を尋ねる。私もあなたも質問に事実だけを答える。どう? それに納得するならば、草を外すわ。もちろん約束を守れなかったら1秒で捻り潰す。いい?」
私はマジックルームから小瓶を五本取り出して、机に並べた。
「全部中身は一緒。アーシェルが選んだものを半分こして飲みましょう。一本飲めば一日の効力だから、お互い半日嘘がつけなくなる。そのくらいいいでしょう?」
ここまで話してから、私はアーシェルの口と手を自由にした。アーシェルは私を睨みつけながら、私に右端の瓶を差し出た。案外素直だ。強がっているのかもしれない。
私が栓を抜いて半分飲み干し弟に渡す。弟は一瞬躊躇したが残りを飲み干した。
「ではアーシェル。私は男だ、と言ってみて?」
「……私は男だ」
「次に私は女だ、と言ってみて」
「私は……」
弟が驚愕したように目を見開く!
「無事に効いてるわね。私も、ブルーチーズが大……大嫌い! うん効いてる。ではアーシェル、私への質問と今日の来訪目的をどうぞ?」
「あんたは、王太子殿下に取り入って、王太子妃になるつもりなのか?」
「いいえ。王太子殿下のことは尊敬してるけど、王太子妃なんて絶対嫌だわ」
「何故、王太子を使って、モルガン家を追い詰めた!」
「殿下にそんなこと頼んでないわ」
「ではなんで、父を国防委員から外し、表舞台から遠ざけた!」
「私が思い当たる理由は二つ。モルガン侯爵は、私が〈草魔法〉とわかった瞬間、育児放棄した。食事も衣類も愛も何一つ与えなくなり、あなたにも会わせてくれなくなった。ねえ、執事?さん?」
使用人の男は真っ青のまま顔を背けた。
「私がローゼンバルクの養子になっても、目障りらしくてたびたび私や辺境伯を暗殺しようと刺客を送り込んできた。もちろん証拠もあるわよ。殿下はそんな恐ろしい人間を、政治の中枢に置きたくなかったんじゃないかしら」
アーシェルは半信半疑の表情で視線をさまよわせている。私が自白剤を飲んでいることをよく考えてほしい。
「もう一つは、殿下よりも弱いから、かしら。自分よりも弱く、かと言って他に得意分野もなく、ただ、周りの貴族に侯爵であることだけでいばり散らす人って、ただ厄介じゃない? 重用するわけがない」
「ち、父は弱くない!」
「私が以前会ったときはレベル40そこそこだったわ。殿下は父のことを変わっていないと言っていた。ならば、〈光魔法〉MAXの殿下より弱い」
アーシェルが拳をぎゅっと握りしめて、私を睨み付ける。
「〈草魔法〉のくせに、生意気な!」
「生意気かもしれないけれど、私は父よりも強いわよ。気づかれぬうちに殺せるわ」
「あんたは……実の親を殺せるっていうのか?」
「こんど、私を殺しにきたら、殺すかもね」
「あんた……女だろ……」
「私は女ですが、これまで魔獣を50は殺しています。自らに危険が及べば女だろうが殺します」
「…………」
『導くものがいないということは……哀れだな』
エメルの呟きが宙に浮く。
「そろそろ、ここに来た目的を、私にも教えてもらえますか?」
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