第67話 商談
「それは、自業自得なんじゃないの? ケイトさんにザックさんだっけ? あまりにお子様すぎるわ。自分が立ち向かう相手がどれだけ大物か? 知らずにケンカを売ったんでしょ? 王都の子どもたちって呑気ね。ど田舎の子どもだって、相手の実力と親が恐ろしいかどうか検討した上でケンカ売るわよ。守られることが当たり前で、何も知らなくても生きていけるからなのかな?」
「……ダイアナ、口が過ぎるわ」
「失礼いたしました」
ダイアナを下げて、深呼吸し、ゆっくりと落ち着いて話す。
「つまり、うちの祖父に怯える皆様が取引してくれなくなったから、なんとかして欲しい、と。これ、ケイト様にも言ったけれど、大の大人のあなたが、小娘でしかない私に言うのは卑怯だと思います」
「クロエ様に、おすがりするしか……」
アルマン会長は深く頭を下げる。
まあ、祖父や兄が話を聞くわけない。でも、祖父も兄も直接手を下していない。話を聞いた人々が自己判断で取引から手を引いたのだ。
「商売人ならば、風評で進退左右されることくらいわかってるでしょうに」
マリアが肩をすくめる。
「……マリア、会長は病気だったし、ケイト様は商売人としての教育を受けてないんだからしょうがないわ」
「ワンマン経営の弊害ですわね」
マリアも……いろいろと言いたいことを溜め込んでいたようだ。
トントン、とドアがノックされ、アルマン会長の付き人が開けると、冷たくモノクルを光らせたベルンが入ってきた。
「ベルン、ありがとう!」
私の肩の力が一気に抜ける。
「……アルマンさん、あなたがた、バカなんですか? 本当にうちのお嬢様を誘拐するとは?」
ああ、ベルンが静かに怒ってる。
「ゆ、誘拐などしておりません!」
「通りに面した場所で、人目を引くのを嫌がるのを見越して、部屋に連れ込むなど、私にとっては誘拐ですよ」
ベルンのこめかみの血管が切れそうだ。
「ベルン、今回はマリアとダイアナが一緒だから、私が乗ってあげたの。何度も繰り返されても面倒だもの。その件は流してあげて。で、それ以外の交渉をお願いします。うちに怯えて取引先がいなくなったから、従業員たくさん抱えてピンチなんですって。で、不和の噂を払拭してあげたら何でもしてくれるんだって! ね! 会長!」
とりあえず、話し合いのチャンスは設けたいと思う。彼にもそれなりの言い分はあるだろうし、それがもし嘘であっても、エメル含め五人もいれば誰か見破ることができる。
前世の私は、身分や魔法の適性をかさに、一切の反論や交渉の機会を与えられなかった。それだけはしたくない。
「も、もちろんです!」
『クロエ、案外交渉上手だな!』
「ほう……何でも……ねえ。つまり、ローゼンバルクとの和解の証が欲しいと?」
「はい。命を救っていただいたことも忘れておりません! 我々にできることは何でもいたします!」
ベルンのモノクルがキラリと光った。マリアはあまり、脅しモードのベルンを見たことはなかったのでは? 優しい夫のイメージを崩すのはどうだろうか?
「えっと、マリア。ベルンと二人そろってここにいると、屋敷を取り仕切る人がいなくて心配だわ。マリアは一足先に護衛と帰って? 私たちは話が終わったら馬車を紙鳥で呼ぶから」
「そーだね。なんかマリア、腰をずっとさすってるし、食欲ないし、帰ってちょっと休憩したほうがいいよ」
「……何ですって?」
ダイアナの発言にベルンが顔を顰める。
「た、大したことないのよ? じゃ、じゃあ、家の仕事をしております……ね」
マリアは一礼して部屋を出た。
「クロエ様、本当によろしいのですね?」
ベルンが私を心配そうに見つめる。私が彼を許すのか、再確認しているのだ。
教室での出来事は辛かった。でも、初対面のこの男に思うところなどない。従業員を抱えて大変だなあと思うだけ。これ以上、面倒事を起こさなければどうでもいい。
でも、私は領主の娘だ。
「全てはローゼンバルクのために。お兄様の助けになるように……お願い」
私の小さな声を聞き逃さず、ベルンは小さく頷いた。
ベルンはふうと息を吐くと背筋を伸ばして、膝の上に手を上品に乗せ、アルマンに向け小さく微笑んだ。
「それでは三つほど提案させていただきます。まず、ローゼンバルクの商品を、如何なるときも、市場の二割り増しで買い取ること。二つ目はクロエ様が必要とされる薬の原料を率先して探し、買い付けること。最後は、今後、騒乱などが起こったときに、率先してローゼンバルクに商品を卸すこと。期間は無期限。これでどうでしょう?」
「騒乱とは?」
「戦時を想定しています。王家よりも、どこよりも優先出来ますか?」
戦時は商売人の腕の見せどころだ。その格好の機会に、ローゼンバルクのために配慮しろと言っている。
「それをお受けすればどのように取り計らってくださいますか?」
「そうですね。次期辺境伯に商会の本店に出向いてもらいましょう」
次期当主ジュード兄自ら店に赴く。ローゼンバルクと取引があると知らしめる。いい宣伝だ。
「クロエ様……ではなく? できましたら店頭にケイトを出しますので、ケイトからご購入していただく格好などしていただけませんでしょうか?」
「今後、クロエ様を我々が表に出すことはありません。そしてそちらのお嬢様は未熟すぎる。またおかしなことを言って、うちのクロエ様を被害にあわせるわけには参りません」
「今、厳しく、商売人のイロハを教えております! ケイトにもうちの商売が揺らいでいることを身をもってわかってもらわねば!」
「それ、ますますクロエちゃんを恨んでそうじゃない? お嬢様育ちなのにクロエちゃんのせいで働かされてるーって!」
「ダイアナ静かになさい」
口を尖らせるダイアナを、再びたしなめる。
「いえ……先日、王都の知り合いの薬屋の仕事を見に行かせました。思わぬ重労働に悲鳴を上げておりました」
「一日二日、薬屋手伝ったくらいで、クロエちゃんの苦労わかったふうなこと言わないで! クロエちゃんは薬草を種から育てて、雨の日も雪の日も農作業してんのよ?」
ダイアナの口は止まらない。でも手は確実に動き、数羽の紙鳥がいっぺんに空に舞う。
「ダイアナ……すいません。この子は生粋のローゼンバルクの民ですので、私贔屓なんです」
「いえ……そうですか。薬草を手ずから……私を救っていただいた、茸もひょっとして」
「もちろんクロエ様が山に数日篭られて見つけられたのです」
ベルンが静かに、さも当たり前のように伝える。
「全て……条件を呑みます。どうぞよしなに」
アルマンは深々と頭を下げた。
「では、私の方で書類は準備します。我らのお館様からお許しが出ましたら、契約しましょう」
「ありがとうございます」
ベルンが話をまとめ、帰り支度をはじめた。
ダイアナが手早く最後の紙鳥を、私の風に乗せた。
退出のために立ち上がると、再度アルマン会長に呼び止められた。
「クロエ様?」
「はい?」
「今回、私たちは信頼を挽回するチャンスをいただきました。どうか、フィドラー子爵家にも温情を授けていただけないでしょうか?」
……ザック様とドミニク殿下の大声での罵り声は、辛かった。
「私は男性の怒鳴り声が苦手なのです。ザック様に恨みなどありません」
「どうか、謝罪の機会をお与えください」
ベルンがくすりと、冷ややかに笑った。
「クロエ様は明日、領地に戻られます。もしその気持ちが真なら、我らの領地に参られては?」
「……ローゼンバルクに……ですか?」
アルマンが途方にくれた顔をする。
「無理にとは申しません。王都の皆様にとって、スタンピード以降も魔獣が跋扈する辺境は恐ろしいでしょうから。あと、あなたも次などないですからね? ローゼンバルクとの契約を反故でもしたら……お分かりですね? では」
威力抜群のベルンの捨て台詞に、私とダイアナは思わずギュッと手を繋いだ。
◇◇◇
『ローゼンバルク、オバケでも出るのか?』
「ドラゴンなら出るよね〜エメルさま!」
ダイアナがイヒヒと笑う。
いろいろ思うところはあるけれど、戦時の物資の供給元ができたことは領のため、兄のためになったのではなかろうか? と考えながら、馬車の定位置に座る。辺境では、全てを自給自足できるわけがないのだから。まあでもタダでもらえるわけではないから、やっぱり現金を稼がないと……。
「ほら、さっさと帰りますよ! ダイアナ! マリアの具合が悪いとなぜさっさと教えないのです! 何のための〈紙鳥〉ですか!」
「執事長ごめんなさーい。あのおじさんが、いっぱいケーキ持たせてくれたから、これ見たら元気になるんじゃない?」
「でも、マリア、さっき全然食べなかった……」
そう思うと、途端にマリアが心配になってきた。
「マリアがケーキを食べない? なんてことだ……。すまん、スピードを上げてくれ!」
『うおっ! あぶなっ!』
ローゼンバルクの漆黒の馬車がいきなりスピードを上げて、王都を疾走した。
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