第65話 休学明け
ダイアナはサクッと編入試験に合格し、歳をごまかして私と同じ一学年の四組に入ってくれた。トリーはこれから二年間、必死に勉強して、14歳になったら入学するらしい。
そして、三ヶ月ぶりに、定期試験のために、ダイアナとともに、教室に入ると、皆の表情が固まった。
覚悟していたことだ。ダイアナは賑やかに喋りながら私の隣の席につく。事前に下見し根回ししたようだ。
「ダイアナ……手際いいわね」
「えへへ〜! クロエちゃん、もっと褒めて〜!」
私と腕を組み、仲良く話しながらも、まわりを威嚇することは忘れない。器用だ。
そういえば、隣はカーラ様だったけど……と思い見渡すと、斜め前の席に変わっていた。ダイアナが自分をねじ込んだからだろう。
「ダイアナ……あなたの前の女性がカーラ様だから」
「ああ。クロエ様が感謝されてる方ですね。了解です」
カーラ様はチラリと私を振り返った。すかさず頭を下げる。
小さく首を横に振るカーラ様。いつもどおりだ。
ザック様やケイト様もソワソワと、私に話しかけたそうにしているけれど……こちらから無理だ。私は自分の心を平穏に保つだけで精一杯なのだ。
そのうちに、教師がやってきて、予定通り、試験が開始した。
◇◇◇
「クロエちゃん、あーん」
「あ、あーん?」
昼食は、天気が良かったので中庭のベンチで食べた。
ダイアナが、お弁当を一つ一つ、口まで運んでくれる。これは子ども扱いでは? 違うの?
前世から、一緒にお弁当を食べる友人などいなかったから、わからない。
「お屋敷のお食事は美味しいですねえ」
「ほんとにね。おじい様に感謝だわ」
おじい様とマリアは何とかして私を太らせようと、タッグを組んでいる。
「クロエちゃん、試験どうでした?」
「多分、問題無いと思うわ。ダイアナは?」
「ならば私も問題なしです。全部クロエ様のを写したので!」
「カンニング!? ど、どうやったの?」
「ああ、半径十m以内の紙面の情報を得ることくらい、なんてことないです」
……逞しい。羨ましい。教えてほしい。やはり違う魔法のほうが新鮮だ。
ダイアナは孤児院で一緒に芋掘りして、揚げて塩をまぶしてアツアツを食べていたころと、全く態度が変わらない。変わらないままに、従者をしてくれる。共通の思い出も多く、会話も尽きない。
「あ、ドーマ様が腰に貼る湿布欲しいって言ってました」
「じゃあ、今夜作るわ。ダイアナもお手紙書けば? 一緒に送るよ?」
「えー! 添削されそうだからやめときます」
周囲に張った結界が、人の到来を教える。ダイアナが静かに立ち上がり、ポケットに手を入れた。ダイアナの武器〈紙吹雪〉は可愛いけれど、私たちが消えるまでの目眩しとしては優秀だ。
そして紙は時に、鋭利な刃物にもなる。
「クロエ、久しぶり」
私はダイアナを後ろに下げて立ち上がり、礼を取る。
「シエル様、その節はご迷惑をおかけしました」
「追い払われる覚悟で来たんだけれど……良かった。彼女は?」
「友人のダイアナです。過保護な祖父が郷里から付き添いとしてつけてくれました」
「ローゼンバルクの……さぞや手だれなんだろうね」
「ダイアナと申します。私にとって、大恩あるクロエ様を傷つける人類は全て敵ですので。あ、平民なので、言葉遣いがなってなくてすいません。でもシエル先輩は人間出来てるから気になりませんよね?」
「だ、ダイアナ……」
私の顔は絶対に青ざめている。
「ふふふ、そうだね。全く気にならないよ。私もクロエには助けてもらったことがある。君の仲間だ。私はもうすぐ卒業だからね。ダイアナがクロエのそばにいると思うと頼もしいよ」
シエル様はさりげなく私の隣に腰を下ろした。
「クロエ、アベル殿下も君に会いたがっているんだが、立場的に人の目があるところで謝罪できないから」
「アベル殿下に謝罪してもらうことなど、何一つありません。私が体調管理できていなかっただけです。もう、私のことなどお忘れください」
本当にアベル殿下に対して思うところは何もないのだ。ますます苦労しそうだな……と同情するだけ。
彼は私の前世の登場人物ではないのだから。
「忘れることなど……不可能だろう。クロエは殿下がずっと求めていた答えを提示できた人間だ」
「ならば……殿下の御代になったら、四魔法以外の子どもも、のびのびと適性を伸ばせる環境を作ってくれたら嬉しいです」
「無欲だね。伝えておくよ」
「はーい、時間切れでーす」
ダイアナが私とシエル先輩の間を割って入る。
「シエル先輩もカッコいいから人目につくんです。今後はこのような突撃はお控えください」
「くくっ! そうだね。ではちゃんと、先ぶれを出してローゼンバルク邸に伺うね」
「ちょびヒゲつけて変装してきてくださいね〜。あと、全ての会話はジュード様に報告しますんで〜」
シエル様は爆笑しながら立ち去った。
「ダイアナ……大物ね……」
頼りになる。
◇◇◇
二日がかりの試験も残り一教科。それが終わればローゼンバルクに帰れる。次の予定まで二時間空くことになり、私たちは時間を潰すために図書室に行く。
図書室は前世もよく過ごした。本を読んでいれば、熱中出来て、本を読むために一人なのだと格好がついた。前世で数少ない救われた場所のため、抵抗なく過ごせる。
蔵書をぐるりと見てまわり、前世読みこぼした本を探す。
『師弟制度』。ああ、これなど前世では、師と出会うことなど想像もしなかったから読んでない。私は笑みを浮かべて本棚から取り出す。
しっかり覚えて、トムじいの教えを私も誰かに引き継ぎたい。
これも今世の夢になる。自立した薬師になること。兄のため、ローゼンバルクの役にたつこと。それに続く三つ目の夢。
特に禁書でもないので、貸し出し票を書き、窓際の席でゆっくりと読む。ダイアナは隣のテーブルで一応次の試験の学習をしている。
兄に教えてもらった〈氷魔法〉の薄氷の結界がパリンと割れた。図書室は三階。地表から離れている場合は草よりも他の魔法の結界のほうが楽なのだ。
他の生徒は授業中のこの時間、図書室を訪れる者。私と似たような境遇の時間潰しの人間か?私に用事があるものか? シエル様に続き本日二度目、私の登校を待ち構えていた人間が他にいるの?
私が入り口を見るとダイアナも顔を上げた。
私は視線で、ひとまず様子を見るように促す。ダイアナが頷く。
私が本に視線を戻すと、カチャリと扉が開き、誰かが入室した。静かな軽い足音が、磨かれた床に響く。そして、全く人気のない本のコーナーの端にある、私の前世からの特等席の向こうでそれは止まった。
視線を徐々に上げると、スカート。女性の制服。
そして……ルルがいた。
今日のルルの灰色の瞳は凪いでいた。怒り狂っていた前回と正反対。だから、色こそ緑と灰色と違うけれど、どことなくトムじいの瞳に見えて……懐かしい。
しばらく見つめあったけれど、ルルは何も言わない。ならば私も言うことはない。私の言動一つ一つがルルの気に触るだろうから。
私は小さく頭を下げて、本に視線を戻す。ルルが立ち去るまでは、何も頭に入るわけがないけれど。
「これ」
何かが机を滑り、私に差し出された。表紙が若草色の……ノート?
私は頭を上げて、ルルを見上げる。ルルが視線をノートに送る。手に取れということ?
ダイアナがあえてカタンと音を立てて立ち上がり、こちらに来てノートに手を伸ばす。
ふとルルの眉間にシワがよる。私は首を振ってダイアナを止める。
たとえ、何か危険なものであっても……私が受け止めなければならない。
私は一度、ルルと視線を合わせた後、ノートを手に取って、一枚ずつめくった。
丁寧に丁寧に、二年生からの授業の内容と、ルルの解説が書かれていた。
「……人づてに、授業を受けてないと聞いて……役に立ててちょうだい」
「ルル……」
「……私がそこの女の子の位置にいる未来があったのかもしれない」
そう言ってルルはちらりとダイアナを見た。
「同じ、黒髪で、同じ、平民なのにね……」
私は思わず立ち上がった!
「ルル! わ、私は今からでも仲直り……」
「私は自分から、その権利を放棄したんだわ……悔しいけど……クロエ……様のそばにいることは出来ない。心のどこかが、姫さまを許せない」
ルルの顔がクシャリと歪む。そんな辛そうな顔しないで……。
「ルル、許さなくっていいの。でも、私はどうしたってルルが大好き……これからも大好きなままでいることを……許して……」
「……私も好きよ。姫さま」
ルルは大人の、やるせない笑みを浮かべて、私に背を向けた。
「ルル! 私はルルのためなら力を使うから! 私の力はルルとトムじいにもらったものだもの! 覚えておいて! ルルが困ったら、すぐに駆けつけるから!」
「姫さまの力は姫さまの努力の結晶。呼びつけることなど一生ないわ。姫さまは、もっと自分と……〈草魔法〉を大事にしたほうがいい。自分を守るために使って」
振り返ることなくそう言って、ルルは部屋を出た。
好きだけど、交わらない。ルルのわだかまりはおそらく消えない。
私はルルのノートをギュッと抱きしめた。
これで、十分だ。
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