第79話 二年生

 リールド高等学校、二年生になった。クラスはそのまま四組。騒動を起こして、あれこれ言われたクラスだけれど、他のクラスでまた一から珍獣扱いされるよりもマシだ。


 教室に入ると、ザックとケイト様がペコリと頭を下げてくれた。私も頭を下げて、ダイアナとともに一番後ろの席につく。後ろから改めて見ると、ザックはローゼンバルクに来た頃よりも体が一回り大きくなり、髪をニーチェのように刈り上げている。


「クロエちゃん、始業式も無事終わり週明けの演習が終われば、ようやくローゼンバルクに帰れますねえ」


 細々とした用事を済ませたら、さっさと帰る予定だ。早くベルンをマリアのもとに返さねば!

 ちなみに兄は、例の卒業パーティーの翌日には帰っていった。毎度、手のかかる妹で申し訳ない。


「そうね。今日は寄り道して帰ろうか。ドーマ様におみやげ買いたいでしょう?」

「ドーマ様よりもベビー用品見に行きましょうよっ! マリアの赤ちゃんに! 男の子かなあ?女の子かなあ? クロエちゃん、執事長は私にも抱っこさせてくれるかなあ?」


 ベルンの話では、マリアは散歩したり、編み物をしたり、穏やかな日々を過ごしているらしい。


「みーんなに祝福されて産まれる赤ちゃん、正直ちょっと妬けます」

 ダイアナは孤児だ。


「……ダイアナ、私もだよ。でもこれは二人だけの秘密ね」

 健在だけれどふた親ともに、ろくでなしの私。


「クロエ……様も? ……そっか。二人の秘密って響き、ワクワクします。クロエちゃんが男だったらもっとワクワクするのに〜」

「こら!」


 弱みも見せられる仲間がいる。今世の私は贅沢だ。




 ◇◇◇




 教室を出ようとすると、知らない男性に呼び止められた。いや、前世で見たことはあるかもしれない。同級生を示す、青いバッジを付けている。


「クロエ・ローゼンバルクだな。ついてこい」


 顎をしゃくって私を促す。


 私の前にダイアナが出る。

「どちら様か存じませんが、クロエ様はお忙しいのです。ごめんあそばせ」

「使用人風情が断るなど、不敬であるぞ!」


 不敬?


「しがない使用人ですが、クロエ・ローゼンバルク辺境伯令嬢と爵位的に対等かそれ以上のこの学校の人間の顔は、頭に入っております。あなた様はいないのでわかりません」


「……殿下がお呼びである」


 やはり……。

 同級生の貴族の子弟はドミニク殿下に群がったものだ。家の命運がかかっているのだから仕方ないとも思う。でも殿下に全て同調し、話したこともない私を牢獄送りにしたことは許せない。

「結局名前は教えてくださらないの? ふーん?」

 挑発を続けるダイアナを制して前に出る。


「申し訳ありませんが、私に御用でしたら、正式に屋敷を通してくださいませ」

「何故ちょっと話すだけというのに要らぬ手間を取らねばならない。いいから来い!」

「なぜならばそのように王家と話が済んでいるからです」

「キサマ、殿下の命を聞けぬと申すか?」

「失礼いたします」


 私はさっさと横を通り過ぎる。私に触れると怪我をすると聞いているのか、喚くだけで強引に引き留めることはない。


「こんなことをして、この学校で生きていけるとでも? もうお前を庇護していたアベル殿下はいないんだぞ!」


 ダイアナがやれやれと肩を竦めた。

「……何の脅しにもならないってわかってるんですかね? この学校で生きていかないことこそ、私たちの願いなのに。ねえ、昨年うちの次期様が殿下と決闘して、殿下は二度とクロエ様と接触しないと王家は誓約してるんだけど? それに、このやりとりも、ちゃんと王家の密偵が報告するんですよね。あいたたた……」


「決闘? 誓約? 何を出たら目なことをっ!」


 ぎゃあぎゃあと喚く貴族令息を残して、私たちは馬車に向かった。せっかく目立たぬよう、邪魔にならぬよう過ごしているのに、大抵相手が大騒ぎして、悪目立ちするパターン。もはや諦めた。


「クロエちゃん、私、行ってみたいカフェがあるんだけど?」

「いいわね。そこでお茶してからお土産の買い物しよう!」


 私が御者に寄り道を指示するあいだ、ダイアナは屋敷に『紙鳥』を飛ばした。馬車はスムーズに動き始めた。


 私はふわふわのクッションに沈み込み、考える。

 ドミニク殿下とは同級生。あまり学校に顔を出すつもりはないとはいえ、残り三年付き合わねばならないのだ。誓約があろうと突っ込んでくる相手と、いつまでもこの不愉快なやりとりをしたくはない。かといって不意打ちを食らって前回のように倒れたくはない。


「迎え撃つか……」


「クロエちゃん、面白い顔してる。カフェについたよ。ケーキ食べながら教えて?」


「いや、さすがに外では……」


 私は前世と違い、信頼できる仲間がいる。きちんと相談できるようになったこと、エメルに皆に見せてあげよう。




 ◇◇◇




「ドミニク殿下を迎え撃つ! ですか」

 夕食中、ダイアナがキラキラと目を光らせながら、私に向かって前傾する。


「ちょ、ちょっと近い! 下がって。あの通りすぐ絡んでくるでしょう? でも私、潜在的にあの方苦手でね」

「あー。前回、保健室で顔見た瞬間悪口言われてぶっ倒れたんですよね。王子相手じゃ言い返すこともできないし、そもそもクロエちゃん、アドリブ苦手だよね」


 前世のトラウマと相まって倒れた件、ダイアナはそう伝え聞いているのか。


「そう。アドリブ苦手なの。だからきちんと、みんなに相談して、シナリオ準備して、一度で済ませてしまいたいのよ。どう思う?」


 私は私のすぐ後ろに立つベルンと、横で葉野菜をモグモグ食べているエメルにうかがう。


「クロエ様、我々は主君の命には何であっても喜んで従います。ただ、より効果を高め成功を収めるためにアドバイスはいたしますよ? せっかくクロエ様が私の意向を聞いてくださったのですから」


『ベルン、もったいぶってないで、そのアドバイスってやつ言ってみろ!』

 私とダイアナもうんうんと頷く。


「まず、アウェーで会ってはなりません。特に学校です。クロエ様が苦手な場所で会うことは何の良い結果も生みません」


「その通りだわ」

 私だって、教室や、サロンでなければ、あれほど鮮明な白昼夢を見ることは無いと思う。


「中立もしくはこちらよりの屋敷がベストですね。そして、そこでの会合を公にすること。こちらは現時点で隠し事や、やましい事はないのですから。さらには互いに従者をつけること。で、もしいれば、中立で力を持つ方の立ち会いが欲しいですね」


「その人の前で無茶なことを口に出すのが恥ずかしくなるような人ね。でも王子を中立の立場で窘めることができる人なんているかしら?」


 本来であれば、アベル殿下が当てはまるのだろうけど、殿下はおそらく私贔屓だ。

「いなければ書記を雇い、全て記録です。それだけで不用意な発言はできなくなるでしょう」


「はーいはいはい! 私速記得意! 私が書記しまーす」

『ダイアナじゃ中立性ゼロだ』

「そうですね。プロを雇うべきでしょう」

「えーっ!」


「善は急げね。ダイアナ、お兄様にご連絡しておいて。ベルンはまず、今回のお呼び出しの御用件を伺って、こちらの条件を飲めば、会合の場を設けます、という手紙を王家宛に用意しておいて。堂々と白日の元でお会いするとわかるように。兄から返事が来たら、スタートよ」


「「かしこまりました」」


 ダイアナが窓から『紙鳥』を飛ばす。


「ベルン、ごめんね。帰るの遅くなっちゃうね」

「……いいえ。ようやく頼りにしていただいて嬉しいです。マリアもきっと喜んでますよ」




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