第81話 ガブリエラ伯爵令嬢

「きゃーあ!」

 ガブリエラが悲鳴をあげ、床に伏せた。


「『二度とローゼンバルクを貶める行為はしない』と陛下が約束してくださっていたのに……付き添いのかた? たった今、その約束は破られました。そうよね」


「も、申し訳っありません!」

 陛下の従者は迷わず土下座した。こうなる前に、ドミニクを止めるのが彼の仕事だったのだろう。


「兄に氷漬けにされたくせに、まだ侮るの? 私はあなたの悪口で倒れる、か弱い女だけれども、兄を、ローゼンバルクをコケにされて、黙っているほど根性無しじゃない!」


 殿下をもっと高い位置に吊るし直す。1メートルほど浮いて、足がゆらゆら揺れる。


「殿下、私たちをバカにするためにこの場を設定したのですか? そろそろ本当の用件をお聞かせください」


「お、おまえの、兄に……」

「うちの兄のことをまだバカにするつもり!?」


 私は殿下の足元から、氷柱をたけのこのようにミチミチと成長させ、ブランと垂れた殿下の両足を閉じ込める!


「うわあああ! が、ガブリエラ! 氷を! 氷を早く溶かせ! この忌々しい草もなんとかしろっ!」


「は、はいっ! 『炎華!』」

 ガブリエラの手から無数の火花が飛び散り、氷柱に当たる!しかし、ジュッと音をたてて儚く消えた。


 ミラーの『炎華』は荒野を一瞬で焼いたけど……レベルの差か、魔力量の差か。


「……どういう教育をしているのですか! 宿が焼けます!!」


 ベルンが陛下の従者を睨みながら、手のひらから水を噴射し、室内への延焼を止め、熱風を起こし、水滴を飛ばしさる。


 そのベルンの一連の動作で私は落ち着きを取り戻し、再び殿下とガブリエラを交互に見て、右手を大げさに彼らに向けて突き出した。


 殿下はヒッと息を呑み、

「違う!! バカにしてなどない! わ、私はもう二度とジュードに会いたくない! もう決闘っ! しないでくださいって、お前を通じて頼もうとっ、呼び出したんだっ! もう氷は嫌だー! 止めてくれー!」


 全身をガクガクガクっと震わせたあと、ドミニクは気を失ってしまった。


「あ……」

 やりすぎたかもしれない。


「どうやら……氷にトラウマがあって、耐えられなかったようですね」

「氷っていうか、ジュード様にトラウマハンパないってこと?」


 ベルンとダイアナの声にハッとして、急いで氷を溶かし草を枯らして、殿下を静かに床に横たえる。


「ドミニク殿下あ!」

 ソファーの陰で震えていたガブリエラがドミニクに駆け寄りさめざめと泣く。


「つまり……殿下の今日のお呼び出しは、私から兄に『二度と決闘など危ない目に合わせないでやってほしい』と口添えしてほしいというお願いだった、ということでしょうか?」


 陛下の従者が右手を額に当てて、大きなため息をつく。

「そのようですね。私どもには『これまでの誤解を解くだけだ』としかおっしゃいませんでした。私はてっきりクロエ嬢に私的な場所ではあるものの、ようやく命を救ってもらった感謝を述べるのだとばかり……。どうなんですか? ガブリエラ嬢?」


「お、お友達の話だと、殿下は、ローゼンバルク辺境伯令嬢との騒動のあと、ずっと怯えてて。先日の卒業パーティーのとき、次期辺境伯を見かけたという噂を聞いて、ますます眠れなくなって……今日ケリをつけるから私に付き合えと……私が〈火魔法〉だから……」


『なんとも……不器用なことだ。結果ますますクロエを呆れさせ、ジュードをイラつかせ、己は恥をかいて、新しい草へのトラウマも植え付けられたと……』


 エメルはシラけた様子で、天井そばをグルグルと飛び回る。


 私は再びパニックに陥るかもしれない自分のために用意した、鎮静剤とポーションを従者に渡し、殿下に飲ませるように頼み、尋ねる。


「ドミニク殿下に不敬をはたらいた罪で、私をとらえますか?」

誓約を破られたとはいえ、私が自国の王子を傷つけたのは事実。

「ローゼンバルク辺境伯令嬢に敢えて例外を設けてもらい作ったこの場でしたが、ドミニク殿下のお考えは我々の想像と全く違うものだったと再度申し上げておきます。今後に関しては一度、持ち帰らせてください」


私は黙って頷いた。捕まるとしても後悔はない。今世は兄をローゼンバルクを貶されて黙っているような生き方はしない。今後は祖父に従うのみだ。祖父に面倒をかけることだけ申し訳なく思う。


「それでは、書記の記録を各々確認し、サインしましょう」

 ベルンの合図で、順に本日の記録を読む。私が薬を渡したところまで書いてあったので、末尾にサインした。


 ドミニク殿下以外のサインが終わったところで、ダイアナが、

「失礼」

 と言って前に出て、その記録の上に右手を広げる。白い用紙が水色に変わる。

「改ざんできないように、〈紙魔法〉で処理しました」


「〈紙魔法〉58の……」

 書記のかたが頰を引きつらせた。その道のプロは知る魔法だったらしい。


「今日はこれで終わり、でいいですか?」

 陛下の従者に一応尋ねる。

「はい。お疲れ様でした」

「えーと、あなた様もお疲れ様でした」


 出口に向かう我々に、ガブリエラから声がかかった。

「お、お待ちください!」


 間にダイアナが立ち塞がってくれたが、一応振り返り、首を傾げてみせる。


「ローゼンバルク辺境伯令嬢は、その、ドミニク殿下に興味はないと?」


 自分のライバルではないことの確認だろうか? この女は揚げ足を取る。調子に乗ってたくさんの言葉を渡さないようにしなければ。


「先程言いました通りです」

 自分より強い人間としか結婚しない、という発言を暗に示すにとどめる。


「アベル殿下にも興味がないのですか?」


 思わず眉を寄せる。

 まさか……今世のガブリエラのターゲットはアベル殿下でもあるの? 

 二人のうち、よりほうを選びたいと?

 今世でも……権力者に選ばれる自分が好きなのだろうか?


「ガブリエラ、辺境伯令嬢であり稀代の薬師であるうちの主の心情を探るなんて、少々不躾すぎるのでは?」


 ダイアナが笑顔で彼女を威嚇する。それをありがたく思いながら、言われっぱなしだった前世の自分のために、小さな反撃を繰り出す。


「待って、ダイアナ。私ばかり聞かれては面白くないわ」

 私はめったに活躍する場のない扇子を広げ、口元を隠し、瞳だけ光らせ逃げられぬよう凝視する。


「ああ、そうですね。ガブリエラ嬢、先にあなた様はどちらの殿下に興味があるのか教えてくださいませ。王家のお妃選びのお役に立てるかもしれない。書記の方、公式記録をもうひと働きお願いできますか? お金は私どもが支払いますので」


 ベルンがそう言いながら多すぎる金貨をチャリンと職業書記の方に手渡しニッコリ笑った。彼はすぐさまペンを動かし始めた。


 ローゼンバルクの従者の全ての行動を私が了承しているとわかるように、私は口元を隠し、真面目な顔をして頷いた。


「え、あの……」


 ガブリエラが言い淀む。ここには我々だけでなく、陛下の側近も、そして王家の密偵もどこかにいる。そして記録も始まった。


「もちろん、教えていただけますよね? 主は一つは答えましたもの」

 ダイアナが無邪気を装いたたみかける。


「……御無礼をいたしました。あの、質問は撤回いたします」

 ガブリエラは頰を引き攣らせながら頭を下げ……撤退した。


「……まあ……優しい主には答えさせておいて……」


「書記の方、ありがとう。皆様サインをお願いいたします……はい、こちらは私が受け取りましょう。複写して後ほど王宮にも届けますね。ダイアナ、帰るぞ。クロエ様、正面に馬車がまいりました」


 ベルンが撤収にかかった。


 私は気絶した殿下に頭を下げて、引き上げた。




 ◇◇◇



「あー緊張した。でもガッカリ。王子様ってこう、キラキラしてて、カッコいいもんだと期待してたのに!」

 馬車に乗るや否や、ダイアナがぼやく。

『緊張していたようには見えなかったぞ?』

 エメルが右の口角だけ上げて、ダイアナに突っ込む。


「多分、アベル殿下ならダイアナの期待を裏切らないわよ? まあ今日のドミニク殿下よりもダイアナのほうがカッコ良かったのは間違いないわ」


「それにしても、ガブリエラ伯爵令嬢には驚きました。クロエ様が警戒したのがよくわかりました。ドミニク殿下には同情をアピールし寄り添えば好意を持ってもらえるでしょうが、王妃は彼女を嫌うでしょうね。マナーが足りないし、何より同族嫌悪で」


 ベルンの言葉に前世を思い出す。確かに王妃はマナーに厳しかった。〈草魔法〉の私のことを嫌っていたからとも思うけれど。


「興味がある、って言い方がそもそも不敬ですよね、王族に向かって」

 ダイアナが呆れたように言い放つ。


「それでも彼女はどちらか一方を選ぶべきだったと思う」

 気絶している間の報告を聞いて、ドミニク殿下はガッカリされるに違いない。この場に連れてくるくらいにはガブリエラに目をかけていたのは事実だ。

 アベル殿下は自分か弟か品定めしているような女になど目もくれないだろう。アベル殿下はガブリエラ程度の〈火魔法〉など必要ない。


「二兎を追う者は一兎をも得ず、ってどこかの国のことわざがありましたねえ。とりあえずダイアナ、いい仕事でした」


『そだな、ダイアナ、最後は特に痺れたぞ!』


「うん、ダイアナ、今日もありがとう!」


「えへへ……」


 屋敷に到着するまで、私たちはダイアナをほめ殺し続けた。






 ※いつもお読みいただきありがとうございます!

 師走になり、繁忙期に入りましたので、今後の更新は不定期になります。

 たまにチェックしていただけるとうれしいです。

 今後とも宜しくお願いします。

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