〜十四歳〜
第51話 入学
結局満十四歳になった私は、王都に上り、リールド高等学校に入学した。
ローゼンバルクを離れる……愛するおじい様やお兄様のもとを離れる決断が下せなかった。私は弱い。
そして、入校しないことで祖父に迷惑をかけるなど、到底できなかった。
前世では家庭というものが存在しないも同然だったから、寮に入り、そのおかげで食いつないでいた。でも今世は兄がそうしていたように、王都のローゼンバルク邸から通うことにした。
『クロエ、もうちょっと、もうちょっと魔力くれ!』
私の魔力くれくれドラゴンが、私の首筋に張り付いているのが、主な要因だ。
「そんなお腹空いてるの?」
『そりゃ、夜通しローゼンバルクから飛んできたんだぞ! 褒めてくれ!』
「エメル偉い! スゴイ! 葉っぱ野菜もどうぞ!」
エメルの本体は、今は私とほぼ同じ大きさだ。ガイア様サイズになるにはあと数百年かかるらしい。ただ、一瞬巨大変化するための魔力は、チビドラゴンだったころよりも体力魔力双方ついたので、少なくてすむようになったとのこと。
本体サイズだと、屋敷の中ではあちこちぶつかって調度品を壊すので、結局普段は馴染みにチビドラゴンサイズに調整して生活している。
「エメル、今日はお家で休んでたら?」
『ん……でも天気いいしなあ』
「はい出来上がり! お嬢様。今日も可愛らしく結いましたからね」
鏡を見ると、茶色の私の髪を引き立てるらしい?細いワインレッドのリボンが器用に編み込まれている。
「マリア、せっかく完璧に仕上げてもらったけど、誰も見せる人いないよ?」
「隙を見せないことが肝心なのです!」
「本日は校外学習ですか? ローゼンバルクの民であるクロエ様に無駄なことをさせる……」
「ベルン、お兄様も通過した道だから」
なんと、私の王都生活のためにマリアと……結婚したベルンの新婚夫婦がついてきてくれた。
マリアが私の世話を焼いてくれるのはわかるけど、
「ベルンがおじい様のもとを離れたら、うちの領、立ち行かなくなっちゃうんじゃない?」
と言って、当初私は反対した。
もちろんマリアとベルンを引き離すつもりはない。兄は在学四年間で使用人を全てローゼンバルク出身者に入れ替えて、キッチリ契約?と教育?したらしいので、皆様は信用できるはずだ。王都で一人でもきっと大丈夫。
「心配いりませんよ。ジュード様も戻られましたし、ゴーシュにきっちり業務は教え込みました」
「なんで俺だよ……」
「ゴーシュ、あなたは新婚の私とマリアが離れ離れになってもいいと? 元凶であるあなたが?」
「いや……ゴニョゴニョ……」
「クロエ、お前が学生の間はベルンが王都の屋敷の執事長でマリアがメイド長だ。おてんばなお前を今の王都の使用人が止められるとは思っておらん。決定事項だ」
祖父は四年間、私が寂しい思いをしないように、自分の腹心を外に出してくれる。
「ありがとう……おじい様」
祖父にギュッと抱きつく。祖父は出会った時と変わらず爽やかな森の香りがして……何もかも大きい。
というわけで、過保護な保護者二人に、
「行ってきます!」
と言って交互にハグをして出発する。
「お嬢様、お館様に恥じぬよう、しっかり勉強してくるのですよ!」
「クロエ様、何かありましたらすぐにタンポポ手紙を飛ばすこと! 我慢しない! いいですね!」
「はーい!」
兄やマリア、ベルンが手を入れて、私が花を茂らせて、無骨ながらも柔らかな印象になった王都ローゼンバルク邸。
大好きな人に手を振って、道の角を曲がるまで見送られて出発する朝、前世では考えられない。
◇◇◇
車停めで祖父の生み出した木に漆の塗られた重厚な馬車から降りると、周囲の音が一瞬消える。遠巻きにされながらも私は一人、荷物を持って教室に向かう。
私は一学年の4組だ。クラスは1組から順に成績順。普通は入学前に家庭教師をつけて学んでいる高位貴族は1組だ。前世はもちろん1組だった。
私は前世一度通った学校なわけで、学習内容の記憶がある。当然そのままいけば1組になるはずだった。しかし私は入学前の組分けテストを今回受けなかったのだ。『遠い』と一言祖父に連絡してもらった。
ゆえに、自動的に組分けテストで一番成績の振るわなかったクラスである4組。
問題ない。
前世でもそうだったが、このクラスの生徒は下級貴族や、平均以上魔力があったためスカウトされた平民がほとんどで、単純に事前の勉強ができなかっただけなのだ。授業を受けて、のちにメキメキと力をつけていく人材を、前世何人も見てきた。このクラスが最も夢がある。
それに、このクラスであれば……ドミニク第二王子殿下と間違いなく関わることがない。ガブリエラとも。
掲示板でドミニク殿下と、前世私を散々いじめた取り巻きは、ほぼ1組であることを確認した。ガブリエラは2組。彼女は少し遅れて才能が開花したんだっけ。
私は4組で四年間、穏やかに過ごすだけだ。
そして、不用意に管理棟に行かないこと。授業が終われば真っ直ぐに帰宅すること。
……教授に出会わないように。
※次回は金曜日です。
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