第66話 商人
今学期の試験も終えて、明日、準備が出来次第ローゼンバルクに戻る。次に来るのは学年末だ。
その前に、私はマリアとダイアナとエメルと護衛をつけて、街に繰り出した。市場で珍しい植物が出ていないか、物色するのだ。
「お嬢様は……本当に庶民に化けるのがお上手ですね……」
何故かマリアが残念そうにそう言う。
茶色の髪はありきたりだし、若草色の目は黒縁メガネでごまかせる。そして清潔でさえあれば、町娘風の古着を着ることに抵抗がない。前世に比べれば上等なくらいだ。
「クロエちゃんは、畑仕事のしすぎで焼けてるしね」
それもあるのか! 確かに貴族令嬢が躍起になって色白を目指すなか、ちょっと黒い? 焼けすぎるのも皮膚に悪いと、トムじいの知識が言っている。
「そっか……ちょっと黒味を落ち着かせる薬を飲んどくか……」
「お嬢様! それ私にもください!」
「く、クロエちゃん! 私も私も!」
『へー、そこに女は食いつくのか? 売れるんじゃないか?』
「「売れます! クロエ様(ちゃん)!!」」
じゃあ、ローゼンバルクに戻ったら、商品化目指してがんばっちゃおうかしら。冬前に今年こそ孤児院と神殿の屋根をなんとかしたい。
それにしても、マリアの顔色が今一つだ。
「マリア、今日はウチに残ったら?」
「嫌です! もし残りでもしたら、あの人にどうかしたのかと寝かしつけられてしまいます!」
ベルンは過保護らしい。
「きつい時は言ってね?」
『言えよ?』
「そーだそーだ! マリアさん無理禁止〜」
◇◇◇
中心街まで、まだ少し距離があるところで馬車から降りる。
そして女三人、ワイワイ喋りながら道の端を歩き、市場に向かう。
「クロエちゃん、あの野菜何かなあ」
私はトムじいの知識を探る。
「えーっとねえ……ぶろ、ブロッコリーだって。栄養価は高い」
「緑色が鮮やかですわねえ」
「ネル神官の髪形に似てるよね……」
ネル神官は孤児院で一番口やかましい……大人目線では子どもが将来つらい目に合わないように嫌われ役を買って出ている、ドーマ様の信頼厚い中年の男性神官だ。
「……言えてる」
「孤児院で育てられる?」
「子どもだけでは難しいかな……とりあえず買ってみて、種を取ろう。マリア、今夜のシチューにも入れてくれる?」
「料理長が困った顔しますよ? 見たこともない野菜、また持ってきた〜って。ふふふ」
「おじさーん、くっださーいなー」
「よお、お姉ちゃん! いらっしゃい!」
ほかに、未知の南国のフルーツを二つ見つけた。今日は収穫があって嬉しい。
私たちは一仕事終え、ダイアナがリサーチしてきた、隠れ名店のカフェで休憩する。
店内は満席で、テラス席に案内される。天気がいいので日除けのパラソルさえあれば構わない。
「おすすめのケーキ六個! 全部種類違うやつでお願いします!」
ダイアナが鼻息荒く注文する!
「え、ダイアナそんなに食べるの?」
「違うよー! 一人二個! マリアさんも二個くらいいけるでしょう?」
「私、最近ウエストが……」
「幸せ太りだ……マリアさんってば、このこの〜!」
「だ、ダイアナ! 大人をからかうもんじゃありませんっ!」
マリアはやはり本調子でないのか、ダイエット中なのか、柑橘ジュースだけ飲んで、ケーキに手をつけなかった。マリアの分はエメルが私の膝の上でこっそり食べた。
『あー美味かった!』
「ほんと〜! 王都のメリットって、小洒落たケーキ食べれることだけだよね。他はローゼンバルクが一番いい」
マリアもニッコリ笑って頷いた。
「ありがとう、ダイアナ。マリア」
急に背の高い男が私の目の前に現れ、立ち尽くした。視界の隅の護衛が屋敷に向けて走りだす。うちの護衛の役目は伝令だ。私は自分の身を守れるから。今もマリアとダイアナ含め、地味に自動草盾を展開してる。
着ているものは上質だ。今の私よりもよほどお金がかかっている。私は椅子からその中年の男性を見上げた。体の割に、頬はこけている。中年……ホークくらいだろうか?
「ローゼンバルクのクロエ様とお見受けいたします」
「…………」
「私は、この店のオーナーです」
「オーナー? ケーキの職人さんではないのね?」
ダイアナが私の代わりに会話する。
「デレク・アルマンと申します。クロエ様に命を救っていただいた男です」
「……アルマン商会の会長?」
マリアが立ち上がり、私の前に出ようとする。
なるほど、ケイトの父親か。
私は母獅子のように牙を向くマリアを押し留める。
1,000の従業員を抱える会長自らやってきたのだ。一度話してケリをつけたほうがいいかもしれない。
「はじめまして、クロエです。薬の件はちゃんと代金はいただいていると聞いています。商売ですので礼など不要です。でも元気そうなお姿を見て安心しました。ところでなぜ、私どもがここにいると?」
「お叱りを承知で申し上げますが、お屋敷に見張りを張り付けております」
「それは……ご苦労様」
我ローゼンバルクは見張りぐらいでは動かない。見張られすぎていて面倒なのだ。ちょっかい出されれば倍返しするけれど。
「クロエ様、その節は娘が大変失礼いたしました。心よりお詫び申し上げます」
「ねえ、目立ってるわ。わざとなの? 誰にアピールしてるわけ?」
ダイアナが大物相手に睨みつける。
「そうですね。ダイアナの言うとおり、目立つのは苦手なんですが」
「では、是非店内へ! どうぞ、どうぞお願いいたします!」
頭を地面に擦りつける。
これがテクニックだとはわかっていても、醜聞は避けたい。今日は私一人じゃないし、ベルンもすぐに駆けつけるだろう。
「わかりました」
◇◇◇
二階の個室に通された。フカフカの皮張りのソファーに豪華な調度品。
「あれー? さっき満席だからってテラス席に案内されたのに、こんな部屋あるんだ〜」
絶好調のダイアナに苦笑しつつ、窓を開けていいか尋ねる。
「空気が悪いでしょうか?」
「いいえ、常に連絡を取らないと祖父に叱られるのです。ダイアナ?」
「はーい」
ダイアナはサササッと大きめの白い紙に文章を書き、鳥のように折る。
私が窓に向けて〈風魔法〉を流すと、
「『紙鳥』!」
ダイアナの折った紙の鳥は風に乗り、あっという間に消えた。
ダイアナの適性は〈紙魔法〉。それもマスターだ。彼女が祖父に兄の側近として選ばれたのは、攻撃力や防御力というよりも……類を見ない情報力? のため。
今飛んで行った手紙は一時間で祖父の手元に間違いなく届く。同じ王都のベルンの元へなら数分。
「つまり、クロエ様との会話は、時をおかずして辺境伯様に筒抜けと……」
「そう。ダイアナは何一つ漏らさず速記できるのよ」
アルマン会長がゴクリと唾を飲み込んだ。
「それで、お話は?」
「……大変あつかましいのですが……ケイトを許してやってくださいませんでしょうか?」
「お嬢様を罵倒したことを、忘れろと?」
マリアも常にない、冷ややかな声を出す。
「いえ、私どもにできることはなんでもいたします。それをもって許していただければ」
「別に、もう、どうでもいいのだけど……」
「それは、ケイトが見放されたも同じことです!」
「そもそも、今回の件までケイト様とお話したこともなかったのです。見放すもなにもないわ」
「存じ上げております。恥を忍んで申し上げます。私どもを許したと大きな声で言ってください。助けていただきたいのです」
ダイアナが黙々と紙鳥を空に放つ。
「ケイトとフィドラー子爵令息とクロエ様の二度にわたるやり取り、同じクラスの子どもたちは皆見ております。それを家庭で聞いた大人は全てクロエ様のおっしゃることに納得する。そして、いわれなき糾弾を受けたクロエ様は学内で倒れ、崇高なるアベル殿下が自ら〈光魔法〉で助けられた。さらに、クロエ様は学校を休みがちになった。激しく怒ってると簡単に推察できるローゼンバルク辺境伯と、アベル殿下を敵に回してまで、我々と商売をしてくれるものなど、おらんのです」
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