第47話 期待

 のんびりした日程で到着した王都のローゼンバルク邸は、前回……三年前来たときよりも、少し……いや、かなり散らかっていた。


「クロエ! よく来たな!」

「お兄様!」

 玄関で兄が私をギュッと抱きしめて歓迎してくれる。


「お兄様、一ヶ月ぶりなだけじゃないですか! 大げさでは?」

「ここでクロエに会えることが特別なんだ! 俺はいつもここで一人なんだぞ!」

 そう言って口を少し尖らせる兄はちょっと意外で、それは家族として気を許してくれる証のようで……私もギュッと抱きしめ返した。


 ゴーシュは早速商談相手と夕食を取るということで、食卓は私と兄とホークとエメルだった。

「話には聞いていましたが、少し人員整理したようですね」

 ホークが苦笑する。


「ああ。俺が子どもだと思って舐めてたからな」


 王都のこの屋敷にローゼンバルク中枢の人間が入ることは、これまでせいぜい年に一度か二度だった。しかし、兄が王都のリールド高等学校に入学し、ここに住むようになって、こちらの使用人のぼろがあれこれ出てきたらしい。


「スパイに横領に賄賂、頼んだことが翌日になっても出てこない。本邸では有り得ないことばかりだった。ローゼンバルクを侮るものなどいらない。多少掃除が行き届かなくても、裏切りものがいない生活のほうがよっぽどいい」


 兄の言葉に、ホークがここを取り仕切る執事長をチラリと見る。かわいそうなほど恐縮しているけれど……兄を信じている私にはどうにもできない。

「というわけで、大事なクロエを任せられる、マリアのような侍女は今、いないんだ。何か困ったことがあれば、俺に言え。なんでも手伝う」


「「じ、次期様!」」

 使用人たちが慌てふためく。


「お兄様、私、身の回りのことは自分でできるので大丈夫ですよ」

『オレも自分でできるぞ〜!』

「そうだな。あちこち旅をしていたときも、クロエもエメルも自己完結していたな」

 兄が手を伸ばして私の頭を撫でた。


「お兄様、それで、いつルルと会えそうですか?」

「三日後の午後だ」

 え? 三日後といえば平日だ。てっきり休日にゆっくり会えると思っていた。


「お兄様もルルも授業があるのでは?」

「うん。だから夜になるね。評判のいい宿屋の離れで会食できるように手配してる。次の日も授業だから、そう長くは会えない。悪いな」


「てっきりここに招くのだと……」


「さっきも言ったけど、ここは今、人が足りないから、他人を入れることはできない」

 兄にどこか冷ややかな顔でそうキッパリと言われてしまえば、そんなものかと納得するしかない。

「私、ローゼンバルクから、ルルにお土産をたくさん持ってきたの。ルル、喜んでくれるかな?」

「……そうか。さあ、冷める前に食べよう」




 ◇◇◇




 荷解きをして、旅の疲れをとり、こちらの屋敷の外回りを整備する。

 春の花を愛でつつ、早速伸びてきた雑草を抜いて、庭木の手入れをして、境界線に結界を張る。まあ結界はすでに兄のものが厳重にかかっていたけれど、念のためだ。


 そうこうしていたら、すぐに約束の日になった。

 私は自分で編んで、草木染めをしたショールや、実は回復幅が最上級のポーション、色とりどりのスイトピーの花束を抱きしめて、ホークとともに王都の中心部から少し離れた、山手にある宿へ先乗りした。


 ローゼンバルクが昔から贔屓にしている宿屋らしく、独立した一軒家風の離れには美しい器がテーブルにセッテイングされ、広めのバルコニーには美しいお菓子が所狭しと並べられているテーブルセットが準備されていた。


 ホークがぐるりと周りを見渡して、

「……クロエ様。今日は夕焼けが特に美しい。まずはバルコニーでお茶を飲まれながら、お話しては? 日が暮れたころに夕食は運ばせましょう」


 私としては、食事を美味しくいただいたあと、ゆっくりバルコニーで語らい合いたかったけれど……。


『それがいい。今日の夕焼けはとってもキレイだぞ!』


 確かにオレンジ、赤、紫というグラデーションになった、今日の夕景は素晴らしい。

「そうね。そうするわ」


 ルルへのお土産をカーテンの後ろに隠して、いそいそと待つ。

「ホーク。私の格好おかしくない?」

 茶色の髪は襟足でまとめて、エメルに似たグリーンのリボンで結び、シンプルなオフホワイトのワンピース姿の私。


『地味だ! でもそのほうがいいと判断したんだろう?』

「ルルはきっと制服だもの」

「華美な格好だと、平民である相手が気遅れすると思ったんでしょう?」

 ホークが微笑んだ。


「私はただ……昔と同じような格好のほうが、ルルがいろいろ思い出してくれるかなって……二人で遊んだときのことを……」


 ルルと手を繋いで、屋敷から見えない裏庭を走り回って遊んだ。幼い日の数少ない幸せな思い出。喉が乾くとトムじいがお茶を準備してくれて、熱い! とルルが言うとケニーさんが冷ましてくれて……。


 バルコニーで暮れゆく空を眺めていると、トントンとドアがノックされた。ホークが迎えに行った。緊張する!


『オレはそのへんで見てるから。クロエ、楽しい時間になるといいなっ!』

 エメルはフッと姿を消した。


 やがて室内に、兄に促されて美しい女性が入ってきた。


 焦げ茶の制服に身を包み、手入れされた真っ直ぐな黒髪は腰まで伸びていて、灰色の目を細めて私を見つめている。

 おてんばだったあの頃のイメージは全然ない。でも、


「ルル! ルルなのね!」

「……姫さま?」


 ああ、トムじいとルルだけが、一番みすぼらしかった私を、姫だなんて呼んでくれていたのだ。

「ふふふ、姫なんかじゃなかったけど……クロエだよっ! ルル! 会いたかった!」

「……クロエ……様」

「ルル、とっても綺麗になっててびっくりした!」

「姫さまも、とってもかわいくなったわ……」

「さあ、こっちにきて! 食事の準備ができるまでバルコニーでお茶を! 美味しいお菓子もたくさんあるんだよ!」

「バルコニー……」


 私が手招きして、バルコニーに案内する。

 ルルは可愛らしく飾り付けられたお菓子のテーブルやフカフカのクッションの置いてある椅子を見て、途方にくれた顔をしたあと、俯いた。


「さあ、座って座って! ルル?」


「……随分と……豪勢な生活をしているようね……」

「え?」

「……姫さまのせいで……私たちは……」

 ルルが小刻みに震える。私は嫌な予感に胸がバクバクとなり出した。


「姫さまのせいで、じいちゃんは死んだっていうのにーーーー!!」


 ルルから爆発するような魔力が噴出した!


 私、目がけて、この宿の庭の大小さまざまな石や岩が襲い掛かった!




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