第82話 演習
ドミニク殿下との会合は、祖父により、ドミニク殿下のローゼンバルクをバカにしたととれる発言と、私の暴力?(怪我はさせてないけれど)を相殺することで手打ちになった。
そして王家よりあらためて、『ドミニクをローゼンバルク関係者に会わせない』と書面にしたためてもらいひとまず終わった。違約の際の条項などは祖父と兄にお任せだ。
事後に心配して届いたシエル様の文によると、ドミニク殿下のトラウマ対象が兄だけでなく私も追加されたようだ、とのこと。逆恨みもできないほどのトラウマであればいい、と思う私は根性が悪いだろうか? もうこちらこそ本当に関わりたくないのだ。
ガブリエラの思考は今ひとつわからないけれど、彼女の登場については、エメルにせっつかれ、すぐに『紙鳥』で祖父と兄に報告している。二人からは、「十分に警戒を怠るな」と。
「私は不意打ちに弱いから……」
自覚はある。王都にいるあいだは出来るだけ一人にならないように注意しよう。
「一難去って、また一難。早くローゼンバルクに帰りたい……」
遠い山向こうを眺めながら、きっとまだ雪の残る大地にいる、私の家族に想いを馳せた。
◇◇◇
今回消化すべき学校行事は、残るは実技演習だけ。一応教師の前で魔力なり武力なりが一定の基準に達していることを年に一度示してほしいらしい。
今日はエメルは同行していない。エメルがどれだけ気配を消しても、獣はエメルに怯える。獣に走り回ってもらわなければ、今日は困るのだ。
昨年は、制限時期(一刻)以内に、単独で鳥を撃ち落とす、だった。
「課題は三人一組のチームで、イノシシ以上の体格の獣を仕留めることだそうです。クロエ様、どうしますか?」
王都近郊の小さな森に集合をかけられ、今回のミッションのペーパーを配られた。
私とダイアナは二人ぼっち。一人足りない。
「く、クロエ様、私をチームに入れてください」
私とダイアナが休めの姿勢で立ち尽くしていると、ザックが声をかけてきた。気をつかわせたようだ。
「ザック、あなたがいないとケイト様はきっと課題を終わらせられないわ」
イノシシなど見たこともないのでは……毛虫すら殺したことがないかもしれない。
チラリと視線をケイト様に向けると、不安そうに私たちを見ていて、私と目が合うと慌てて逸らした。
「他を当たりますので退場願いまーす!」
「あ……はい……」
ダイアナに言われて、ザックはケイトの元に戻っていった。ケイト様がザックの手をギュッと握りしめる。
「あの男、バカですね。ケイト嬢の嫉妬なんか、受け止めたくないっつーの」
ダイアナがザックの後ろ姿に向かって舌を出す。
「まあ、今回はダイアナに完全同意だよ。四人チームであれば、ザックとケイト様セットで受け入れたけれどね」
この演習はクラス単位だ。ゆえに一組の殿下やガブリエラはいない。そして四組は二十一人なので、三で割れる。つまり、必ず誰かとチームになるのだ。
「ひょっとしたら、私とダイアナが割れるかもね」
「ええ? それは困ります!」
「この小さな森くらいなら、なんとでもなるでしょ?」
「クロエちゃんと離れるようなら、式神つけますので」
式神は、小さなダイアナの分身みたいな紙の人形で、私が持っていると、離れた場所にいるダイアナと意思疎通できる摩訶不思議な魔法だ。もちろん、遠距離では使えない。
周りが三人一組になっていくのを黙って見守り時間を潰していると、私たちと同じく、ペアの組が二組で、少し揉めている。誰が一人抜けるか? ということのようだ。
私の視線に気がついたダイアナが動く。
「あのー、もし良ければ、私たちのチームにお一人入ってくれませんか」
「え……」
あきらかに、顔が引き攣る四人。
「私とクロエ様が別々に入ってもいいですよ?」
そう言っても返事はない。ひょっとしたら私たちを分けることで恨まれるとでも思っているのだろうか? 彼らを恐怖に陥れるつもりはなかったのだけれど……
私は教師に、私たちは二人のチームにしてくれるようにお願いしようと思い、歩き出そうとした。
「お、おまえが、クロエ様のところに行ってやれよ!」
「そうね、きっといい経験ができるわ!」
「平民が辺境伯令嬢とチームを組めるなんて……ありがたく思いなさいね」
一人、群れから弾かれた。なるほど、仲間に入れるのも怖い、私たちを分けるのも怖いで、一人生贄を差し出すことにしたと。
フードの奥の顔を覗くと……カーラ様だった。
カーラ様は怯えた顔で、私のほうに歩いてきた。その後ろを、肩をすくめたダイアナがついてくる。
「カーラ様、私たちとのチームでいいのですか?」
「それしか……ないので」
かなり不本意そうなカーラ様。
確かに、私とダイアナの二人チームが認められることはあっても、四人チームが認められるわけがない。戦力過多で不公平だ……実力のほどはどうか知らないが。
「あの、私はクロエ様に思うところは何もありませんっ! ただ平民の私がこの学校で生きていくの、大変なのです。あまり私に構わないでくれると助かります」
カーラ様は俯いたまま早口でそう言い切った。
ダイアナが目を丸くし、私の耳元で囁く。
「私たちと組むのが本当に迷惑みたいですね……」
「確かに、もし私たちのせいでカーラ様が異質扱いされても、私たちはそばにいないから助けられないもの。本日はカーラ様が望むように付き合います」
「申し訳……ありません」
頭を下げて謝るカーラ様に首を振る。少し寂しいけれど、カーラ様は私が辛いときに助けてくれた人。彼女の思い通りにしよう。
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