第48話 誤解

 石礫が私に向かって飛んでくる。かなりの大きさのものもある。


 私はどこか人ごとのように、ああ、ルルは〈岩魔法〉だった。なかなかの破壊力。頑張ってレベル上げしたんだなーと思った。


 私に到達する前に、私の常時展開中である草盾と、兄のガラスのような氷壁が二重に私の周りに立ち上がり、石礫をすべてはじき返した。

 ジャラジャラと音を立てて地面に落ちる様子を眺め、顔を上げると、ルルはホークに跪かされ、後ろ手にされ拘束され、ナイフを首に当てられていた。


「や、やめて! ホーク!」

「やめません。また攻撃されては困ります」

 ホークは冷たい瞳で言い切った。

「辺境伯令息や令嬢に、声をかけてくる人間など、大抵腹に一物あるやつだと、側近である我々は考えるのですよ。残念なことにね」


 ルルが憎しげに私を睨みつける。

「いい気なもんね! 姫さま! 私たちを置いて、一人で逃げて! ぬくぬくと大事にされて! あんたのせいで! あんたのせいで、じいちゃんは死んだって言うのに!」


 ああ……私はなんて脳天気だったのだろう。ルルに許されていると考えていたなんて……。


「やはりか……どこか思惑がありそうな表情だと思っていたが……クロエがずっと気にかけていたから……」


 兄がルルの髪をグイッと引っ張り、顔を上げさせた!

「クロエをモルガンから引き離したとき、クロエは六歳だったんだぞ? クロエに何ができるというのだ!」


「侯爵様に聞いたんだから! 姫さまが無理矢理じいちゃんから知識を搾り取ったから、じいちゃんは死んだって! すべて吸収し終わった、残りカスのじいちゃんなんかいらないって捨てたって! やましいもんだからじいちゃんの墓に花なんか咲かせて、ほんっと忌々しい!」


「……お前は……当時既に八歳だったはずだ。お前の祖父とクロエと、そしてお前自身の本当の記憶があるはずだ。その記憶よりもモルガンの言うことが正しいと言い張るか? クロエが師匠やお前から何かを奪ったことがあるのか!?」

 兄が凍りつくような声で問う。


「うるさいうるさいうるさい! じいちゃんが死んで、生活に困ったとき、お金を貸してくれたのは侯爵様よ! そして私の魔法に見どころがあると言って、高等学校に通わせてくださっているのも侯爵様! 侯爵様が正しいに決まってるでしょう?」


「辺境伯はお前の祖父が亡くなったあと、何度もお前の父を召し抱えると誘っている。私がそのときの使者だ。しかし、祖父のことは誰のせいでもないし、住み慣れた王都を離れ、辺境で生きる自信がないと言ってお前の父は断った。クロエ様を慈しんでくれた礼も兼ねて平民が十年は暮らせる金を見舞いに渡している。クロエ様に飯を食わせなかったモルガンが金を出すわけがないだろう。父親に聞けばわかることだ」

 ホークがルルの発言をあっさり潰す。


「そ、そんなの、知らないっ!知らないっ!」


 父は言葉巧みにルルを私への復讐の道具として仕込み、差し向けたんだ……。あの王宮で、完全に父の心をへしおったと、もう私に攻撃などできないだろうと思っていたのに。

 父のくせによく考えたものだ。最高の効力を発揮した。私はもう、身のうちからボロボロになっている。


 そして……ルルは正しい。ルルを助けなかったことも本当、私のせいでトムじいが死んだのも本当。


 大好きな、大好きなルル。私の最初の、そして最後のお友達。私のせいでこんなに苦しめてごめんなさい。

 ルルには……私に復讐する、権利がある。


「お兄様! ホーク! 手荒なマネはやめて! ルルは恩人なの!」


「だが……」

 ふっと、兄の意識が私に向いた瞬間、ルルの瞳がカッと開き、魔力が流れた! 私の頭上に巨岩が現れた。

 ルル……すごい……無詠唱ってことは〈岩魔法〉……マスター以上……いっぱい努力したんだね……。


 私に復讐するために。


 ルルにならばいい。私を憎む理由が理解できるもの。

 ルルに殺されるなら、前世の死に様の何倍もいい。


「破壊!」

 私の草盾を作る蔓の先がすべて鋭く尖り、兄の氷壁を破壊する。〈草魔法〉MAXの力を使えば……私よりも若干レベルの低い兄の〈氷魔法〉を力でねじ伏せられるのだ。


「クロエ!」

「クロエ様!!」 

 兄とホークが悲鳴をあげる。


 ……ごめん……なさい。


「成長」

 私の草盾が枯れた。これで私をガードするものはない。


「ルル、ごめんなさい」


 ルルの気持ちが……少しでも晴れますように。

 ルルの岩が、重力に従い、頭上からまっすぐ落ちてきた。


「クロエーーーー!!」




 ◇◇◇




 ズンと、音を立てて、私と巨岩の間に何かが立ち塞がった。


「あ……」

 頭上を見上げると、エメルが大神殿のときのように大きくなり、両手で巨岩を受け止めていた。


『クロエ、勝手なことをされると困るんだけど?』

「エメル……」


 エメルはグシャリと、大岩を両手で粉砕した。


「ド、ドラゴン? うそ……」

 ルルの瞳が驚愕で、これ以上なく見開かれる!


『女、お前のじーさん、かなり怒ってるぞ?』

「え?」


 突然私の右手首が熱を持った!

「い、痛いっ! はっ!」


 私の静脈に一輪だけ残っていたスズランから、懐かしい魔力が放出され、空間を渡るごとにそれは薔薇の茎になり、ピンクの薔薇を咲かせながら、ルルをギュウギュウと縛り上げた!


「痛いっ……これ……じいちゃんの最後に作った薔薇……クロエって名付けた……」


『……本契約した師弟はな、死んでも自分の魔力が尽きるまで、相方を守るんだ。クロエは幼い頃に自然に浴びたトムの魔力を大事に祀るように自分の奥底に取ってたからな。それがクロエの危険と死の覚悟に飛び出した』


「そんな……トムじい……」

 知らなかった……。私の手首の、最後の師のカケラが……消えていた。


『トムは愛弟子であるクロエを全く憎んでいない。その薔薇はクロエを害する敵を殺す威力を持ってるが、お前が術者と似た魔力だったために緩んでいる。命びろいしたな』


「ドラゴン……ドラゴンが……姫さまの味方なの……?」

 ガタガタと震えながら、ルルが呟く。


「そうだ。ドラゴンは人の卑小なウソを最も嫌う。お前、クロエと一緒に育ったのなら、クロエにそんな絵本を読んでやったことあるんじゃないのか?」

 兄が私に向かいながら、言い捨てる。


「じゃあ……私が間違っていたの? だとすればどうやって私は生きればよかったの? じいちゃんが死んだ怒りを誰にぶつければよかったの!」


『ふん、自分で考えろ! オレのクロエをここまで傷つけたこと、万死に値するが、お前を殺すとクロエが壊れる。一生オレに歯向かったことを怯えて生きるがいい。クロエ、お前は自分が死ぬことでオレを殺そうとした。お仕置きだ』

「……エメル?」


 一瞬で私の魔力が全て抜かれた! エメルが日頃、どれだけ手加減していたのか身に染みながら、私は意識を手放した。





 ◇◇◇




 目が覚めたら、大好きな草の匂いがして、天井一面星空が見えていた。

 指一本動かせないけれど、瞳を動かすと私の大事なエメラルドに包まれていることがわかった。


「……エメル?」

『なんだ』

「ここどこ?」

『王都の沖に浮かぶ無人島だ』


 そっとエメルの体の向こうを見ると、月明かりにほのかに色づくレンゲ草と、その向こうに白い波。


「どうして?」


『クロエを反省させるためだ。クロエ、ドラゴン殺しは神殺しと同じだとわかってる?』

「……正直に言うと、全然エメルのことを考える余裕なかった。ごめんなさい」

 危うくこの、私が卵から育てた愛すべき存在を、道連れにするところだった。


『それに、あの場でクロエが死んで、ルルが生きていられると思っているわけ?』

「え……」

『ジュードもホークもクロエが思うほど甘くない。すぐにルルを殺しただろうね。オレもそうだ。ドラゴンにとって〈魔親〉を殺した相手は最大の敵。生かしておくわけがない』

「あ……」


『そして、その後、ジュードは妹を救えなかったことを嘆きながら、一生不幸な人生を送るのだ。マリアは思いつめて自害するかもな。せっかく幸せが見えたとこだったのに』


「そんなこと……ああ……」

 なぜありえないことなどと言えようか? 兄も祖父も皆も、私を目に入れても痛くないというように、前世では考えられないほど可愛がってもらっているのに。

 私という存在が消えて、なんとも思わないような人たちではない。強面で無愛想だけど、皆こぞって情が深く温かい……。


『クロエは全く周りが見えていない。いつもそうだ。安易に自分が死ねば解決するとどこかで思ってる。前世あまりに大事にされなかったことの弊害なんだろうが……そんな思考は大人でも何でもない。ただの浅慮な逃げだ! なぜ双方納得いく答えを探そうとしない? 本当に前世、大人だったのか?』

「っ!」

『もっと先の先まで考えろ! 今後クロエの生死はオレが預かる! いいな!』

「は……い……」


「クロエ!」

 兄がどこからか息を切らしてやってきた。

『水を汲みに行かせてた』


「クロエ! 全くなんてことを!! いつまで経ってもおまえのバカは治らんのかっ!!」

『ジュード、止めろ。もうオレが散々説教した』

「そ、そうか」


 兄が目の前に膝をついた。

「クロエ……すまない。なんとなく嫌な予感はしたが、幼い頃のクロエの楽しい思い出話にいつも出てくる親友だったろう? クロエが喜ぶ顔が見たかった……俺の甘さだ」


 兄の言葉に幼い頃の私たちと、さっきのルルが頭に再生される。

「あ……う……」

 ポロポロと涙がこぼれ落ちる。すかさず兄が私を抱き上げ胸に顔を押し付けた。

「……今は、泣いていいんだ。クロエ」


「……っ、くっ……うぅぅ……」


 私は考えるのを放棄して、ただただ兄の胸で泣いた。

 そんな私たち二人を、大きなエメルが全ての敵から守るように、包み込んでくれた。





※次回は金曜日、週末更新です

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