第64話 従者

 翌日、祖父の書斎に五人の若者が呼ばれた。彼らが兄の従者に選ばれたのだ。

 えっと……一人、見知った子が……いいのか?


 ビックリしながらも、私は兄とともに祖父の後ろに立つ。透明エメルは祖父の机に座ってマジマジと品定めしている。


 でも、ポアロ伯父の従者は、ジャックさん、ベルン、ゴーシュの三人。ホークはおじい様の押しかけ女房だし……二人多い?


「我々のときも最初は六人いたのです。それが、仕事の厳しさに耐えかねたり、止むに止まれぬ事情があったりで……今ではゴーシュと二人です。最近はニーチェが良く動いてくれるので助かっています」


 ベルンがそっと教えてくれる。

 そうか……いろいろあって、現在は二人。

 この五人のうち一人でも多く残って、兄を支えてくれれば嬉しい。

 まあ、いざとなれば、私が一番前に出て、兄を守るつもりだけれど。


「……以上が、直属の部下になるものの処遇と方針だ。質問は?」

 ホークが腰掛けた祖父の横に立ち、淡々と説明する。


「あの、基本休みがない……のですか?」

「決まった休みはない。用事や予定があるときに、調整しあって休むのだ」


 確かに定休などないけれど、平均すれば週に一度は皆休めている。でも、祖父とともに一度討伐や、出張に出かければ、随行組も留守番組も休みなどない。はじめに厳しい実情のほうを伝えておくのかな?


「え、選ばれたことは、名誉なことですが、病気の母を抱えておりまして、無休でお屋敷に詰めるというのは……不可能です……」


 この屋敷に寝泊まりというのも、仕事に慣れるまでで、そのあとは当直だとは思うけど。でも、緊急事態が起これば領主は真夜中だろうと動く。それに瞬時についていくのが側近。泊まり込んでもいいという覚悟は必要だ。


 そう考えると、側近とはなかなかに過酷で、主を愛し、信頼し、主に使えることを誇りと思わなければ、やっていけない仕事だ。


「そうか。母親を大事にするといい。他のことで領に貢献してくれればいい」

 手を上げた彼は気まずそうに頭を下げて去った。


「他は? 正直お前たちを一人前に仕上げるには時間も金もかかる。無理ならば早々に決断してくれた方が互いのためだ」


 ホークの論調が変わる。彼らに最終決断を促す。

 ホークの、本当に戦場に行ったことのある大人のプレッシャーが彼らを襲う。しかし、彼らは歯をくいしばって踏みとどまった。


「じゃあ、デニス、ミラー、ダイアナ、トリー、お前たち四人、外に出ろ」


 ホークの後ろを四人はついていく。


 ベルンが、

「ジュード様、クロエ様もご一緒に」

 私と兄は顔を見合わせて、言われた通りにする。




 ◇◇◇





 祖父の書斎の外の庭は芝を植えてあるだけだ。外敵がすぐにわかるように。そこに連れだって行くと、


「では、ジュード様、クロエ様、そうですね……10分の一程度の力で模擬戦をお願いします」


 模擬戦?


『主となるものの力を、よーく見とけってことじゃないか?』


 なるほど。兄の力を知らしめるのか。歯向かえないように、侮らないように。


 ふと書斎の窓を見ると、祖父も腕を組んで見ている。待たせるわけにはいかない。

 私は駆け足で、兄と距離を取る。


「行きますお兄様! 『成長!』『捕縛!』」


 強度の高い草の種を撒き散らし、一気に成長させ、兄を覆い尽くすように全方向から茎を伸ばす!


「クロエ?……『氷華!』」


 兄が右手から花のような氷を吐き出す。私の草はそれに触れた途端、一気に朽ちた。

「『氷牙』!」


 再び兄の手から氷が蛇のように伸びて、尖った牙の形状のものが私に襲いかかる!

「『草壁』!」

 地面に手をつき、周囲の草で前方に壁を作り、氷の大蛇を跳ね返す!


「は〜い、終了ー!」

 ゴーシュの気の抜けた声に、魔力を止め、


「『成長』」

 全ての草を枯らした。ふと窓を見ると、祖父が手を上げて、窓奥に戻っていった。


「ジュードさまー! カッコイイ〜!」


 兄に駆け寄り、ジャンプして強引に抱き上げてもらうのは……明るい癖のある茶髪のトリー。ゴーシュの息子だ。

「トリー……おまえ、まだ12歳だろ……サバ読みすぎだ」

 兄が困った顔でデコピンする。

「いーじゃんか! ちゃんとお館様に選んでもらったんだから!」


 トリーは幼い頃からゴーシュにちょいちょい忘れものを届けにこの屋敷に来て、兄をキラキラした目で見つめていた。私の二個下。兄とは七歳差。兄はトリーのヒーローだ。


「ゴーシュ、ゴーシュが唆したの?」

「まさか! トリーのジュード様への熱い想いはクロエ様も知ってるだろ! まあ、オレが大会出たのも十歳だったしな。オレに止める権利はない。がはは〜!」


 私が兄のそばに行くと、

「あ、クロエちゃん! オレ昨日頑張った! 褒めて褒めて!」

「トリー。お願いだから、ゴーシュくらい身体ができあがるまでは、無茶をしちゃダメだよ?」


 祖父が選んだ以上、幼いからと反対などできない。きっと何かキラリと光るものが……って、トリーに関して言えば兄への忠誠心一択か。

「クロエちゃん! わかってるわかってる!」

 この安請け合い。親子だわ。憎めないトリーの頭を撫でる。


 私たちのまわりに、残りの合格者三人も、おずおずとやってきた。

「ジュード様、クロエ様、デニスと申します。誠心誠意務めさせていただきます」

 銀髪を後ろに撫で付け、黒く意思の強そうな瞳のデニス。

「お二人の強さに、圧倒されちゃいました! あ、私、ミラーです。よろしくお願いします!」

 肩につくキラキラとした金髪に紫の瞳、一見妖精のようなミラー。


 あと、もう一人は、この子、紙を撒き散らしてた子? こんな小柄でよくもまあ……まつ毛長い……まん丸の大きなブルーの瞳……

「って、え? ダイアナじゃない! 孤児院のっ!」

「クロエちゃん! お久しぶりっ!」


 私は思わず駆け寄って、両手を握る。

 ダイアナは私の一つ上の孤児院の少女。今日は長い黒髪を後ろに編み込んでいるけれど、いつもは背中に流している。小さい頃から私が孤児院で農作業や、治療をしているとき、率先して皆をまとめて手伝ってくれた女の子。


「ドーマ様が、ダメ元で受けてこいって背中を押してくれて。力では負けてるけど、リールド高等学校に編入できる学力なら、十分つけてやったって……」


 ドーマ様……私のためにダイアナに教育を施していたの? そしてダイアナは、私にこれからも寄り添うために、それを身につけてくれたと?


「私が! ドーマ様譲りのケンカ腰の口の悪さで、クロエちゃんへの意地悪から守るからっ!」

「ダイアナ……」


「ほんっと、こんなクソ真面目なクロエちゃんをいじめるとか、わけわかんねーよ。王都の貴族って」

「トリー! もうちっと言葉遣い気を遣え!」

 ゴーシュがトリーの頭に拳骨を落とす。


「どーせ、妬みだろ? 辺境のくせに生意気なって! クロエ様、やっつけちゃえばイイのに」

 ミラーがさも簡単そうに、軽い調子で言ってのける。


「とにかく、お二人の強さに感銘を受けました。ジュード様と、クロエ様の足手まといにならないよう、側近一同、それぞれの適性魔法MAXを目指して精進いたします」


 一番年上のデニスが勝手にまとめると、

「「「ええーっ!」」」

 他の三人が悲鳴を上げた。


 兄がクスッと笑った。兄が満足ならそれでいい。


 いきなりエメルが私の後ろから、発光とともに、新参者の前に姿を現した!


「「「「えええええ〜!!」」」」


「ど、ドラゴン様っ!」

「本物!」

「本当に……ローゼンバルクの守り神なのね……」

「カッコいー! カッコいいよーー!! いやっほー!」


「……エメルってばすっごく演出がかってた!」

「楽しそうだな。まあ、エメルも気に入ったようでよかった」


 男性三名に女性一名。なんとも多様なこのメンバーが、兄を盛り立ててくれますように。


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