第80話 会合

 祖父から決してベルンを傍から離さない条件でゴーサインが出たので、ドミニク殿下の面会要請に応じる手紙を王家に出した。


 ベルンが時候の挨拶から始まる丁寧な言葉で書いた手紙を簡単に略すと、


『性懲りもなく、権力を笠に、学校のサロンに呼び出すのやめてくれますかね? 

 うちの次期領主と決闘した結果をお忘れですか? クロエとは接点を持たないという約束ですよね? これまでも身勝手な理由でその約束破って、クロエを疲れさせましたよね? 学習能力ないのかな? もう薬いらないの?

 まあでも、とーっても重要なお話みたいだから、会ってあげてもいいですよ。

 これ以上やらかさないように、王家が責任もって、手綱握っててくれればな!

 場所は貴族御用達の宿、付き添いは二人。一人は話が通じるまともな大人を連れてこい。記録を残しますので書記を手配していただくと助かるよ。あ、こっちには〈紙魔法〉使いがいるから不正や改ざんできないよ? あ、ドミニク殿下の婚約者さまには一言言っといてね? 疑われるの、困るんで』


 こんな手紙に返事くるのかしら? と思っていたら、その日のうちに戻ってきた。


 全ての条件を呑む旨と時間と場所はローゼンバルクに合わせる旨が書いてあり、王家のサインと、ドミニク第二王子のサイン、それに加えて、なぜかアベル第一王子のサインも入っていた。


「全員のサインが、細かく震えてみえるんだけど……」

『……修羅場が見えるようだ』


 なんというか、今世のドミニク殿下は軽率だ。前世はもうちょっと小狡い立ち回りができていたのに。

 まあ殿下のことを好きだった私の目はあてにならない。


 ということで、学校が休みの週末、全く王家、ローゼンバルク双方の色のない、高級旅館の一室で、ドミニク殿下と対面することになった。

 私は、王家に呼び出された幼いときと同様に、自分を手加減なしに着飾った。光沢のあるすみれ色の落ち着いたドレス。

 二度と殿下に、みすぼらしい、や、貧相だと言わせるつもりはない。


 私の友人的配置の従者ダイアナには、ドレスを色違いにしようと誘ったけれど、今日のダイアナはまるで、漆黒の執事服のベルンとお揃いだ。女性らしいラインのパンツスーツに頭の高い位置でポニーテールというスタイル。


「私は一介の従者ですが、少しでも切れる従者と思われたいのです。ジュード様が『ローゼンバルクがケチと思われたらシャクだ』と、お館様がベルン執事長にするように、一流のテーラーで皆に立派なものを作ってくださいました」


 さすが兄。使うべきところにお金を惜しまない。


「ダイアナ、カッコいいわ! これからのパーティーは全てダイアナにエスコート任せよう!」

「喜んで」



 ◇◇◇




 かつてルルと対面した宿の数軒先にある高級宿で、ベルンとダイアナを両脇に従え、透明なエメルに頭上から見守られ待っていると、王子ご一行が到着した。


 王子の同行者を見て、思わずヒュッと息を飲む。


 光り輝く真っ直ぐな金髪に、ピンクの瞳……ガブリエラの登場だった。前世、婚約者である私の立つ場所にずっと居座り続けた女。


 ドミニク殿下とともに、私をことあるごとに『〈草魔法〉なんてお可哀想に』と嘲笑を隠さず言い放った女。思わず動揺する!


 平静を装い、互いに従者の紹介をする。殿下の大人の付き添いは父王陛下の従者を連れてきていた。最後に書記の方も挨拶し、守秘義務を宣誓した。


 ガブリエラ、という名前を聞き、エメルが私の肩にとまる。

『クロエ、オレがいる。クロエを傷つける前に吹き飛ばす。安心しろ。とりあえず深呼吸してガブリエラを見極めるんだ』


 そうだ。今日は一人ではないし、事情を知るエメルもいる。私は言われた通り深呼吸して、ガブリエラを凝視する。

 確か二年生からは殿下と同じ一組にクラスが変わったんだわ……と記憶を整理しつつ、彼女の纏う雰囲気を探る。

 レベル……40? まあ……学生にしては上位の方なのかもしれないが……この程度だったのか。と力を抜く。前世、二学年の時はレベルが80超えていた前世の自分をほめたくなった。


 〈火魔法〉はミラーの持てる全てを見せてもらっているので、ガブリエラレベルならば対応できる。しかし、この女の真骨頂は魔法ではない攻撃力だった。


 私の居場所も婚約者も自信も全て、笑顔で奪っていった。彼女の巧みな一言一言でドミニク殿下もその周囲も、私が取るに足らない人間だと、気がきかず身分に執着する下品な女だと思うように誘導され、攻撃を受けるようになった。

 殿下は元から私を嫌っていたから、彼女の思惑に乗りやすかったのだろう。


 この二人に関して、一人で乗り越えようなんて考えは捨てた。前回ぶっ倒れたのだから。私は目くばせし、ダイアナを呼び寄せる。


「ガブリエラに用心してくれる?」

「曲者なんですか? 了解です」


 ダイアナはポーカーフェイスのまま下がり、ベルンに耳打ちする。


『さあ、クロエ、先制だ! 自分のペースでけしかけろ!』


 エメルの威勢のいい声にクスッと笑い、リラックスできた。私はドミニク殿下の瞳を真っ直ぐ見る。決して今回は後ずさったりしない。


「では、改めまして、きちんと挨拶するのは初めてですね。こんにちは。クロエ・ローゼンバルクです」

「ドミニクだ」


 ちらりと書記を見ると、きちんと仕事を初めていた。ダイアナを見ると、コクンとうなずく。問題ない人選のようだ。挨拶が済んだところで、全員着席した。


「では、私への御用向はなんでしょう?」

「……学内でちょっと挨拶をしておこうと思っただけだというのに、こうも大事にするとは……」


 ドミニク殿下が苦々しい顔をして言う。


「私は王家と接触しない、と約束しています。それを破ってのお呼び出しとあらば、よっぽどの事。学校などというセキュリティーも何もないところで話せるわけがありません」


「貴様に釘を刺しておこうと思ったのだ。兄上はやがて神殿関係者の娘と結婚する。お前とは結ばれない!」


 アベル殿下に縁談が! そうか……学校を卒業され、兄が立太子も秒読みと言っていた。そういう時期なのだ。


『神殿関係者? 微妙だな……』

 エメルが羽ばたきを止め、考え込む。


「ひょっとして〈光魔法〉をわかりあえるからですか? それは良縁ですね。おめでとうございます! 国と神殿、二方が手を取り合うのなら、これで我が国は安泰ですね!」


 おそらく、陛下と大神官によってまとめられた縁談だろう。そこにどんなメリットがあるのか、世事に疎い私にはサッパリわからないけれど、その中にも温かい情のようなものが通い合えばいいと思う。


「……お前……それ、真の気持ちか?」

「もちろんです。アベル殿下にも常々お伝えしてますが、辺境の地より、アベル殿下の御代の安定を支えるつもりです」


 はっきりアベル殿下が王位を継ぐと思っていると断言した形になってしまったが……言ってしまったものはしょうがない。


「……そうなのか?」

「私の信条は、幼い頃と全く変わっておりません。私は自分よりも強いものとしか結婚も婚約もいたしません。この「強い」はあくまで攻撃力です。総合的に考えればアベル殿下の方が強いかもしれませんが、単純に力押しならば、私はアベル殿下に負けません」

 言外にあなたには100%負けないと含ませる。もちろんガブリエラにも。


 ドミニク殿下は戸惑ったように後ろを振り向き、ガブリエラと視線を合わせる。今回のガブリエラは、私と殿下の会話に割って入ることはない。私を見下す材料がないからなのか? 私がドミニク殿下の婚約者ではないからなのか?

 いずれにせよ、警戒は怠らないようにしなければ。


「さあ、そろそろ本題に入ってください」

「兄との交際を許してやることと引き換えに……というカードが使えなくなった……お、お前……俺に忠誠を誓わないか?」


 何を言っているんだ? 思わず目を細める。前回私を罵倒したことを忘れたの? 命を救ってもらいながら、礼も言えないやつのどこを尊敬しろと?


『こやつ、まだ自分の立場がわかってないのか? なぜアベルが交際するのにこいつの許可がいる?』


 エメルと引っかかったところは違ったけれど、こうも意味をなさない会話をされると腹が立つ。私の声はどんどん低くなる。


「私の忠誠はローゼンバルク辺境伯のみに捧げています」

「お、お前の兄は……平民出のくせに、領主になるつもりなのか? ならば……」


 目の前が、一気に赤くなる! これまでドミニク殿下相手に感じたことのない感情が沸き起こる!

 たった今、私が唯一の忠誠を示した相手を……あなたはバカにした?


 ……許せない。

 全身からオートで魔力が放たれる!!


 ゴゴゴッ!という地鳴りとともに、窓向こうの美しい庭園からあらゆる草木が一斉に這い上がり、一瞬でドミニク殿下を縛りあげ、宙吊りにした!


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