第49話 再会

 王都の沖に浮かぶ無人島には、エメルが私を抱いた兄ごと背に乗せて連れてきたらしい。私の魔力を限界まで吸い取ると、そんな成体と同じようなことができるのだ。


「ならば、私もエメルも大人になったら、エメルの背に乗って世界中旅できるね」

 絵本のようだ。

『うん。クロエの好きなところに連れていくよ』

「ダメだ! 目立ちすぎるだろっ!」

「お兄様も一緒でも……ダメですか?」

「一緒なら……コホン、いいだろう」


 夜明け前、同じようにして王都のローゼンバルク邸に帰った。エメルの背で兄とともに見る朝日は悲しいほどに美しかった。

 屋敷に近づくに従って透明になったエメルは、到着するとシュルシュルとチビサイズに縮んだ。

 私はまだ身動きできない状態だったので、兄に抱かれたまま、全身で心配しているホークに出迎えられた。


「クロエ様!!」


「ホーク、もう……もう帰ろう」


「ええ、ええ、お館様のもとに帰りましょう!」


 私は二日間、魔力欠乏でベッドの住人になり、その後、魔力が四分の一まで回復したところで戻ることになった。

 兄も休校して私につきそうと言ってくれたけれど、王都に残っていろいろと後始末をする人が必要だった。


 枕元に、兄、エメル、ホーク、ゴーシュが集い、ホークが事後の説明に入る。

「エメル様が、クロエ様を咥えて王都を飛び去る姿を、日がほとんど暮れていたとはいえかなりの人間に目撃されていまして」


「エメル……咥えたんだ」

『おう! 怒ってたからな!』

「俺が慌てて背中に飛び乗って、上空でクロエを引きとった。エメルの『捕縛』で空中に慣れててよかったよ」


「なので、あのドラゴンが例のローゼンバルクのドラゴンで、少し行き違いがあって、怒って王都にやってきたのを、次期辺境伯であるジュード様がなだめて、国に戻した……というシナリオをばら撒いているところです」

「……ドラゴンは怒れば王都にやってくると。そしてそんなドラゴンと次期であるお兄様は仲良しだと、知らしめるのね」


「隠すとロクなことにならん。否定も肯定もせず、俺はいつもどおり学校に通ってみせるのが最善ということになった」


 そしてあの後、ルルはうちの使用人に引きずられて、リールド高等学校の寮に返された。

『オレがあれだけ威嚇したんだ。バカでなければ今後怒らせるようなことはしないだろう。あれでまだ真実から目を背けてモルガンの言いなりになるというなら、オレが八つ裂きにする』

「や、やめて、エメル!」

「……どうやら、〈魔親〉とはドラゴンにとってそういう存在のようだ。オレもクロエも肝に命じておこう。で、エメルが暴走しないように、俺が学校でルルを監視しておくよ」


 今後再びルルの家庭が父に利用されないよう、ルルの学費を十分に賄えるお金を、私の薬で手に入れた貯金からルルの父であるケニーさんに渡すことにした。ルルには内緒で。

 四人とも全く納得してくれなかったけれど、私の自己満足だ。


「まあでも、元凶はモルガン侯爵だよな」

 急にゴーシュが折りたたみのナイフを胸ポケットから取り出し、指でクルクルと回しながらそう言う。

「ゴーシュ控えろ! ……クロエ様にとってモルガン侯爵は父親。モルガン侯爵への対処はお館様にお任せください。感情的にクロエ様が出ては、相手の思う壺かもしれません」


 血縁の娘の私が出ると、拗れるということだ。私はホークに力なく頷いた。


『あのバカに、そこまで深い考えはないんじゃないのか?』

 エメルはそう言うけれど、そのバカに、私はいいように転がされたのだ。


「お兄様……エメル、ホーク、ゴーシュ。バカな私で……ごめんなさい……」

 私は今回のことだけでなく、これまでの愚かな行為全てに頭を下げた。


「謝る必要ないでしょう? クロエ様は何一つ悪いことしてねえんだから」


 商談先でエメルの咆哮を聞き、ヤキモキしたらしいゴーシュが私の頭をゴシゴシと撫でる。


「ルルも……悪くないのよ……」

「違う。理由はあれど、殺人を犯そうとした。重罪です」


 ゴーシュの言葉を沈んだ気持ちで聞いていると、ドアをノックされた。

 ホークが出て、使用人と何やら話し、兄を手招きした。ホークの話を聞いたとたん、兄の顔が険しくなった。


「クロエ、夕食まで寝てろ」


 兄はホークを引き連れて出て行った。


「何かしら?」

『なんだろな?』

「まあ、ジュード様とホークに任せておけば大丈夫だ。それよりクロエ様、このペアリングどう思う? これをはめた恋人同士は半年以内にくっつくってよ! ベルンとマリアに渡そうと思ってるんだけど?」

「……ゴーシュ、もうそっとしときなよ」

『ゴーシュ、懲りないな。いい性格してる』




 ◇◇◇




 ゆっくりと帰還の準備をしていると、ドアがノックされ、兄が戻ってきた。


「起きてたのか」

「お兄様、何事でしたか?」

「現在進行形だ。クロエ、うちのゴタゴタを聞きつけたアベル第一王子殿下が見舞いに来ている」

「え……」

「前回、アベル殿下はうちに出入り禁止になっている。ゆえにお断りしたのだが、粘るに粘って、とうとう王族としての命令を使ってきた」


「……どうして?」

 そこまでして私に何を語らせたいのだろう?

「エメルのことを聞き出したいのかな。お兄様、私、万全ではないので、余計なことを口に出してしまうかも……こわい……」

 今の私は心身ともに弱っている。


「では、俺が同席していいな?」

「もちろんです」

『オレはじゃあ、隅で様子を見てる』

 エメルはスゥッと姿を消した。


 兄に促され、寝巻きの上からガウンを羽織り、ソファーに腰掛けると、再びノックがあり、ホークに先導され、碧眼に襟足までの栗色の髪、グレーのスーツ姿の背の高い美しい男性が入ってきた。


「……クロエかい?」


 兄に視線を送ると頷いた。

「アベル殿下、お久しぶりです。このような格好で申し訳ありません」

「いや……こちらこそ、無理を言って悪かった。ごめんクロエ。ここまで顔色が悪いとは……」

「我々が仮病を使っているとでも?」

「いや、ジュード、そうではないが、何がなんでも私に会わせたくないのだろうと勘ぐった」

「殿下とお兄様は面識があるのですか?」

「リールド高等学校の私は二年、ジュードは四年だ。ねえ先輩?」


 ああ、そうか。それはそうだ。

 私が目を丸くしている様子を見て、殿下は上品に笑った。

「本当に君たち兄妹は、王家に興味がないんだね。いっそ清々しいよ。三年前と全く変わらないようだ。クロエは弟の婚約者を決めるパーティーにも欠席したんだよね」


 ドミニク殿下の婚約者を決めるパーティー……知らなかった。チラリと兄を見ると、右眉をピクリと上げられた。ありがとう、お兄様。


「ドミニク殿下はどちらの令嬢とご婚約されたのですか?」

「レスパー侯爵家のマリーだ。クロエ、私のことはふっておきながら、ドミニクのことが気になるの?」

「ドミニク殿下は同学年です。アベル殿下と兄のように、学校で顔を合わせることになります。当然気になります」

 情報はあればあっただけいい。種類は問わない。


「それだけ?」

「はい。あの、アベル様が婚約されていた隣国の王女殿下ではないのですね」

「ドミニクと結婚しても、王妃になれないからね。隣国にとってメリットがない」


 なるほど。自国のやんごとなきおそらく四魔法の適性を持つ御令嬢と、ドミニク殿下はご婚約されたのか。ああ……前世の轍からまた一つ、抜け出せた。そっと息を吐いた。


「ジュード、クロエがこんなに弱っているのは、贄としてローゼンバルクのドラゴンに喰らわれたからか?」


 王家ももちろん二日前の騒ぎを知っていて、様子を見にきたのだ。

「……ドラゴン様との関係は良好です。ご心配なく」

 兄の言葉に私も追うように頷いた。


「では、ルルという女がクロエを筋違いにも苦しめたからだな?」

 まだこの屋敷にスパイがいるらしい。兄の頰がピキッと引きつった。


「女の子同士のケンカに口を突っ込むと……モテませんよ」

 ルルは平民。王家から目をつけられると、生きていけない。慌てて冗談めかして殿下を睨みつける。


「そうか。まあそういうことにしとこうか。では長居するとジュードに視線で殺されそうだから用件を。こればかりはクロエに直接お願いしなければと思って」


 兄に視線を送られるが、何も心当たりがない。思わず首を傾げる。


「クロエ、私は〈光魔法〉マスターになったよ。約束どおり、ローゼンバルクの秘伝の書の写しを所望する」


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