第53話 シエル侯爵令息

「随分と……殿下はクロエ嬢に心を許されているのですね」


 シエル様が言葉を選びながら、なぜか私を見る。私に聞かれても困る。

 私はせっかくなのでお茶をいただく。


「まあ……ユーリカの実……ですか?」

 お茶の中に独特のふんわり甘い香りが隠されていた。

「今回は毒じゃないよ。私も少しだけ〈草魔法〉を勉強した。鎮静効果があるんだろう? きっとクロエは私に呼び出されてピリピリしてると思って」


 王子殿下が〈草魔法〉? 私は呆気にとられて、つい口を開けっぱなしにしてしまった。


「あー! やっとクロエを驚かすことができた! シエル、君もグリーンヒル侯爵からクロエと私の初対面のときの様子くらい聞いているだろう? クロエは強いんだ。私はその強さと……その裏の葛藤と努力に心酔している」


『自ら調合したのか? へええ、柔軟なやつだ。王家において珍しい男だ』

 エメルもビックリしている。


「そんな……殿下は世にも尊い〈光魔法〉ではありませんか?」

 シエル様が慌てた様子で返答する。

「……本当に、そう思う?」

 殿下は右の口の端だけ、器用に上げた。


 シエル様の適性はなんだろう? まあおそらく四魔法なのだろう。だとしたら、殿下と私の苦労は伝わらないかな……と思いながら、殿下の作ってくださったお茶、ありがたく味わって飲む。


「ところで、今日はどのようなお話でしょう?」

「うん。君の家の文献に載っていた『光槍』を試したいと思っていてね」

「……いよいよですか。素晴らしい」


『光槍』は〈光魔法〉レベル98(エメル談)。いよいよ殿下は〈光魔法〉の頂に登りつめようとしている。


「クロエに手伝ってほしい……というか見届けてほしい」

「へ? なぜ私ですか? 近衛を一部隊つかえばよろしいのでは?」

「私の努力を想像できないものに、易々と見せたくないんだよ」

 殿下は少し不愉快そうに言った。


「……では兄を呼びましょうか?」

 兄も努力人間だ。四大魔法ではない〈氷魔法〉MAXに昨年到達した。アベル殿下の気持ちがわかるはず。


「いや、ジュードはどちらかというと……一方的にライバルと思っているんだ。先輩だしね。ここは女の子の前でいいところを見せたいという私のワガママだ。ダメかな?」

「殿下のいいところを見たがる女性は、この王都に山ほどいるのでは?」

 私がシエル様をチラリと見ると、頷いた。


「君じゃなきゃ、自分の身を守れないだろう? 遊びじゃないんだ。最小限の人間しか呼ぶつもりはない」

「なるほど……。では、日時を指定していただければ、馳せ参じます」


「……もっと渋られるかと思った」

 殿下が意外そうな顔をする。


「正直、〈光魔法〉の最高魔法を見られる機会などありませんもの。ワクワクします」

 エメルもコクコクコクと頷いている。

 それにこの人は皆が蔑む〈草魔法〉を理解しようと実際学んでくれたのだ。正直涙が浮かびそうに感激している。


「殿下! わ、私もお連れください!」

 シエル様が慌てて願い出た。


「無理だ」

「なぜ?」

「レベルが足りない」

「そんな……」

「シエル、私は君を辱めるつもりなど毛頭ない。ただ、今回は君の分野ではない。それだけだ。私は君のその博識と、処理能力を買っている。適材適所だ」


「は……はい」

 シエル様は唇を噛み、うつむいてしまった。変な妬みを買ってしまった気がして憂鬱だけれど、私にはどうしようもない。


「そうだ、クロエ。君にくだらぬ真似をしでかしたルル? 今のところ大人しくしているよ。また騒動を起こす気配がある時は、連絡するね」


「……そっとしておいてあげてください。どのような噂が耳に入ったかわかりませんが、ルルは私の恩人に間違いないのです。どうぞお願いいたします」


 ルルは三学年に在籍中だ。まだ顔を合わせていない。

 私を見れば、きっと、身を切られるような痛みを感じることだろう。出来るだけ上級生のフロアには立ち入らないようにしている。




 ◇◇◇



 しばらく雑談をしたのち、後日連絡すると言われて退出すると、


「クロエ嬢!」

 シエル様が追いかけてきた。


 私は立ち止まって頭を深く下げた。


「やめてくれ。私たちは爵位も学生という身分も何もかも同格だ。それに、どうやら……君の方が殿下の信が厚いようだ」

「シエル様はすでに殿下の側近。比べようがないかと思いますが」


「だが君は王子妃筆頭候補だ」

「それは間違いです」

 その話は既にアベル殿下との間で決着済みのはずだけど? 王家周辺ではまだ消えてないのだろうか?思わず眉間にシワがよる。


「……まあいい。殿下の言だと、君は魔法レベルが高いから、殿下の〈光魔法〉試験の立ち会いを求められた。ならば、私を君の供として同行させてもらえないだろうか?」


『面白いこと考えたな』


 また面倒なことを言う人だ。しかし、既におそらく殿下の公務を手伝ってらっしゃる立場ある人で、学校の先輩。跳ねつけるのも難しい。どうしよう、こんなに帰るのが遅れると、マリアが絶対心配している! 早く帰宅するために、落とし所を模索する。


「……交換条件があります」

「私にできることならば」


「私をこの学校で、静かに生活させてください。そして、殿下の御代になり、シエル様が政権の中枢に入ったときには、私を表に引っ張り出さないと約束してください」



「君はとことん王家……国に関わりたくないんだな」

「辺境を守ることで、役割を果たしてまいります」

「薬は?」

「薬は我が領の産業です。必要なものがあれば、うちの窓口にご相談ください」


「私に出来ることに限るなら、約束する。しかし、アベル殿下やドミニク殿下の強い意向が働けば……お止めできない」


 これ以上のごり押しは危険だ。

「……助けてくださると、信じてます」

「ありがとう、クロエ嬢」

「随分年下です。呼び捨てでどうぞ」

「わかった、クロエ。よろしく」




 ◇◇◇




 シエル様の効果なのか、再び静かな日々を送っていると、アベル殿下から日取りと場所の連絡があった。私がベルンに報告すると、ベルンはすぐに祖父に連絡し、ホークがやってきた。


「ホーク! ホークまでおじい様のもとを離れちゃダメだよ!」

 ただでさえ、ベルンがこちらにきているのに。


「あのなあクロエ様。王族勢ぞろいするところに、クロエ様を一人赴かせるわけないだろう?」


「王族勢ぞろいするかしら? アベル殿下は内内の試験風な言い方だったわ」


「そうはいかないって。アベル殿下は秘密裏に動ける立場ではない。あっという間に知れ渡る。そんななかにノコノコ行けば、クロエ様、絶対嵌められて、王宮に閉じ込められるぞ?」

「や、やだ!」

 私は思わずホークの服を握りしめる。


『オレもいるだろっ!』

 エメルがブンブン尻尾を振り回す。


「エメル様こそうかつに動けないでしょう? エメル様は最終手段です! だから俺が来たの。ジュード様も来たがったんだが、お館様に止められた。ジュード様とクロエ様、二人揃ったところを襲われたらたまらんと」


 そんな……大事になるなんて。

「ごめんなさい。私が安易に引き受けたりしたから」


「第一王子の命令です。断れっこありません。クロエ様、気にしなくていいのです」

 ベルンが落ち込む私に声をかける。


「でも、ホーク様のお話を聞いて、一気に不安になりましたわ。お嬢様、くれぐれも気を引き締めてください。ホーク様のそばを離れちゃダメですよ」


「わかった、マリア」


『いざと言うときは俺がみーんな凍らせる! 心配するな!クロエ』


 ……確実に心配が増えた。



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