第52話 お呼び出し
私は辺境の田舎貴族というレッテルを貼られ、クラス中から遠巻きにされている。
戦争も遠い昔になったこの世代にとって、辺境も、辺境伯の位置付けもピンとこないのだ。でもそれでいい。王子に蔑ろにされている婚約者というレッテルより百倍いい。
最初は透明になったエメルが学校でも私に張り付いていた。しかし入学して一か月たち、エメルも安心したようで、最近は自由に王都見物をしている。呼べばすぐに駆けつけられる距離で。
今日も一番後ろの席で授業を受け、目立たず問題なく一日が終わった。
そっと教室を出ようとすると、緑色の四学年であることを示すバッジをつけた、背が高く、肩に届く紫の髪に、茶色の瞳、そしてツヤを消した銀色のメガネをした品のある男子上級生にドアで呼び止められた。
「クロエ・ローゼンバルク嬢かな?」
「はい」
注意深く男性を観察する。何者だろう?
「少し時間をもらえないかな?」
「……断れますか?」
「無理強いはしないように言いつかっている」
「あなた様は?」
「ああ、ごめん。そうか、私を知らないから……私はシエル・グリーンヒル。よろしく」
グリーンヒル……侯爵家。モルガンと同格の高位貴族だ。
この人を伝令に使える人なんて限られている。前世の記憶を辿るが面識はない。つまり第二王子一派ではないのだ。さらに、無理強いしない人がこの人の主。となると、お一人しかいない。
「……どちらに?」
「サロンだけど」
サロンは多額の寄付金を払う高位貴族だけが使える休憩室のような場所だ。前世、数ある辛い仕打ちを受けた舞台でもある。嫌だ。
断り文句を必死に考えていると、
「……サロンに来るのを嫌がる一年生なんて初めてだ。皆、顔を繋ぎコネを作るのに躍起なのに。安心して。人払いしているから」
これでは断れない。そしてこうしたやりとりは、既に興味津々な多数の目に晒されている。
私は小さく頷き、隙を見てタンポポを飛ばし、シエル様の後ろをついていった。
◇◇◇
白い壁に金の装飾が眩しい、かつてよく通った部屋で、ゆったりとした真紅のソファーに座り、アベル第一王子殿下は優雅に本を読んでいた。
「クロエ! 入学おめでとう!」
殿下はニッコリ笑って立ち上がり、私に歩みよった。見上げる大きさ。前回よりも、もっと背が高くなった。
「アベル殿下、お久しぶりです。そしてお祝いありがとうございます」
私は茶色い制服のスカートを床につけて、膝を折り、最上級の礼をする。
アベル殿下は自然に手を差し伸べた。拒めるはずもなく、そっとそこに手を乗せて立ち上がり、彼のいたテーブルに連れていかれる。
彼の対面に座ると、サロンの給仕係から本日のお茶とお菓子がサーブされた。シエル様も同席させるようだ。
給仕係が退出すると、シエル様が扉に内から鍵をかけて、殿下の横に自然な様子で座った。仲が良さそうだ。
それにしても鍵をかけるほどの話って……。
「アベル殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……」
「クロエ、君に限ってはそういうのは不要だよ。君は強者なのだから。ジュードは卒業後どうしてる? 領地に帰る前に、王宮に顔を出してほしいと言っておいたのに、聞こえてなかったようだ」
おにいちゃまってば……
「こほん、ここ数日、領地の北西部で小型の魔獣が発生しております。兄は明けても暮れても討伐です」
「そうか……命懸けで我が国を守ってくれている相手に、拗ねてしまうなんて悪かったね。でもローゼンバルクはドラゴンの加護で魔獣が一気に減ったと聞いていたけど?」
そのドラゴンが王都に来ちゃったからね。そう思っていると、エメルが音も姿もなく現れ、私の肩にキュッと乗った。
「えー、減りはしても、ゼロではないのです」
『何事かと思えばこいつかあ。もっと早く呼び出すかと思ったけどな』
エメルがふわあとあくびをした。
「ジュード様、自ら討伐へ?」
不意にシエル様が口を挟む。
「シエル様も兄をご存知ですか?」
「もちろん! 一昨年御前試合で、あの美しくも恐ろしい『氷獄』を見たときは、畏怖の念を覚えたよ。それで、次期辺境伯というのに現地に行って直接指揮を?」
「祖父や兄自ら出向くからこそ、民がついてきてくれるのだと」
「クロエも行くの?」
殿下が首を傾ける。栗色の髪がフワリと揺れる。
「兄がこの学校に通っている四年の間は、私がおもむきました。辺境も高齢化が進み、若手が頑張らないと厳しいのです」
そう言いつつも、ローゼンバルクのお年寄りは元気だ。祖父やドーマ様はじめ、私のポーション片手に外に繰り出し働くものが多い。
「ふふ、シエル、わかった? ジュードもクロエも実戦に出る人間なんだ。ここでの模擬戦に重きを置かないのは、しかたないんだよ」
殿下はそう言うと、優雅な仕草でお茶を口にした。
「だが、クロエ嬢、4組というのは……令嬢として外聞は気にならないの?」
シエル様の問いに、私はニッコリ笑って答えなかった。気にならないとはっきり言えば、話が曲がって伝わり反感を買う恐れがある。
祖父や兄が一組に入って欲しいと思っていたならば事前の試験をきちんと受けた。
しかし二人は学校のクラスなどという曖昧な基準など気にも留めない。魔獣を前にしたときに戦える力があるか? それが全てだ。
私の評判が下がることくらい、ドミニク殿下を避けるためなら痛くも痒くもない。
「ところで、殿下。先日、『創傷治癒』を半径1KMエリアで発動されたとか。我が辺境にも伝わりました。あの術はレベル78? だったと記憶しています。二年でレベルを30近く上げられたのですね。素晴らしいです」
「っ!」
シエル様が息を呑んだ。
私と二人きりにならないために、同席させているほどの側近ならば、目の前でなんでも話していいのかな? と思ったのだけれど、レベル云々はデリケート過ぎただろうか?
「ひょっとして私、あれこれ間違えましたか? でしたら遠慮なく叩き出すなり、お咎めください」
「クロエ、退学を狙ってる? させないよ? 少なくとも私が在学中はね」
王家の証である碧眼を細めてクスクスと笑う殿下に、シエル様はますます目を丸くした。
『ちっ、残念』
エメルの舌打ちは案外響いた。私は全力で咳き込んだ。
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