第28話 トトリの海
私は〈水魔法〉適性のニーチェとともに、前回ガイアを見送った、港町トトリにキャンプしながらやってきた。避妊薬の主原料である黄昆布を取るためだ。
私が潜ってとってくるつもりだったのだが、祖父に止められた。泳ぐのなら浅い湖で慣らしてからでなければダメだと。そういえば、現世では泳いだことはない。前世では、いろんな人に、池や沼に突き落とされたっけ。〈水魔法〉マスターだったから、死ぬことはないとわかっていたけれど、心は冷たく凍りついた。
季節は真冬だけれど、〈水魔法〉使いのニーチェならば、自分のまわりの水温を上げられるので問題ない。
海岸にて準備体操をするニーチェに私は黄昆布の絵を描いて見せる。ニーチェが戸惑った顔で、
「えっと、クロエ様、これバナナですか?」
「……」
「ぶわっはっはっは! クロエ様にも苦手なものがあるんですなあ!」
「ゴーシュ!」
もう一人の、海の幸が食べたい! という思いでついてきたゴーシュが私のバナナ? に腹を抱えて笑っている。
「もうっ! ゴーシュなんか嫌いっ!」
「ごめん! ごめんって! さあ今度はオレが描く。クロエ様、特徴を教えて?」
ゴーシュは強面の顔に反して、なかなかの筆使いだった。ヒラヒラの水に舞う姿を見事に描いた。
「こんなもんでいいの? クロエ様?」
「……まあまあね」
私の百倍は出来の良い昆布の絵がそこにあった。くそう……
私たちがそんなやりとりをしてる間に、ニーチェがパンツ一枚になった。絵を覗き込む。
「ニーチェ、あのね。水深五メートルくらいの棚に生えてるはずなの。見つけたら根っこから上五センチくらいでナイフで切って、持ってきて」
「了解です! では行ってきます」
ニーチェはジャバジャバと海に入っていった。そして、勢いよく潜った。水面は何事もなかったように凪いでいる。
ずっと、ニーチェが消えたあたりを見つめていると、
「クロエ様、ニーチェは〈水魔法〉マスターだ。安心してていい」
「……うん」
海鳥の鳴く声を聞きながら待つこと五分。ざばっと波しぶきをあげてニーチェが海から飛び出して、大股で砂浜に上がってきた。
「クロエさま〜これですか〜!」
私からもニーチェに駆け寄って右手につかんでいるモノを見る。裏のイボイボ!間違いない!
「ニーチェ! これです。どういう具合に生えてましたか?」
「これは大きな株でしたよ。これくらいの葉が二十枚くらい広がってましたね。それが点々と、四箇所くらいですか」
思ったよりも収穫できそうだ。
「じゃあ、今の株から五枚ほど残して切ってきてください」
「はい!」
ニーチェはまた走って海に戻った。
突然、ゴーシュもシャツを脱いで、裸になった?
「え? なんで?」
「いや、もう仕事は終わったも同然だろ? オレも泳いでくるぜ! クロエ様、周囲に結界はっとけよ!よーし待ってろよ〜!」
ゴーシュも海に向かって走り、「冷てえ!」と大声を出して、あっという間に沖に向かって泳ぎ出した。
「そっか……楽しく泳ぐのに、適性なんて関係ないね」
でも真冬!
ゴーシュの水をいっぱい跳ね上げる豪快な泳ぎに、ハハハと笑った。ゴーシュには相当冷たいはずなのに。
『クロエも泳いだら? 結界はオレが見とくから』
クスクス笑うエメルの声にうーんと考えて……考えるのをやめた。
私も〈水魔法〉マスター。荒波でも泳げる。水抜きできる。一時間は水中に潜っていられる。行ける!
「うん! 行ってくる!」
私もサササッと着ている服を脱ぎ捨て、下着姿になり、てててっと海に走った。そういえば、前世でも海に入ったことはない。初体験だ!
足をつけると冷たい。でも思い切って、ひと足ひと足海に浸かっていく。誰に突き落とされたのでもない。自分の意思で。
冷たいっ! と思ったけれど、すぐに心地よさに変わる。思い切って頭から潜る。
水の中は存外温かかったけれど、念のため、周りの水温を人肌に上げた。
浅いながらも、魚がいて、サンゴがあって……しょっぱい。目にツーンとくる。ああ、これが海なんだ!
ぷかぷかとうつ伏せに浮かんで、水中を飽きずに眺めた。
海の中は人の汚れた思いも争いもない。ひたすら平和だ……〈水魔法〉バンザイ!
ふっと海底に先日食べた貝を発見する。
迷わず潜って、六個回収し、肌着の中に巻き込んで海面に上がった。
「「く、クロエさま〜!!」」
ニーチェとゴーシュが血相を変えて、じゃぶじゃぶと走り寄ってくる。そしてそれより早く、
「クロエ!!」
兄が恐ろしい顔をして、私を抱きしめた。ポカンとする。
「あれ? お兄様? どうしてここにいるの?」
「次期領主として、追いかけてきたんだよ! なんて格好してるんだ!」
「え? 下着で泳いじゃだめなの?」
「違う!」
「でも普通の服を着ていると溺れます」
「ああっ! もう! ちゃんと水の中用の服があるんだよ!」
知らなかった!
私は大人しく兄に抱かれつつも、貝を両手から離さなかった。
「クロエさま〜! 小一時間消えてたんですよ! もう!」
そんなに時間が経っていたとは!
「え……ごめんなさい」
『オレは、クロエは生きてるぞってちゃんと伝えてたんだけどさ』
エメルはパタパタと飛んで、私の肩に乗り、その翼の風で私と兄を服ごと乾かした。
「心配しましたが、無事戻られたなら良しとしましょう。ますますおてんばになってびっくりだ。お! クロエ様、戦利品があるんですね! 俺も大きな魚三匹を捕まえました。早速焼いて食べましょう!」
ゴーシュが年の功で、この場をまとめてくれた。
浜辺で網に火を着けて、獲った海の幸をこんがり焼く。
貝が焼けても、兄は機嫌が悪いまま、私を後ろから抱っこして、もぐもぐと食べている。
「あの、お兄様……ごめんなさい。まだ怒ってる?」
「……クロエは自分の価値がわかっていない。クロエが海に消えたと聞いて、背筋が凍った。お前は俺たちの宝なんだ。マスターだろうと関係ない。大人に確認することなく、勝手なことするな!」
私のこと……宝って……。
私は体をねじり、兄の胸に顔を埋めた。
「お! クロエ様ってば恥ずかしがってる! そうしてると年相応だなあ!」
ゴーシュが豪快に笑いながらそう言うと、兄の緊張がふっと緩み、私の背を撫でた。
冷やかされてますます顔を上げられなくなった。
血相を変えて、私を心配してくれる兄。
兄が幸せになるよう、私は生涯、全力でサポートするよ。ずっと遠くからになると思うけど……。
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