第68話 マリアの不調

 帰宅すると、マリアはベルンとの夫婦の部屋で寝込んでいた。ベルンは真っ青になり、自分たちの部屋に駆け込んだ。


「マリア、大丈夫かしら」

「クロエ様。私も今日は魔力けっこう使っちゃったので、休ませていただきます」


 ダイアナがペコリと頭を下げる。『紙鳥』は高度な魔法だ。あれだけ連発すれば、かなり魔力体力ともに消耗し、きついはず。

「ダイアナ、今日はありがとう。これ、回復ポーション。寝る前に飲んで!」

「ありがとうクロエちゃん! おやすみなさーい! おっふろ〜!」


 ダイアナは心配なさそうだ。


「エメル、マリアどう思う?」

『今はまだ何とも……ベルンがついてれば大丈夫だ』


 何の病気か? 病気なのかもわからない。私はとりあえず体調を整えるポーションを取り出して、そっとキッチンに置いておいた。ベルンなら気がつくはずだ。



 ◇◇◇



 翌朝、ローゼンバルクに戻る日になっても、マリアの体調は良くならなかった。


「マリアは、元気になってから、馬車でのんびり戻っておいで?」

 そして、私がいないこの屋敷でベルンとまったり過ごせばいい。


「嫌です!クロエ様と一緒にいるのが私の生きがいです。私も一緒に帰ります!私だってローゼンバルクがいい!帰りたい!」

 よろよろとベッドを出て、着替えようとするマリアを慌てて止める。


『真っ青な顔をして、何言ってんだ……』


「医者は診せたの?」

「それが……マリアが医者は絶対に嫌だと言い張って……子を亡くしたときの医者が、最低なヤブ医者だったらしく……。昨日は食あたりかと思いましたが、クロエ様もダイアナもピンピンしてますしね」

 ベルンもこの一日で、げっそりやつれてしまった。


「毒だったら、見た瞬間わかるわ」

『さすがにアルマンも、今の立場で下手なもの食べさせないだろ〜』


「でも、クロエ様、ドーマ様が肺病の薬が至急必要だと……」

 ダイアナがマリアを気にしながら私に耳打ちする。


「エメル……二人いける?」

『まあオレなら最短一日で連れて帰れる。乗り心地は悪いが、存分に空中で吐いてくれ。安全は保証する。魔力は到着後、ジュードを吸い付くそう』

「私も最短……五日……ううん、四日で戻るから、お兄様を干からびさせないでね」


「もしやマリアを……捕縛で連れ帰ると?」

 ベルンが驚く顔……久しぶりに見たかも?

「ベルンもね。マリアと離れられないでしょう? それがベストよ」

「…………ありがとうございます。至急、こちらの仕事を引き継ぎ、準備をいたします」

 ベルンがバタバタと部屋を出ていった。


「ベルンとマリアの出発は今夜よ。王都では闇に紛れないと」

『マリア、帰りたがったのはお前だ。文句言うなよ』

「マリア、ドーマ様ならば診てもらってもいいでしょう? 先に戻ってゆっくりしててね。私もすぐに追いつくわ。飛行中我慢できなくなったら、すぐ言うのよ? エメルがスピード上げるわ」

「えー! そこは地上に降りるんじゃないんですかー?」

 ダイアナが目を丸くする。


「ココとローゼンバルクの直線上に街などないもの。早くたどり着いたほうがいい。ダイアナ、お兄様に手紙を!」

「はーい。至急便で出しまーす!」


「お嬢様、エメル様……わがままを申しまして……ありがとうございます」

 マリアはホッとしたようで、力なく笑った。

「マリアは出発まで寝てて!」

『まあマリアはおそらく病気ではない…大丈夫だろう。よし! オレはギリギリまでクロエの魔力を貯め込むぞ!』

「はーい、どーぞー」

 エメルが私の頭にちゅーっと吸い付いた。




 ◇◇◇




 厩舎から馬が用意される。出立メンバーは私とダイアナと王都で商談途中だったゴーシュだ。

 護衛は必要ない、ゴーシュの仕事の邪魔をしたくないと思ったけれど、なぜか『紙鳥』が戻ってきて、ベルンが一緒でないならば、ゴーシュを護衛に付けねば許さん! と祖父に怒られた。


「ゴーシュ、ごめんなさい」

「いや、マリアが具合悪ければしょうがないだろ? みんなで協力すんのは当たり前だ」

 ゴーシュは商談用のスーツを脱ぎ捨てながら、サラリとそう言った。


「それにしても誰がローゼンバルクから『紙鳥』送ってくれたのかな?」

 ダイアナの他に〈紙魔法〉使い、いただろうか?


「えへへ〜! 実は私のさっきの『紙鳥』、往復便だったんだ〜」

『何? ダイアナやるな!』

「ダイアナすごい! またレベルあがったんじゃない?」

「もっと褒めて〜褒めると伸びる子よ〜私〜」


 全行程野宿予定だけれど、荷物はない。私のマジックルームに入っている。馬も軽いほうが早く走れる。ゴーシュだけでなく、私たちも男物の旅装束だ。


 マリアはベッドの中。私はベルンとゴーシュと最後の確認事項を立ち話していると、既に大きく開け放たれた門の前で、門番が誰かと揉めている?


「何かしら?」

「……あれは……フィドラー子爵です」

 ベルンのモノクルがキラリと光る。


「それと……泣き虫ザックちゃんね」

「泣き虫って?」

「よく、クロエ様への仕打ちをクラスメイトに責められて涙ぐんでるよ」

 ダイアナの発言に瞠目する!


「ウソ!? ダイアナそういうことは教えてよ!」

「教えるわけないじゃん。己の無知の自業自得よ。あれでも我々の上に立つ貴族なんでしょう?」


 結局昨日の会合で我々とケイトの家は良好な関係? に戻ることだろう。フィドラー子爵家とだけ仲違い? し続けるのも……意味がない。

 それにケイトとザックはおそらく恋人同士。仲を引き裂く悪者になど、なりたくない。


「……ベルン、声をかけるわ」

「クロエ様はお優しい」

「まあでも貴族社会で十分に制裁されたようだぜ? 最近はナジム伯爵夫人が薬が手に入らなくなったことをヒステリックに喚き散らしている」

 ゴーシュが馬の調子を確認しながら教えてくれた。


「何それ? 頼んでないでしょ?」

 貴族にうちの味方などいるのだろうか? そもそもその夫人は一度偏頭痛の薬を処方して、高い!と文句を言われた記憶しかないのだが。


「蹴落とすためなら、あらゆる機会を狙うのが貴族ってやつだ」

「……怖い」


 門にがっしりとした、軍人のような恰幅の、中年男性……これが子爵だろう。そして憔悴しきったザック様。


 今の彼に……恐怖は湧かない。それにベルンもダイアナもゴーシュもいる。大丈夫。


「おはようございます。私がクロエ・ローゼンバルクです。用件は手短かにお願いします。私たち、発つ直前ですので」


「っ! ようやくお目にかかれました。私はフィドラー家当主グランと申します。この度の息子の不始末、詫びても詫びても足りないくらいですが、お急ぎのご様子。時間をかけては申し訳ない。昨日、アルマン会長からザックをローゼンバルクに送るようにおっしゃったと聞きました。是非こき使っていただきたく、参上しました」


 そういえば、ベルンがそんなことを言っていた。

「ええと……ザック様、納得しているの?」

「納得してるよ」

 ザックは苦笑いした。その様子を見たダイアナは、一気に機嫌が悪くなる。

「あなた、何ができるのよ? 見たところレベル、40いくかいかないかってとこじゃない? 使えない人間などローゼンバルクには不要よ!」

「ダイアナ〜!」

 ゴーシュがダイアナの頭をバシンと叩く。


 確かに働き盛りの我々の世代で弱かったり、技能を使って稼げなければ、努力を怠ったものとしてローゼンバルクにおいて居場所はない。

 でも今回は、ベルンが一応したのだ。誘っておいて、不要だなんて

 言ってはいけない。


「ザック様、我々今回事情がありまして、四日の日程でローゼンバルクに戻ります」

「……四日? 国の端から端までを四日?最低一週間は……」

「無理であれば、ご自分のペースでご都合の良い日においでください」

「壊れたくなければ、やめたほうがいい。ローゼンバルクはあなたにとって、針のむしろよ?」

 ダイアナの口をゴーシュが再び塞ぐ。


「いや……行く。この機会を逃せば、二度と君に会えないことくらいわかる」


「学校は休んでいいのですか?」

「一ヶ月、休学させます」

「そうですか。ダイアナ?」

「……はいっ、お館様に連絡しました」

「あ、その馬では体力が持ちませんので、うちの馬を貸しますよ」

 ゴーシュが厩舎係にうちの馬をもう一頭連れて来させる。

「で、でかい……」



「ベルン、マリアをよろしく。ザック様の受け入れ準備お願いね。エメル、頑張って!」

 私は最後はささやき声で、肩の透明エメルにキスをした。

『夜半にビューンと追い越すから見とけよ』

 エメルも耳元で囁く。


「ゴーシュ、クロエ様と皆を頼む」

「了解! マリアを早くドーマ様に診せてやれ」

 ベルンとゴーシュがハグをして、背中を叩きあう。


「では、各自『道標』を手繰った? じゃあ私先頭、ダイアナとザック様、ゴーシュ最後の隊列で!出発!」


「「はっ!」」


「「「「いってらっしゃいませ!」」」」


 一斉に駆け出した。



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