第54話 光槍

 アベル第一王子殿下に指定された場所は、王都の外れにある王領の森を越えた乾燥地帯だった。


 とても馬車など走らせられない獣道で、私とホークと王都の屋敷の護衛を一人、そしてシエル様は各自馬を走らせる。13歳で鐙に足が届くようになり、ニーチェに特訓してもらった私の乗馬はまあまあだと思う。だってローゼンバルクはどこもかしこも足場が悪かったから。


 そして私の肩の上をエメルが飛んでいる。小さいころよりも翼をバタバタさせなくなった。本人曰く、風に乗るのがうまくなったとのこと。ちょっと寂しい。

 今日はシエル様がいらっしゃるので、透明になっている。


「クロエ、素晴らしい乗馬の腕前だね」

「ありがとうございます」

 ニーチェ、案外スパルタだったのだ。自分の合格基準に達しない限り、今後も誰かと相乗りだ、と言われて、恥ずかしくて頑張った。


「シエル様、クロエ様はこの通り、自分の面倒は自分で見られるお方なのです。あなたは絶対に我らの前に出ないでください」


「足手まといだと十分わかっています。ホーク卿」





 シエル様のペースに合わせて現地に到着した。


 荒地の数少ない木陰にアベル殿下と、近衛が四人で立っている。

 しかし、他の木陰にも数えると10人ほどの見学者。と言うことは、

「見えない藪の中に、この倍は潜んでいるでしょう」

 ホークがやれやれとクビをまわし、カキっと音を鳴らした。


「仕方ないですよ。かつては聖女しか使えないと言われた、神聖な〈光魔法〉をわざわざ荒地で試すということは、癒しが目的ではないと言うこと……ほっとけるわけがない。だから私も無理を承知で……え? まいったな、とんでもない人がこっちに来ているよ?」


 シエル様の視線の先を見ると、白い法衣を来た、長髪の老人がこちらに歩いてきた。


 大神官長自ら、見定めに足を運ぶか……。

 お年寄りを待ち構えるわけにもいかず、我々の方が駆け足で歩み寄った。


「ホーク卿とともにいるところを見るに、あなたがローゼンバルクのクロエ姫かな?」

 そうだ。初対面の体だ。

 私はパンツの乗馬スタイルのまま、跪き、最高位の礼を取る。挨拶ごときで揉める必要性はない。


「はじめまして。クロエとお呼びください」

「ふむ……辺境伯は息災ですか?」

「はい」

「クロエの作った薬、大変神殿の力になってくれていますよ」

「全てジーク神のお優しき御心のおかげです」

「世の中には他にも重篤な病で苦しむ人がいる。その者たちを救う薬の開発など……考えているのかな?」


 ここで薬の話を入れ込むの⁉︎

「恐れながら、私は入学したばかりでして、王都での新しい生活と学校生活に馴染むのに必死です」

「なるほど……今日の参加は建前上学校の繋がりということだね。私もね、我ら国民の光とも言うべきアベル殿下が、〈光魔法〉を行使されると聞いて、いても立ってもいられず、見学に来たんだよ」


 〈光魔法〉は神殿のイメージが強い。もしアベル殿下が〈光魔法〉を神殿よりも巧みに使いこなすようになったら、神殿として脅威かもしれない。


「クロエ!」

 大神官の向こうからアベル殿下が走ってこられた。私は先ほどと同様礼をする。アベル殿下は私の肩をトントンと叩き、立ち上がらせた。


「大神官、私の大事なクロエを怯えさせていないだろうね?」

「めっそうもない。そのような真似をしたら辺境伯に殺されます」


『なんだこの化かしあい?』

 エメルが耳元で呟いた。私もため息が出そうになるのをグッと堪える。


「クロエ、結構遠かっただろう? ごめんね。シエルも来たんだ。全く……」


「これだけの人数の立ち会いがいるのなら、うちのクロエお嬢様は帰ってもいいのでは?」

 ホークが頰を引きつらせてそう言った。


「ダメだ。クロエに成果を見せて、私への認識を改めさせることが目的だ」

「殿下への、認識、ですか?」

「そう。私が弱いという認識だ」


 大神官が目を閉じて微笑みながら頷いた。あの王宮でのやりとりも神殿にも当然のように筒抜けなのだろう。


 それにしても……アベル殿下にそんなにもインパクトを与えていたとは。

「では……早速見せてくださいませ」



 大神官様も元いた木陰にゆるりと戻り、周囲に何やら青白い結界を張られた。


「草壁!」

 私たちを囲む四角い箱のように草を編む。あまり目を詰めるとせっかくの〈光魔法〉が見学できないのでゆったりと、かつ頑丈に。


『『光槍』ならば、上空がヤバいんじゃないか? 『氷壁!』』

 エメルが『草壁』の外側全面を分厚い氷で取り囲む。


「ありがとエメル」

『うん。お手並み拝見だな』


「君は……草だけでなく氷も扱えるのか?」

 シエル様が小さな声で聞いてきた。エメルの魔法はうまいこと私が発動したように見えたようだ。

「兄に教えてもらいました。内緒ですよ?〈氷魔法〉は生薬の保存に重宝します。お約束しましたからには万全の態勢でシエル様の安全は保証します」


「そうか……私は確かに非力だね。ありがとう」


 荒野のど真ん中にアベル殿下が一人残り、顔の前で指で三角形を作り目を閉じた。殿下の魔力がズンズン引き上がっていく。


「なるほど、本物だ。王家でここまで魔法を極めるのは数世代ぶりだな」

 ホークが誰にともなく呟いたのち、自分の魔力を引き上げる。備えのためだ。


 殿下の指の中に、光が集まり凝縮される! 眩く光る! 破裂する!!


 私は足を広げ中腰になり、踏ん張りをかける!


「『光槍』」



 閃光で一瞬あたり一面真っ白になり、目が眩む!

 しかし、それが収まると……そのあとはただの静寂。


 息を潜めていたギャラリーが、ザワザワと声を上げはじめたその時!

 空気が変わった!


「来る!!」


 大気が震えたと思った瞬間、光の槍が天空より降り注ぐ!

 ドスッ! ドスッ! と音を立てて地面にめり込み、穴だらけにした。

 私たちの草と氷の屋根にもガツンと落ちては弾かれて飛ぶ。


「ああ……アベル殿下……」

 心酔しきったシエル様の声に、視線を巡らせ殿下を探す。


 アベル殿下は先ほどから一歩も動くことなく上空を見据え佇んでいた。槍は術者の彼をすり抜けていく。


「こりゃ……冥土の土産になる光景だ……」

 ホークも信じられないというふうにあちこち見渡す。


『このまま魔力を使い果たすつもりだな』

「……ここまで思い切って魔法をぶっ放す機会など、王族にはないものね」

 そして、魔力枯渇からの魔力量が一気に増える流れでレベルアップし……、殿下はとうとう〈光魔法〉MAXになるのだ。



 パタンパタンという、氷の窓越しの小さな音の出所を探れば、シカや野犬など運悪く居合わせた動物たちが、静かに槍に射抜かれて倒れていく。威力も申し分ない。


『……完璧だな』

「ええ」

「天の技に見えますね……これから厄介ですよ?」

「努力する人の邪魔をすることはできないよ」

 ホークの懸念は最もだけど、私は首を横に振る。


 草と氷の結界は有効であることが判明したところで、私たちは警戒を解いて、ただ真っ直ぐに立ち、安全地帯から暴力的に美しい、光の雨を目に焼き付けるようにジッと眺めていた。


「うわあああああああ!!」


 突然、甲高い叫び声が、静寂を破った。



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