第42話 美人草

 最奥の部屋は天井が高く、他よりも広かった。

 グルルと唸り声がして、そちらに灯りを向けると、凍って銀に光る草の上で、森で見るものの三倍はある、真っ白なクマが後ろ脚で立ち上がっていた。


「地理的に氷には耐性がありそうだな。クロエ、草で四肢を縛れ!」


「はいっ!」


 ホークの指示に私は出し惜しみせず、トゲの大きなバラの蔓を出して、熊の自由を奪った!


「土槍!」


 兄の手から刃物のように尖った、腕の長さはある無数の土がクマに襲いかかり、体中を刺し抜いた!


「グギャーーーー!!」


 クマは苦しそうに大声で喚いたあと、首をガクリと倒した。


 再び息を吹き返さないかと、蔓を解くことなくじっと巨体を見つめていると、先ほどまでのキツネと同じく、ゆらゆらと七色に揺れて、消えた。宙に浮いたバラの蔓がぶらりと垂れ下がる。

 心臓のあった場所からガチャリと何かが落ちて、地面に転がった。


「ふむ……この主の核である宝石を手に入れれば、すなわちダンジョン攻略ということになります」

 ホークが教えてくれた。


『中級者向きの、まあまあのダンジョンだな』

 そうなんだ。


「でも、私たちが主である白いクマをやっつけちゃったわ?」

「我々がこのダンジョンから去って、しばらくしたら復活し、新たな挑戦者を迎えるのですよ」

「……どういう仕組みなの?」

「さあ……」

 ホークが肩を竦めた。

『ダンジョンの作り方なら知ってるよ。ガイアを見てたからな。でも、こういう自然発生的なやつはわからん。太古の昔から、こういうものとして存在していた』


 不思議な話だ。ホークがザクザクと凍った草を踏みしめて歩き、白クマから発生したコブシ大の石を拾った。

「ああ、これだけの大きさならば価値があります。これから来る冒険者も喜ぶでしょうね」

 そう言いながら、兄に渡した。試験的に攻略して得た財宝は、領のものになる。

「結局のところ、このクレバスを恐れず降りることができるかどうかだな」


 ダンジョンは難しくなくとも、入り口に辿り着けず、地の底に落ちてしまったらそこで終わりということだ。厳しい。


 四人でほかに何か遺物がないか見てまわる。

 私はあの巨体が消えたことが未だ信じられず、白クマがいた最奥に歩み寄り、しゃがみ込む。クマが立っていたはずの場所の草は踏まれた跡もなく、半分凍っているもののシャンと伸びていて……。


 突然、脳裏のトムじいの知識から、目の前の水色の草が検索され、結果がはじき出される!

 これは……前世でも見たことなかった伝説の……。


『クロエ? どうしたの?』

 ふよふよとエメルが漂って、私の肩にとまり、私の視線の先にある草を見て。眉間を寄せた。


「エメル、これ……『美人草』だわ……」

『……ほんとかよ? うひゃー!』



 二人でしゃがみ込んで固まって、見つめていると、兄が、

「どうした?」

「いえ……世にも珍しい草を見つけまして……」

「ほー、クロエ様にとっては、こっちの方がお宝ってやつですね。して、どのような薬が作れるのですか?」


 満足いくまで探索を終えたホークも覗き込んできた。


「えーっとねえ……」

 私がマシな言葉を脳内で探していたら、エメルがズバリと言った!


『惚れ薬だ!』


「「惚れ薬???」」




 ◇◇◇




 私は〈草魔法〉MAXとしての知識欲から逃れられず、十株ほど持ち帰り、皆で麓の宿に落ち着いた。


「で、クロエ様、惚れ薬、作ってみるのですか?」

「……正直作ってみたいよね。トムじいの知識では効能は『飲んですぐ見た対象が、自分の好みに感じる』って」


『自分にとって美人に見えるから美人草なんだな』


「その現象は一生なのか?」

 兄が訝しげに聞く。


「いえ、一晩寝たら元に戻るらしいです」


「クロエ様! 作ってみてくれよ! どうにもモダモダしてる知り合いがいてなあ。そいつらに飲ませてきっかけを作らせたい」

 ホークが私に手を合わせて拝んだ。


「えー! さすがに臨床しないとね……」

「じゃあ、クロエ様、試してみろよ! 何もかもわかった上で俺が飲んで、真っ直ぐクロエ様を見て、子どものクロエ様を好きになっちまったらかなりの効能が……」

「ダメだ!」

 兄が速攻で却下した。


「じゃあ、クロエ様が飲んで、俺を見る……冗談でもジュード様が怒るか。じゃあ、ジュード様を見ればいい!」


「お兄様の美人具合はすでに好みのど真ん中だから、これ以上好きになるなんてことないと思うよ?」

「ダメに決まって……え、そうなのか?」


 結局好奇心に負けて作ることにした。調剤には〈草魔法〉マスターレベルは必要なので、おそらく私しか作れないから悪用されることはないはずだ。


『美人草』は氷点で生きている草なので、兄の手荷物に入れてもらっていた。それを取り出してもらい、私もマジックルームから簡易の調剤道具を取り出して、ゴリゴリと製薬する。他の材料は手持ちで賄えた。


「試薬一号できた!」

 一時間ほどで、ピンク色のトロミのある液体ができた。

「なんか……いかがわしいな」


 しょうもない感想を言うホークを睨みつけながら、いつになく緊張した面持ちの兄の正面に立ち、


「では! 鮮度が命なので飲みます!」


 私が腰に手を当ててごくごくと二口飲んで、兄をじっと見た。胸が……ポカポカする?

「……うん。いつもと変わらずお兄様はかっこよくて大好きです!!」

「……そ、そうか……まあ、よかった……んだよな?」

 兄がこれまたいつもどおり、私の頭をニコニコと撫でてくれた。


「なんだよ、つまんねえな。ちょっと残り渡して!」

 私の手からホークがコップを奪い、残りのいかがわしいピンクをひと飲みした!


「「『あっ!』」」


 兄はとっさに私をぎゅっと抱きしめて、自分の胸に私の顔を押し付けた! エメルは一瞬で透明になる!


 そしてホークが目にすることのできる顔は、兄だけに……。


「……や、やめろ、ホーク!」

 頭上の兄の声が震えている。


「……ジュード様、なんかやけに艶っぽいな? 王都に行って色気づいたか? ポアロ様とミサ様とジャックとルーシーがあの世でビックリしてるだろうなあ。どら、もうちょっと良く顔を見せてくれ……」

 私の髪の毛が、ホークの荒い息でそよぐ!


「ぎゃああああああ!」


 バシーーン!


 兄の雄叫びとともに、ホークが吹っ飛んだ! 恐る恐る顔をあげると、ホークが左頰を晴らして白目を向いて倒れていた。


 エメルがゆらりと姿を現した。目は驚愕でまんまるだ。

『なかなかの……恐ろしい……効果だったな』


「……ホーク、何しでかしちゃったの?」

『ジュードの唇を奪おうとしてたぞ?』

「……まあ!」


「勘弁してくれ……」

 兄はベッドに突っ伏した。



 ◇◇◇



 翌日、私もホークもケロっとしていて、自作の惚れ薬には全く副作用がないことがわかった。

 兄だけが不機嫌だった。


 後日、100倍に薄めたものを、敢えて大っぴらにお祭りのお遊びおもちゃとして売り出すと、バカ売れし、ローゼンバルク神殿の内壁を、もっと冬場温かい素材に張り替える資金となった。


 ローゼンバルクの惚れ薬を渡すことが、庶民の間で交際を申し込むアプローチになり、私は結局何度も何度も美人草ダンジョンに潜ることになったのだった。




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