〜十二歳〜

第46話 二度目の王都

 年が明け、私は十二歳となり、兄はリールド高等学校の四年生、最上級生となった。


 全てにおいて成績は上位らしいのだけれど、結局スキップはできず四年間在籍しそうだ。祖父の話では、兄がスキップしてしまっては、他の貴族子弟たちの面目が立たなくなるためだろう、と。


「もう、飛び級は諦めた。悪目立ちするのも面倒だしな。その代わり、好きなときに帰省させてもらう」


 と、今回もエメルを迎えに来させて、麗かな春の夜、エメルの網にぶら下がって帰宅した。


 エメルに魔力をグイグイ吸われつくし、その日はいつもどおりグッタリしていたが、次の日には元気な兄になり、エメルと私と三人で、荒野で〈土魔法〉の研究をした。


「行くよ! ゴーレム!!」

 私が少し先の地面に魔力を浴びせると、そこの土が勢いよく盛り上がり、ヒト型を取る!


「歩け!」

 のしのしと歩く。


「守れ!」

 両手を大きく広げ、腰を落とし、前方からの敵を防御する格好を取る。


「よーし、走れ!」

 一歩足を踏み出し……ゴーレムは崩れ落ちて、土の塊に戻った。


「あーーーー!」


『ふーん。クロエ、だいぶ持続できるようになったな。オレの中のガイアがまずまずだって言ってるぞ』


「ほんと? 嬉しい!」

 土のついた手を思わず頰にやり、喜んでしまう。


「じゃあ次は俺ね。ゴーレム!」

 兄も地面より土人形を作り出す。


「歩け!」

 ゆっくりと二本の足が動き出す。

「ジャンプ!」

 両足で膝を曲げ、飛び上がった!


「「『おおーーっ!』」」


 ゴーレムは大人の背丈ほど飛び上がって、ズンと音を立てて着地し……崩れた。


「あー!」

 兄が残念そうに叫ぶ。


『跳躍の後はどうしようと考えてたのさ?』

 エメルが小首を傾げて聞く。


「頭上から敵に飛びかかり、撹乱させて陣形を崩したいと思って」

「……上からゴーレムが降ってきたら、大恐慌でしょうね」

 兄の発想に呆気にとられる。


 だがしかし、私たちのゴーレムは……兄の膝丈しかない。


『まあ、基本の〈土魔法〉を底上げして、もう少し大きなゴーレムをコントロールできるようにならなきゃね!』


「エメルの言う通りだな」

「うん。頑張らないと」


 ゴーレムを作る場面が薬師志望の私に出てくるかといえば、きっと必要ないけれど、〈土魔法〉の成熟は薬草作りに間違いなく、良い影響を及ぼす。

 それに……久々の兄との鍛錬の時間を逃せるわけがない。


 相変わらず、馬は相乗りだ。兄の背中から腕をまわし帰途につく。


「ところでクロエ、お前のモルガンの頃の友人は……ルルで間違いないか?」

 思いがけない名前が兄の口から飛び出して、驚いた。


「お兄様! 何故ルルを知ってるの?」

「学校で彼女から話しかけてきた。クロエは俺のところにいるのかと」

「学校? ルルはリールド高等学校に入学しているのですか?」

 ルルは庭師の娘、つまり平民だ。


「適性魔法が現時点でマスターレベルで、特待生として入学したそうだ」

「ルル……」

 ルルの適性は〈岩魔法〉だった。マスターだなんて……。


 どこかで運のいいことに師を見つけることができたのだろうか? いや、師がいようといまいとマスター……レベル50は大変なことだ。マスターである父親のケニーさんが厳しく指導したのだろうか?


「ルル……」

 ルル、私のことを覚えていてくれたんだ。トムじいの死以来、何度もたんぽぽ手紙を送ったけれど、一度も返事は来なかった。私はいつしか諦めて、手紙を出すのを止めた。


「ルルは元気ですか?」

「……たぶんな。彼女は入学したばかりだから、あまり接点はない。まあ見た目は年相応だ」


「私のこと、なんと言っていましたか?」

「……会いたいと言ってた」

「ルルが?」


 ルルが、私に、会いたがってくれている。

 あの日、あの庭でルルが私に声をかけてくれたから、私の二度目の人生は変化した。

 かわいいルル。大好きなルル。


「お兄様! もちろん私も会いたいです!」

「……わかった。機会をもうけよう」

「ありがとう!」

 私は兄の背中にしがみつき、感謝を伝えた。


「……クロエ、ルルは俺が昔クロエから聞いていた印象とは、だいぶ違うんだ」

「え?」

「まあ、随分時間が経ったからかもしれない。とにかく、俺も一緒に会う。そうでなければ認められない。いいな?」

「は、はい……」


 そうか……。別れてから六年、ルルは十四歳だ。もうすっかり大人びているかもしれない。昔のようにきゃっきゃとはしゃぐことなどないだろう。当然だ。

 一抹の不安を感じながらも、私は自分を納得させた。





 ◇◇◇




 ルルに会うために、ゴーシュがメインで取り仕切る王都での取引についていくことにした。

 王都に行くのは例の大神殿事件以来だ。緊張する。


『よく勇気を出したねえ』

「ルルに会うためだもの」

『……クロエの薬師としてのスキルは厄介なやつらに知れ渡っている。油断するなよ』

「そうだね。王都滞在中は身の回りに結界を張るのを忘れないようにする。エメルもついてきて……守ってくれる?」

『当たり前だ。オレは育ち盛りだぞ? 一週間もクロエと離れたら餓死する! たまにはジュードの魔力も補充したい!』


「エメル様がご一緒なら安心ですわね」

 マリアがふふふ、と笑った。


「マリアも行きたいなら、おじい様に掛け合うよ?」


 マリアはゆっくりと首を横に振った。

「私はモルガンのお屋敷ではあまり庭師のご一家と仕事が重なったことはないのです。私にはもはや王都に会いたい人はおりません。私の大事なものは、全てここにあります」


 ベルンとマリアの逢瀬はひそやか過ぎて、私は全く察することができないけれど、どうやら……うまくいっているようだ。よかった。


「じゃあ、お土産買ってくるね」

「ええ。楽しみにしています。エメル様、くれぐれもお嬢様を……よろしくお願いします」

『うん……出来るだけ、護るよ』

「ありがとうエメル! だーいすき!」

 私は幸せな気持ちでエメルをギュッと抱きしめた。相変わらずヒンヤリしていた。




 ◇◇◇




 今回のゴーシュは日中、領の代表として分刻みのスケジュールだ。私の護衛などできない。ということで、ホークまでついてきてくれることになった。


「私、王都の屋敷で大人しくしてるわ。お兄様と一緒でなければ出かけないし。ホークはおじい様のおそばにいなければ!」


「ジュード様は週末以外は学校だろうが。リールド高等学校のカリキュラムは日が暮れるまである。ゴーシュもジュード様も不在のとき、奇襲にあったらどうする? 王都の屋敷はここほど万全ではない」


「でも……」

「クロエ、ホークがお前の面倒を見ることは決定事項だ。数日ホークがここを離れたところで問題ない。王都を怖がる必要はないが油断するな!」


「はい……おじい様」


 私はホークの愛馬に乗せてもらって、ゴーシュの率いる商隊のペースに合わせて、これまでよりもゆったりペースで、兄とルルの待つ王都に入った。


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