第83話 カーラ

「カーラ様、私たちは今回の課題、本来は3分で終わらせられるの。カーラ様はどうしたい? 私たちがイノシシ殺すの見てますか? それとも前衛で戦いたい? 協力します」

 ダイアナが、他の生徒に聞こえぬように小さな声で尋ねる。


「参加しなければと……思います。でも、一人で仕留めるなんて……無理です……」


「じゃあ、あなたのペースに合わせて、あなたも参加する感じがいいの?」

「もし……よろしければ」


「では、手持ちの技と道具を確認しましょう。まず……」


 ダイアナにカーラ様との話し合いは任せ、私はチームの申請のために教師の元に行く。


 申請が無事終わると時間になり、教師が開始の合図を出した。制限時間は日没までだ。

 すぐさま森に駆け出すものもいれば、私たちの様子をソワソワと見ているものもいる。


「じゃあ……私も……『探索!』」

 私は地面に左手をついて、魔力を流す。地上に這う草を踏みつけている中型の獣を探し当てる。


「見つけた。四時方向に一頭。沼を迂回しつつ10分走ります。では出発!」


「はっ!」

「はいっ」


 私たちが、しっかりとアテがある様子で走り出すのを見て、チラチラとこちらを見ていたクラスメイトたちが慌てている。しかし彼らももう後方だ。


 目的が近づいたので速度を緩める。カーラ様のペースで走ったつもりだったが、彼女は息が上がり苦しそうだ。彼女が落ち着くのを待って、音を立てずに薮を進む。

 木々の隙間から目標を発見した。


 しばらく待ったが、カーラ様はなんの攻撃も繰り出さない。ダイアナと話し合ったはずなのに……。ダイアナを見ると、眉間にシワを寄せている。打ち合わせと違う!というところか?ホンモノの獲物を見て怖気付いた?


 私はカーラ様に振り向いて提案した。

「カーラ様、あなたがこの演習で評価を得たいのであれば、我々はトドメを刺すのを譲ります。正直、ここでの成績は、辺境には関係ないので」


「私は……高評価が欲しいわ。卒業後の就職先に影響するもの」

 正直で何よりだ。


「では、私はサポートに回ります。私にどうぞ指示してください。今ここは誰も覗いていないので遠慮なく」


「クロエ様に指示なんて!」

 ダイアナが声を潜めて異議を唱える!それを私は視線で止める。


「イ、イノシシを、私が狙いをつけやすいように、縛りつけてください」

 カーラ様が小声で言った。昔、ザック様を縛り上げていたのを見ていたから思いついたのだろう。


「ちょっと、それあなた何もしてないのと一緒よ! 全てお膳立てして美味しいところだけよこせって言ってるのと一緒じゃない。せめてもうちょっと努力する姿勢を見せてよ!クロエ様も甘やかしすぎです!」

 ダイアナがカーラ様に正面から抗議する。


「ダイアナ、いいのよ。今日、カーラ様が私たちのチームに入ってくれて助かったのは事実よ」

 それに、あのとき、私の言動を間違っていないと言ってくれた。私のひとりよがりな恩返しだ。


「『草縄』」

 一瞬で周囲の草がイノシシに襲いかかり、絡めとる。自由を奪われたイノシシが泣き喚く!


「カーラ様、今です」


「っ! 『氷刀』!」


 カーラ様の手から二本氷のナイフが飛び出してイノシシを突き刺す! どうやらカーラ様の適性は兄と同じ〈氷魔法〉らしいが、レベルは……低い。

 しかし急所から外れて、イノシシがますます暴れる。私は縄をあらためてきつく縛り上げる。


「カーラ様、二本目の、こぶし一つぶん下を狙って!」

「はあ、はあ、『氷刀』」


 どうにかもう一本飛び出して、私の示した場所に当たった。しかし、威力がグッと落ちており、致命傷にならない。

 私はその刃の上から草縄をギュッと締め上げ、刃をイノシシに食い込ませて……終わらせた。


「大丈夫ですか?」

「……ありがとう……チャンスをくれて……でも私は、それでもこれまで同様、あなたを大っぴらに庇ったりできません……」


「構いません。これまで通りで」

「……自分は差し出された心臓を刺すだけ。なのにこの言い草。カーラさん、清々しいほど図々しいのね」

 ダイアナの独り言はボリュームが大きすぎる。


 私は敢えてイノシシをマジックルームに収納せず、引きずってスタート地点に戻った。私たちが一番だった。氷魔法による急所突きが認められ、カーラ様に二重丸がついた。




 ◇◇◇




「クロエちゃん、お人好しすぎます」

 二人で馬車に乗り込むや否や、ダイアナがぷりぷりと文句を垂れる。


「私が利用していいと言ったんだからいいじゃない」


「クロエちゃんが、昨年味方してくれたカーラ様に恩を感じているのはわかります。でもそれにしたって、クロエちゃんの恩返しをあっさりと受け取りすぎだわ!」


 確かに……思ったよりも、カーラ様はしたたかだった。


「私もカーラ様は想像とちょっと違ったわ。でも私はカーラ様を知らない。カーラ様も私を知らない。カーラ様にすれば、前回は正義感がまさって声をかけてくれたけど、本当は貴族であるだけで私のことなど嫌いかもしれないわ」


 四組であれ、ケイト様ほどの後ろ盾がなければ、平民である彼女は貴族に嫌がらせを受けることもあるだろう。


「誰もが自分たちと同じ感性だと思っちゃダメなのよ。勉強になったわ」

 寂しいけれど。


「あー!なんかむしゃくしゃするー!私たちと関わったら、とんでもない目に合うって顔に書いてあって、イライラしたわー!」

 ダイアナが、ドンッ!と足を鳴らし、馬車が大きくぐらりと揺れる。慌ててダイアナが私に頭を下げ、御者に大声で謝る。


「まあでも、解体はカーラ様がすることになったからいっか。私たちが帰ると声をかけても引き止めなかったし」


 ダイアナ……それ……カーラ様、気がついていなかったんじゃないだろうか? まあ、動かない獲物を捌くことくらい、どうにかできるだろ……う?


「我が身が可愛いのはしょうがないよ。その気持ち、ダイアナにはわかるんじゃ?」


「今日、彼女にはクロエ様の傘に入るって選択肢もあったんです。確かにクロエ様は学校を不在がちだけど、平民一人くらい、その場にいなくても十分守れたでしょうよ。平民だから、賢く世間を渡るというのなら、どう考えてもこっちでしょ。同じ平民として呆れちゃう」


 怒りが収まる様子のないダイアナの肩を抱き、頭をコツンと当ててなだめる。


 私もカーラ様とこれをきっかけに仲良くなれるのでは? とちょっぴり期待した。前世で簡単に人は打ち解けたりしないと、知っていたのに。


「私ってば本当に甘いわ……いつまでたっても……」


「あー、私もストレスかかったせいで急激に甘いものを食べたくなりました! アルマンのケーキ屋に言って、買い占めましょう!」

「そうだね。マリアとドーマ様にお土産も買わなきゃ」


 今、ダイアナと一緒にいる。ひとりぼっちじゃない。それだけで十分だ。




 ◇◇◇




 学校に一度戻り、秋の試験まで戻らない机やロッカーを綺麗に掃除して、ダイアナと二人、教師に休学に入る挨拶をしに専門棟に向かう。


 なんとはなしに窓の外を見て……心臓が止まる。


「クロエ……様? いかがしました?」

 ダイアナが眉を顰める。


 ようやく芽吹いたイチョウの木の下にたたずむ男。群青色の長髪、気の弱そうに丸めた痩せた背中、黒い瞳。穏やかに微笑みを浮かべる薄い唇。




『クロエ、クロエの一生懸命なところ、大好きですよ』

『クロエの〈草魔法〉はパーフェクトだ!』

『クロエ、証拠の残らない、知らぬ間に血栓を蓄積させる〈薬〉を作ってみないか……』




「サザーランド教授……」


 かつて、最も信頼し、最も手ひどく私を裏切った、恩師がいた。



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