第85話 誕生

 教授について、祖父に新たな情報を仕入れてもらう以外、今打てる手はない。

 だから私は今まで敢えてフタをしてきた記憶を、勇気を出して覗き込む。エメルをギュッと抱きしめながら。



 前世ーー

 私たちの集合場所は使われていない、校庭の向こうの旧校舎だった。外観は朽ちかけていたけれど、室内は暖炉もあり、薪もあり、座り心地の良い椅子もあり……そこそこ居心地良く改造されていて……今考えると、案外お金がかかっていた気がする。


『つまり、資金に困らぬほどの金持ちか、資金を提供するバックがついていたのか、だな』

「そうよね……教授自身がいつも垢抜けない服を着ていたから、勝手に苦労してる貧乏人と誤認してたのかも。苦労している、不遇であることにつけ込まれて仲間になった集団だったから、金持ちであることを気取られるのは避けたかったのかもね」


『四大魔法でなくても、役立つことを示そう! 国を変えよう! という言葉に集ったんでしょ? 金の集まる汚い現権力者? に対抗するためには、清貧であるほうがわかりやすいよね』


「一緒にいた生徒は、一人二人と増えていって、最終的に四人だった。でもお互い名前で呼ぶことはなかった。教授が知りすぎると仲間を危険に晒すからと、教授自身も含めニックネームで呼ばせあった。だから教授の名前、なかなか思い出せなかったのよ。私は『グリーン』単純ね。他は背の高い男子が『シルバー』。〈鉄魔法〉。ぽっちゃりした男子が『ブラウン』、おじい様と同じく〈木魔法〉だった。そして黒髪の巻毛にメガネの女性は『カラー』、〈色魔法〉だった」


 〈色魔法〉は単純に対象物の色を変えることができる魔法だ。対人間にかけて、色を誤認識させるよう視覚に作用することもできるし、本当に物理的に変えることもできる。ピンクの花を黄色に変化させられるのだ。そして元に戻すこともできる。


『教授自身の魔法を見たことはないのか?』

「……思い出せる限りではないわ。『僕は座学専門だから、君たちに期待を寄せてしまうんだ』と言ってた」


『つくづく汚い大人だな。じぶんは実行犯になる気はない。子どもらをトカゲの尻尾切りする気満々じゃないか。それで、その仲間だった面子、学校生活で関わりはなかったの?』


「うん。私はずっと一組だったけれど彼らはいなかった。二組とは共同授業で一緒になったからそこにもいない。だから他学年か、三、四組だったか? そして今回の四組にもいない。いたらさすがに気がつくと思うけど」


『クロエ、この記憶を辿る作業は辛いか?』

「ううん、エメルがいれば大丈夫。いざというときは、エメルが南の島に高跳びさせてくれるんでしょ?」

 私はエメルの頰と私の頰をひっつける。


『…まあ、元凶を潰してからね』




 ◇◇◇





 昼間は色づいた麦を刈ったり、国境の草壁を少しでも燃えにくいように土を混ぜ込んだものに建て直してまわったり、ミラーにエメルとともに勝負を挑んだりしていると、雨の多い季節に入り、マリアが産気付いた。


 マリアの子宮は傷があるため、厳戒態勢だ。実働部隊としてドーマ様と腕のいい領内の医師と助産師。そして〈光魔法〉部隊のネル神父はじめ神官二人。そして私とエメル。


 それだけの人数を集めてお産できる場所なんて、この領主館しかない。

「わ、私が領主館ここでお産など……ありえません!!」

 マリアは引きつった顔で固辞した。


「ベルンもマリアもここに住んでるくせに、何を今さら……」

 兄が不思議そうに頭を傾げる。


「使用人として使用人部屋にいるのと、お産をさせていただくのではわけが違いますっ!」

 そう言って顔を引き攣らせるマリア。


 すると祖父が、

「……家とは、「誕生」と「婚礼」と「死」によって清められるのだ。この数年、この屋敷には『死』しか近づかなかった。お前がここで子を産んでくれれば、この屋敷も喜ぶだろう」

「お館様……」

「お館様、お心遣い、感謝いたします」

 マリアとベルンが頭を下げた。




 マリアの陣痛は長く、ドンドンと体力を消耗していく。体力増強の薬をベルンに渡し、ベルンが少しずつ飲ませる。それ以外も、トムじいの記憶をたぐって、使えそうな薬をドンドン作っていく。


「ドーマ様、マリア、かなり苦しそうだわ。麻酔薬飲ませていい?」

「今はダメじゃ。陣痛ならば感覚を誤魔化してもいいが、傷が痛むのならそれがわからんと手遅れになる!」


 私はとりあえず生ハーブをすり潰して、マリアの鼻先に持っていく。

「お嬢様……いい匂い……」

 ちょっとでも、気が紛れるといい。


 丸二日の陣痛、そしてかなりの出血の伴うお産だったが、小さな男の子が誕生した。

「マリア……ありがとう」

 ベルンがそっとマリアにキスし、赤ちゃんと助産師と出ていった後からが戦場だった。


「後産は終わった! ネル! トーマス! 交代で〈癒し〉を続けよ!」


『おい! 出血が多すぎる! クロエ! 止血薬をデーブに渡せ! 直接入れろ!』

「デーブ先生、これ、お願いします!」

「これは幻の……はい、ただちに!」


「いけない、体力が落ちてる! この栄養剤は血液に直接入れても大丈夫です。静脈注射を!」

『いや、それでは遅い!クロエ、貸せ!』


 エメルは私の手から薬を引ったくると、一気に飲み干して、マリアの首に噛みついた。

「エメル!」

 かなり逼迫しているのだ! 額を触ると熱い! かなり熱が出てしまった。私は〈氷魔法〉で自分の手に氷を纏わせ、マリアの両方の腋に手を入れて冷やす!


「マリア! マリア! 根性出して! 小さな私にしてくれてきたことを、今度は自分の赤ちゃんにしなくちゃ! 私よりも100倍かわいいはずよ! 今だけ! 今だけ持ち堪えて! 元気になったら、いっぱい寝かせてあげるから!」


 朦朧としていた、マリアが、眉間にシワを寄せて、まぶたを開けた。

「マリア!」

「……私のお嬢様は……世界で一番可愛いのです……」

「マリア……」

「息子は……まあ同率一位ですわね……」


 ドーマ様がペチっとマリアの頰を叩く。

「マリア、よく目を覚ました! この栄養剤を口からも入れろ! もう麻酔をかけてよかろう。クロエ! マリアの意識を保ったまま二時間麻痺させよ。マリアは見えていた方が安心じゃろう。いいか? 古傷にも直接薬を塗る。デーブはこのわしの信頼する医者だ。案ずるな! エメル様! 空気の洗浄を!」


『了解した』


 一瞬、空気がピリっと響いた。


 私はマリアの目の前に二時間に調整したピンク色の麻酔薬をかざした。

「……よりによって……この色……」

 マリアが消耗した筋肉で苦笑いする。

「惚れ薬じゃないよ。そんなの飲まなくても、今日のマリアは世界一綺麗だわ」

 マリアはいつもどおり、いかがわしい私の薬を、何の躊躇いもなく飲み干した。




 ◇◇◇




 三日間の激闘は、皆の協力のもと、勝利に終わった。

 マリアは当分絶対安静だが、命の危険は去った。助産師とダイアナが交代でついてくれている。


 ドーマ様と神官様がたと、デーブ医師、そして私とエメルは最後にみんなでがっちり握手し、私の上級ポーションを三本ずつ持って、ヨロヨロと帰っていった。


 私とエメルも、そのポーションをがぶ飲みして、ベッドの上だ。


「エメル……ありがとう……」

『クロエも……おつかれ……』


 クタクタだけれど、気分はいい。素晴らしい結果だったのだから。

『それにしても、あのベルンが倒れるところなど初めて見たな』

「それだけ心配してたんだよ」


 ようやく出会えた最愛の女が死にかけている。しかし自分にできることはなく、腕の中には守るべき小さな命。全てが終わるまで取り乱さなかったベルンがすごい。


「赤ちゃん、早く会いたいなあ」

 赤ちゃんは、ゴーシュの奥様はじめ子育て経験のある女性たちが交代で面倒を見てくれている。


『まあ、一眠りして疲れが取れてからだ。元気な様子だし、時間はこれからいくらでもある』


「赤ちゃんかあ……」


 私が親になり、子どもを抱くことなどあるだろうか? 想像もつかない。


『クロエ、忘れてないか?』

「何を?」

『お前はオレの魔親だ』

「そうだった」


 私には、既に立派な子どもがいた。

 エメルがいて、マリアがいて、赤ちゃんも産まれた。


「前世から……ズレてるよね?」

『うん。もはや別物だ』


 よかった。私はエメルを抱きしめ目を閉じた。




※あけましておめでとうございます!

本年もどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る