第63話 回復

 現金なもので、私はローゼンバルクに戻ると、そう時間をかけず元気になった。

 持ち帰った教科書を読み、わからないところは、まだ学校の記憶も新しい兄が丁寧に教えてくれた。そもそも前世は真面目に授業を受けていた。授業中は誰も私に口も手も出さなかったから。だからそれなりに覚えている。


 自分で科したノルマを終えると、荒野でエメルと〈土魔法〉の実践。そして夜は調剤の時間。

 最近は注文がドーマ様以外からは来ないので、気の向くままに、素材を見つけて試薬を作ったり、孤児院のバザーで売るハンドクリームを作り溜めしたり……。



 ◇◇◇





 そして、私が学年のテストを受けるために、もうそろそろ王都に戻らなければ……という、晴天の日に、とある腕だめし大会が行われることになった。


 ゴーシュが声を張り上げる!

「みんな〜! 気合入ってっか〜!」

「「「「「うおーーーー!!!」」」」」

「それでは、ジュード様の側近選抜大会を、開始するぞ〜!」

「「「「「うおおおおお〜〜〜〜〜!!!」」」」」



「……うちの領って、こうやって側近を決めるんだ……」


 私は兄と隣あって壇上の折りたたみ椅子に座り、荒野に長方形に線をひいただけの会場を見下ろした。二人のあいだに透明エメルはぷよぷよ浮いている。


 ホークとゴーシュは私たちのそばにつき、ベルンはもう一段高い場所にいる祖父とのあいだを行ったり来たりしている。


「必要条件は年齢だけです。生まれも性別も全く関係ありません。ある意味平等でしょう?」

 ホークがニヤリと笑った。


 年齢は兄の上下五歳の幅であること。ときには私と一緒に学校に行ってもらう護衛も兼ねるので、その中の一人二人は、私と歳が近いのが望ましい。


「全く、お前たちが晩婚なのが悪い! お前らの子が俺と歳が近ければ、一番手っ取り早かったのに」

 兄がそう言って、ベルンやゴーシュを睨みつける。


「そうは言いましても……」

 通りかかったベルンが苦笑する。

 冗談でもベルンを責めるのはかわいそうだ。ベルンの婚期の遅れは私の母のせいなのだから。


「ジャックは俺たちの兄貴分だったからなあ。その分、結婚も早いし、ジュード様を授かるのも早かったんだよ」

 ジャックは兄の本当のお父様の名前。ジャックお父様のことも、義父であるポアロ伯父のことも、明るく兄に話せるゴーシュを私は密かにステキだと思っている(他はポンコツだけど)。


 ジャックお父様のこともポアロ伯父のことも大好きだったから、ジュード兄のことをサポートする……ゴーシュはとてもシンプルだ。


「ゴーシュもベルンもポアロ伯父様の選抜大会に出たの?」


「ええ。私は準決勝で負けたのですが、選んでいただきました。ゆえに、お館様は単純な勝ち負け以外も審査してくださっているのです」

「それを言うなら俺はまだ十歳だったからな! めっちゃサバよんだぜ!」


 祖父はこの大会で、ポアロ伯父の強力な親衛隊を作った。その皆が今、兄を鍛え、私まで甘やかし、支えてくれている。

 母できっと苦労しただろうに、その娘の私を恨むことなく……みんな器が大きい。


「ホークは?」

「ホークは戦場でお館様に出会って、無理矢理ローゼンバルクにやってきたので、この大会には出てません」

「はっはっはー!」

 なぜか得意げなホーク。


『まさしく押しかけ女房ってやつだな』

 肩のエメルが感心している。


「お兄様はどういう人にそばについて欲しい?」

「……疲れないやつ」


「ほ、他には?」

「まあ、無難だけどローゼンバルクを愛していること、だな」


 この隣国からの脅威に常に晒されて、森には魔獣も住み、貴族の覚えがよろしくないローゼンバルク。確かに愛していないと、任務を貫けない。


「クロエは?」

「お兄様の側近になって、私の護衛に手をあげてくれる人なんて……いるのかな?」


「クロエ様、応募条件にその旨は記載しています。その結果、応募者が一気に増えました」

「うそ!」

「ジュード様とクロエ様のあいだの……16、17歳の応募が多いですね。どちらからも必要とされて受かりやすいと考えたのかな?」

『なーるほど』


「まあ、初めっから書いてあるのなら、クロエのお守りをするつもりなんてなかった……なんて言われることもないか」

 ひとまずホッとする。


「そんなこと言うやつが、選ばれるわけがないだろう。で、クロエ、お前の希望は?」


 今回の決定権は祖父と兄のみ。領主だけだ。だから兄は私の意向を聞いてくれる。おじい様とお兄様が選ぶ人ならば、私は文句ないのだけれど。


「うーん、そうですね……〈草魔法〉ではない人。かな?」

「なぜ?」

「え、違うほうが教えてもらえて面白いかなって」

「思った以上に大した意味はなかったな。他は?」

「……口の達者な人?」


 私は、あの学校では、前世のトラウマが前面に出て、上手く話すことができない。特に前世の登場人物とは……。


「あー確かにね。クロエ様は案外ちょろいから、情に訴えられるとすぐ丸め込まれそうだ。クロエ様の前にしゃべりで不心得者を追い返せたら、それが一番だな。力技はクロエ様を越えるやついるわけないし」


「お、お兄様! 聞いた? 今ゴーシュ、私のこと、チョロいって言った!」

「ん〜……クロエは優しくされると、大したことないのに、すぐ感激して恩を感じるからな。百倍の対価を要求されても、必死に返しそうだ」


「そ、そこまでお人好しじゃ……」


 だって、私のために、何かをしてくれる人なんか、前世、いなかった。

 私のためと言って、我慢を強いる人しかいなかった。


「だって……お菓子とか、お花とかもらったら、嬉しいんだもん」

「クロエ様、それはクロエ様のお薬へのお礼の気持ちです」

『お礼にお礼でお礼エンドレスだ!』

「ちょっと待て、お菓子はいいとして、花って何だ? クロエ、誰からもらった? 男か?」


「は?」



 ◇◇◇





 約100名によるトーナメントだった。

 上はどうみてもゴーシュより年上に見えるおじさんから、十歳前後のお子様まで。


「腕力魔法なんでも有りの一本勝負かあ。ベルンみたいな参謀タイプは見つけづらいよね」

「そうは言っても、おじい様は見つけたしな」

「どこで、わかるのかな」


 一段上で、書類を片手にひじ置きに頬杖をついて、熱心に試合の模様を睨みつける祖父。

「何を見てるんだろう?」

「いつだったか、目だと、おっしゃってましたね」


 ホークも試合から目を離さず教えてくれる。


「ああ、今の連打よかったな」

「えー、32番ですね。お、〈鉄魔法〉です。鉄で拳をコーティングしてるってとこですか」


 兄も真剣に参加者の技やふと気を抜いたときの仕草に見入っている。

 ちなみに事前資料は何もない。そもそもの顔見知りでなければ、どこの誰かわからない。


 私はもうちょっとお気楽に、見たことのない魔法や技に興奮して、あの技に対処するには持ち技ではどうすればいいのか、考える。


「お、面白いやつが出てきたぞ?」

 ゴーシュの声に会場に視線を戻すと、手のひらから大量の紙を噴射している少年がいた。紙を目くらましに、ただ、時間いっぱい逃げている。

「やっぱり、〈紙魔法〉かしら?」

「おそらく」

 〈紙魔法〉はたんぽぽ手紙の原点だ。私も少しだけ習得している。


「逃げ切るかな?」


 逃げ切ってしまった。


 ゴーシュが横で爆笑してうるさい。


「そういえば、ゴーシュの息子さんは?」

「出てるぜ? ジュード様には内緒な?」





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